August 4, 2021 | Architecture, Design, Travel | casabrutus.com
島根半島から北へ約80km。日本海のはるか沖に浮かぶ隠岐諸島に7月1日、ジオホテル〈Entô〉がオープンした。日本で9か所あるユネスコ世界ジオパークの中でも、宿泊機能とジオパーク拠点機能が一体となった施設は初。ジオスケープの真っ只中に身を委ね、飾らない島の暮らしに触れる。いわゆる ”ラグジュアリー” とは一線を画す旅の“カタチ”がここにはある。
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本土を離れてフェリーに揺られること3時間。見渡す限りの海の先に淡い島影が見えてきた。やがて船はいくつかの港を巡り、中ノ島海士町の菱浦港を目指す。その視線の先、右手に佇むのがジオホテル〈Entô〉だ。
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〈Entô〉は別館〈NEST〉と本館〈BASE〉の2棟から構成されている。今回、新築となった部分の設計を手がけたのは、原田真宏+原田麻魚/マウントフジアーキテクツスタジオ。設計に当たって念頭に置いたのは、初めて島を訪れたときの印象だ。
原田が日常を送る東京・渋谷は人為的なものに溢れていて、屋外にいても常に室内にいる感覚が離れない。そんな中で遠く離れた海士町に来た時、初めて ”外” に出たような気持ちになったという。
「人為の外にある太古から続く世界に行ったような感覚。過去から続く時間空間に直接触れているようで感動しました」
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島にあるのは、はるか昔から続く地球の胎動と、大地に育まれた生態系や自然環境、それらの中で紡ぎ出されてきた人の営み。360度あるがままの自然に囲まれた島のよさを生かすため、原田がたどり着いたのは “一本の線のような建築” だった。
「自然の微細な変化を感知できる基準線のような建物を作れたらと思いました。そうなると線は薄いほどよい。だから〈Entô〉は、奥行きが浅くて間口がとても広い。ジオパークの風景の中に浮かんでいるような気持ちで滞在できるんです」
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海に向かって大きく開口部を設けた客室から見えるのは、目の前に広がる海と空、緑の島影。遠く島の集落がぽつりぽつりと見える他に人工物は目に入らず、ありのままの自然を体感できる。また、奥行きの浅さは島の日常に対する距離の近さにも通じ、滞在客が躊躇することなく島の暮らしに溶け込むことにひと役買っている。
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ホテルのコンセプトは「honest」と「seamless」。「honest」は “あるがまま” や “無垢” を尊び、飾ることなくシンプルに。調度やアメニティも余計なものは削ぎ落とし、本当に必要なものに絞ってクオリティを追求している。
「seamless」は隔たりや境目をなくすこと。客室を繋ぐ通路を外廊下とし、外廊下と客室入口のプライベートテラスをルーバーでつなぐなど、屋外と屋内、ホテルとフィールドを垣根なくつなぐ工夫が随所に凝らされ、ジオパークとの一体感を一層感じられるようになっている。
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〈Entô〉建設にあたっては、離島ならではの条件をクリアする必要もあった。
「島にはホテルを工事できるほどの大規模な建設産業はありません。そこで選んだのが大版のCLT(Cross Laminated Timber=直交集成板の略称。ひき板を繊維方向が直交するよう積み重ねて接着した木質パネル)を本土でプレカットし、島に運んで組み立てる方法。これなら島外からの建設力は短期かつ最小にできます。しかもCLTは木材なので、建具の造作や将来のメンテナンス面で地元の木工関係者が関わっていくこともできる。同時に、国産間伐材の利活用やカーボンストレージ効果の面でも、ジオパークの思想に共鳴するものがある」(原田)
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一方、「理想はホテルらしくないホテル」と語るのは〈Entô〉代表の青山敦士。海士町にIターン移住して14年、島の魅力を掘り起こし発信し続けてきた旗振り役は、こう続ける。
「何から何までお世話して満足させるラグジュアリーなもてなしの場ではなく、ジオパークの不思議に触れ、ありのままの島の日常に触れる中で、素の自分に還る場になれば。ホテルとジオパーク施設も、区別するのではなく境目をどんどんなくしていきたい。〈Entô〉では旅人と島人の境目もありません。ラウンジはホテルのラウンジであると同時にジオパークのラウンジ。展示施設の〈Geo Room Discover〉も、ホテルの滞在客や来島客だけでなく、島の住民も自由に利用できます。そして単に場を共有するのでなく、交流を生むための仕掛けも充実させていきたいですね。〈Entô〉を来島客と島民の交流拠点として育てていけたら…」
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館内には、同じように誰もが利用できる〈島まるごと図書館〉分室やショップも。〈NEST〉前のジオ・テラスでは、地元有志により定期的にマルシェが開かれ、島人と滞在客が入り混じって笑顔をかわす。また、今後は大人から子供まで誰でも参加できる読書会や映画鑑賞会など交流を深める企画が予定されている。
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また、ダイニングでは地元生産者が手塩にかけた食材を通し、島の魅力に触れられる。島生まれ島育ちの希少な隠岐牛に、生産者から届く朝どれの旬野菜、白イカや岩ガキ春香(はるか)など季節ごとの海の幸は、島で食べるからこその鮮度とクオリティ。アラメやホンダワラなど島じゃ常識の海藻類、復刻栽培された特産の崎みかんなども登場し、サービススタッフの語る物語とともにテーブルを賑わせる。
まさに一期一会の食卓。どんな人が生産しているのか気になったら、現場を訪ねて交流を深めることができるのも小さな島ならではの魅力だろう。
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「この島は後鳥羽院や小泉八雲、加藤楸邨が訪れ、肩書きを一旦おいて島の日常に身を預け、自身を見つめ直した場所。〈Entô〉もそんなふうに、まっさらな自分に還って、希望であったり、自分への問いかけを持ち帰っていただく。聖地巡礼の旅人が教会で元気を取り戻して再び旅に出たように、次のステップへ向かうためのリセットの場になれば」
青山の言葉通り、短い滞在ではあったが〈Entô〉効果は絶大。島を去る頃には、忙しない日常を振り返る余裕が生まれた。できることなら次は連泊で、もっと島を満喫したい。そんな1泊2日の島暮らしだった。