July 1, 2021 | Architecture, Design | casabrutus.com
国内外で八面六臂の活躍を続ける隈研吾。〈高知県立美術館〉、〈長崎県美術館〉で好評だった個展『隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則』が東京に巡回してきました。ネコの手を借りた(!?)展示をご紹介します!
〈国立競技場〉(設計参画)や〈高輪ゲートウェイ駅〉、〈角川武蔵野ミュージアム〉など、日本中の街の景色をひとりで塗り替える勢いの隈研吾。東京だけでなく日本全国、中国やヨーロッパなど海外でも膨大な数のプロジェクトを手がけている。近年の彼の建築は比較的小さな木を組み合わせた、独特の表情が特徴的だ。
その彼の個展「隈研吾展」は東京国立近代美術館の1階の展示スペースすべてを使った大規模なもの。キュレーションは同館主任研究員だった保坂健二朗(今年4月から滋賀県立美術館ディレクター)が担当した。
「これまでの僕の個展ではコンクリートや鉄などの工業化されたものや、人間的な木などの素材を切り口にしていました。今回はキュレーターの保坂さんから『公共性』というキーワードを提案されて、人がどう建築に集まるか、人間を軸に整理してみようと思った」(隈研吾)
2つに分かれた会場のうち第1会場では世界各地に点在する隈建築から68件がセレクトされ、模型や写真が展示されている。それらは「孔」「粒子」「やわらかい」「斜め」「時間」という5つのキーワードで分類されている。この5つのキーワードは人を誘い、心地よく過ごせる建築のさまざまな仕掛けだ。「孔」は中庭やアトリウム、2つの棟の間にできる道などをさす。それは2つのものをつなぐと同時に、孔に隠れる動物のようにさまざまなものを守り、隠してくれる。
隈は建築を設計するときに大きな塊ではなく、「粒子」の集合体としてデザインするという。こうすることで建築と家具や小物、ゴミに至るまですべてをヒエラルキーなく同列に扱うことができ、人間がより自由にふるまうことができる。隈が多用する小割にした木材も「粒子」的だ。小さな材は傷んだらそこだけ交換することができ、新陳代謝を促進して建物の寿命を延ばす。
近代では「やわらかい」建築について議論されることは少なかった。西洋建築では石などの硬い壁が建物を支えてきたからだ。が、日本建築では柔らかい土壁で建物を覆い、しなる竹で窓を作る。身体が心地よいと感じるのは硬い素材よりも柔らかい素材だろう。隈は建築における「やわらかさ」の可能性を広げたいと考えている。会場でも布や糸を使った建築が展示されている。
近代建築ではまた、「斜め」についてあまり考えてこなかった。技術的な制約もあり、水平・垂直を基本として建物が造られてきたのだ。それは農業のため、地面を平らにしたのが一因ではないか、と隈は言う。しかし起伏のある地形では水も風もより自由に流れる。斜めの面を歩くと景色の見え方が変わる。建築にもそんな自由さがあっていい。
アメリカの都市論を語るとき必ず登場する本に、ジェイン・ジェイコブスの『アメリカ大都市の死と生』(1961年)がある。彼女は「時間」が経ってぼろぼろになった建物を「弱い人間にも寄り添える建築になる」といった観点から評価していた。隈の著書『負ける建築』(2004年)にも通底する考えだ。本展では〈ホテルロイヤルクラシック大阪〉などリノベーション事例も多く紹介される。吉田鉄郎の〈東京中央郵便局〉の内装をリノベーションした〈JPタワーKITTE〉など、隈の再生手段には定評がある。
こうして第1会場でこの5つのキーワードから隈建築を読み解いていくと、彼の考えていることがすこしずつわかってくる。これまでの近代建築が理想としていた硬さ、永続性といった価値観とは少し違うものを提案しているのだ。人はそんな、身近で小さなスペースにひきよせられていく。
第2会場は「復興と建築をめぐるインタビュー」から始まる。南三陸や熊本市などの被災地で隈が設計した建築に関わる人々と、隈のインタビュービデオが上映されている。第1会場では設計者である隈の思いが表現されるが、こちらでは使い手はどう思っているのかが語られる。インタビュービデオの人選も内容もキュレーターが主導し、隈は誰に何を聞くのか、細かくは知らされていなかったそう。でも建築は作る人のものではなくて使う人のものなのだから、これは正しいように感じる。
第2会場の「東京計画2020(ニャンニャン) ネコちゃん建築の5656(ゴロゴロ)原則」では東京・神楽坂エリアのカフェにいた半野良のネコに協力してもらい、都市をリサーチした。そのネコにGPSをつけさせてもらい、行動を記録した。そのリサーチの成果が「テンテン」などのキーワードと、ネコの振る舞いを可視化したTakram制作の映像で示される。
ネコに協力してもらおうと思ったのは視点が低いから、と隈は言う。
「建築家はどうしても神の目線、上から目線で都市を見てしまう。そのことへの反発から人間の視点で建築を見直してみようと思ったんです。でも人間でもまだ視点が高い。地面に近いネコの視点で都市を見たらもっとヒューマンな建築が作れるかもしれない。そう思ってネコの手を借りました」(隈)
「東京計画2020」からはネコの“都市観”がわかった。人間は中にいると守られるような気がして安心できるハコが好きだが、ネコはその外に「テンテン」と広がるスポットを回遊している。「ザラザラ」したところや「シゲミ」の方が安心できるし、お気に入りスポットには「シルシ」をつけて他のネコと縄張り争いが起きないようにしている。よくSNSに箱や円の中に入るネコの動画が投稿されているように、彼らは「スキマ」が大好きだ。そしてGPSの軌跡からわかったネコの「ミチ」は地形に応じてふらふらと上下左右に揺れていた。
ネコは特に質感に対して敏感だ、と隈は言う。
「爪がひっかけられないようなつるつるしたところが嫌いで、ざらざらしたところを好む。僕は自分の建築でも紙や布、木といった柔らかい素材を使ってきました。それは、人間もそういった質感を取り戻したいと思うようになってきたからだと思うんですね。建築家は形を第一に考えがちだけれど、とくにコロナ禍で質感に目が向くようになったのでは」
第1会場で展示されている隈の作品にもネコの視点が活かされている。建築にあいた「孔」は内外をつなぎ、ネコの通り道にもなる。細かい「粒子」の集合体からはネコの好きなざらざらした質感が生まれる。ネコは簡単に爪をたてられる「やわらかい」ものも大好きだ。人間は何でも水平と垂直に整理したがるけれど、ネコはそんなことに頓着せず、「斜め」の面でもすいすいと上っていく。そしてネコは「時間」が経ってぼろぼろになった場所が大好きだし、あくせくせずのんびりと時間を過ごしている。
展覧会サブタイトルの「ネコの5原則」はル・コルビュジエの「近代建築の5原則」を下敷きにしているが、内容は全く異なる。「東京計画2020」は丹下健三が半世紀以上前に発表した「東京計画1960」への応答だ。「東京計画1960」は東京湾をまっすぐに横断する道路を作り、その周囲に海上都市を造るというものだった。が、ネコが造る都市はそういった原理とは無縁の理屈で造られるから、もっと不規則でランダムなものになる。
隈は子供のころ、ネコを飼っていたことがある。よその家で生まれた子ネコをもらってきて「ミミちゃん」と名前をつけてかわいがっていた。友だちは犬を飼っていたので、次に何をするかわからないネコと人の言うことをよくきく犬の両方の習性を知っている。
考えてみれば私たちは犬のようにスケジュール通りきちんと動くよう心がけてきたけれど、人間にもネコのように気まぐれでわがままな一面がある。人間も効率を求めてマニュアル通りに動くより、ネコ的な要素を大事にしたほうがイノベーションも生まれてきやすいのかもしれない。これからの時代に必要な都市や建築のあり方をネコと、ネコにならった隈建築が教えてくれるのだ。