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【東京・新宿】昭和初期に設計された旧伯爵邸で、アフタヌーンティーを。|甲斐みのりの建築半日散歩

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June 26, 2021 | Architecture, Culture, Design, Food, Travel | casabrutus.com

新宿の喧騒から少し外れた、地下鉄大江戸線・若松河田の駅前には、昭和初期に華やかな伯爵邸として建てられた〈小笠原伯爵邸〉と、民藝品の小さなデパート〈備後屋〉が向かい合わせで建ち並ぶ。そこから少し離れた〈新宿区立漱石山房記念館〉と合わせて、ゆったりとした気分で新宿区を散歩した。

●〈曾禰中條建築事務所〉設計のスパニッシュ様式の建築、〈小笠原伯爵邸〉へ。

〈小笠原伯爵邸〉のシガールーム。ビクトリア朝で好まれたイスラム風デザイン。天井は竣工時の資料をもとに二科会所属の画家が彩色し、床の大理石は当時のものを磨き上げた。

まだまだなかなか遠出ができず、外での食事も控えめに過ごす日々が続いている。そんな折にこの春から、スパニッシュレストラン〈小笠原伯爵邸〉で、新たにアフタヌーンティーの提供が始まったことを知る。

小笠原伯爵邸は、小倉藩最後の藩主である小笠原家30代当主・小笠原長幹伯爵の本邸として、竣工当時は2万坪余りの敷地面積を誇った小倉藩所有の土地に、1927(昭和2)年に建てられた。設計したのは、大正から昭和初期にかけて多くの和洋折衷様式の建築を手がけ、慶應義塾図書館旧館や日本郵便ビルなどが代表作の〈曾禰中條建築事務所〉。もともとここには小倉藩の下屋敷があったけれど、関東大震災で崩壊した経緯があり、災害にも強い丈夫な建物を築き上げた。

シガールームの外壁は、日本における陶磁器研究の第一人者・小森忍の作品でテーマは「生命の賛歌」。1600パーツの大部分が剥がれ落ちていたのを、陶芸家・奥田武彦、直子夫婦が修復。

小笠原家と言えば武士の礼儀作法から始まった「小笠原流礼法」でも知られる存在。パティオや屋上庭園を配したスパニッシュ様式の邸宅は、往時は貴族の社交場として雅やかな時間が流れていただろう。戦後は米軍接収を経て、東京都の施設として使用されたのち、しばらく閉鎖されていた時期がある。そこから老朽化していた建物の修復をおこない、2002(平成14)年にレストランが開業した。今なお千坪を有する敷地内の邸宅も庭も、丁寧に整備され華やかに客人を出迎える。

これまで何度か特別な日やちょっと贅沢をしたいときランチをしたり、建築好き仲間とともにときどきカフェ・バーを利用していたけれど、アフタヌーンティー開始の知らせは朗報だ。午後のひとときゆったりと、お菓子やセイボリーとともに、名建築を味わえるのだから。

アフタヌーンティー6,600円。アフタヌーンティーが提供される場所は、日にち・天候・人数により異なるけれど、カフェ&バル「OGA BAR」、中庭・パティオ席、2階個室、屋上庭園席と、雰囲気もさまざま。

ペストリーシェフ・高橋草哉氏が林望『イギリスはおいしい』からインスピレーションを受けて作る「オオカミの口」と呼ばれるサクサク素朴な食感のスコーン、口どけまでに3回「ポルポロン」と唱えると願いが叶うと伝わるスペインの伝統菓子「願いが叶う ポルポロン」、30年ものの希少なペドロヒメネスが隠し味の「30年熟成シェリー酒入り バスクチーズケーキ」など、18種類のお菓子とセイボリーに、2種類のジャムとクロテッドクリーム、飲み物がついた贅沢なセット。

エントランスの、小鳥がモチーフの鉄製の明かりとりや、ステンドグラス作家・小川三知デザインの復刻ステンドグラスなど、邸宅が別名「小鳥の館」と呼ばれるゆえんとなった装飾も堪能。庭先では実際に愛らしい小鳥が羽ばたくのが見えた。

エントランス扉上部の鉄製の明かりとり。邸宅が別名「小鳥の館」と呼ばれるように、小鳥のモチーフが。

〈小笠原伯爵邸〉

東京都新宿区河田町10-10 TEL 03 3359 5830。[レストラン]11時30分〜15時、18時〜23時。[OGA BAR by 小笠原伯爵邸]11時30分~19時。無休。※営業時間は変更する可能性があります。アフタヌーンティーは要予約。木〜日(祝)の提供、15時30分もしくは16時スタート。予約詳細は公式webサイトで確認を。

●5フロアに全国各地の民藝品が集まる〈備後屋〉。

〈備後屋〉は地下鉄大江戸線・若松川田駅のすぐ目の前。

アフタヌーンティー後は、抜弁天通りを挟んで斜向かいにあり、蔵を思わせる白壁の建物の中に、全国各地の職人の手仕事が並ぶ民藝品店〈備後屋〉へ。地下1階は郷土玩具、1階は紙工品・竹工品・金工品など、2階は陶磁器やガラスなどの器、3階は染物や織物、4階は型染・漆工品・木工品。スキップフロア状に半階層ずつ分かれたフロアごと扱うものが異なり、さながら小さな暮らしの百貨店のようだ。 

地下1階の郷土玩具フロア。東北6県のこけしがずらり。

備後屋の「備後」は、現在の広島県東部にあたる旧国名。当代2代目・岡田芳宗さんの父は、畳表の産地として知られる広島から上京し、1962(昭和37)年に民藝品店を開いた。開店当初はござやい草の製品が多く、じょじょに陶芸品など種類が増えていったという。最初は自宅を兼ねた平屋で商売をおこない、1966(昭和41)年に今のビルが完成している。

陶磁器やガラスなどの器が並ぶ2階のフロア。陶磁器、急須、そばちょこ、大皿、小皿、ガラスと、多様に揃う。

店頭に並ぶ品々は、先代から長年かけて信頼関係を築いてきた職人の手によるもの。私もこれまでにもときどき足を運んでは、器や竹製品や郷土玩具を買い求めてきた。品物ごとに地域や名称が書かれているので、一つ一つ品物を眺めて見るうちに、全国各地を旅しているような気分になれる。どれも人の手で作られているから、同じ窯元の同じように見えるものでも全て表情が異なり、選ぶときはいつも自分の直感に委ねて決断する。近年は廃業により取り扱いできなくなったものも増えてきたと聞いて、ますます一期一会の出会いを大事にしようと思うのだった。

六原張子と呼ばれる、岩手県・さわはん工房の風船猫。

〈備後屋〉

東京都新宿区若松町10-6 TEL 03 3202 8778。10時〜19時。月曜、第三土曜とその翌日休。地下鉄大江戸線若松河田駅前。

●夏目漱石の住居跡に建つ記念館へ。



この日の散歩ではもう一軒、アフタヌーンティー前に足を運んでいた場所がある。新宿区生まれの文豪・夏目漱石が、1907(明治40年)から1916(大正5)年に没するまでの9年間を過ごし、「漱石山房」と呼ばれた住居跡に建つ〈新宿区立漱石山房記念館〉。漱石誕生150周年を記念して2017(平成29)年に開館し、1945(昭和20)年に空襲で焼失した「漱石山房」の再現や、漱石を知るための展示スペース、漱石の著書や資料を集めた図書室、ブックカフェ、ミュージアムショップなどが設置された館内で、漱石や文学的世界に存分に浸れる。
建築家・入江正之が手がけた〈新宿区立漱石山房記念館〉。右側のガラス壁の内部に、漱石山房の一部が再現展示されている。

49歳で生涯を閉じた漱石の作家人生は約11年間。そのうちの9年を漱石山房で暮らし、『三四郎』『こころ』『道草』などの代表作を執筆している。「木曜会」と呼ばれる文学サロンも毎週開かれ、多くの門下生や友人たちが集う家だった。

漱石の有名なポートレートの一つに、白磁の火鉢を傍らに、文机前でカメラに視線を向けるものがある。その写真を撮影したのが漱石山房の書斎。記念館では、書斎・客間・ベランダ式回廊が再現展示されており、このような雰囲気の中で数々の名作が生まれたのかと思うと感慨深い。

「漱石山房」再現展示室 書斎内の家具・調度品・文具は、資料を所蔵する〈県立神奈川近代文学館〉の協力により再現。書棚の洋書は東北大学附属図書館の協力により、同館が所蔵する「漱石文庫」の蔵書の背表紙を撮影して製作された。

「土地の記憶」をコンセプトに建物の設計を手がけたのが、建築家・入江正之。建物の一部をガラスにすることで、漱石山房通りと名付けられた目の前の坂道からも、漱石山房の様子が垣間見える。階段や廊下など、館内のあちらこちらに猫のデザインが隠れているので、猫愛好家としては猫の気配を感じるたびに顔がほころぶ。

漱石山房のベランダ式回廊で見つけた猫。

〈新宿区立漱石山房記念館〉

新宿区早稲田南町7 TEL 03 3205 0209。10時〜18時(17時30分最終入館)。月曜休(祝日の場合は翌日休)、その他臨時休館日あり。観覧料300円。※6月29日〜30日は展示替のため臨時休館。※カフェ・ソウセキは6月30日まで臨時休業中。

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