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【大阪・なんば】国の有形文化財に泊まる。|甲斐みのりの建築半日散歩

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April 3, 2020 | Architecture, Design, Food, Travel | casabrutus.com

文筆家・甲斐みのりが名建築を訪ねて半日散歩するシリーズ。第一回目に訪れたのは、大阪・難波。国の有形文化財に指定された〈高島屋東別館〉内に開業したホテルにチェックインしたあとは、かつて「道頓堀五座」と呼ばれる芝居小屋が櫓を構え、今も多くの老舗が残る難波界隈を歩きます。現在は外出しにくい日々が続いていますが、今後のお出かけのリストに加えてみてください。

●大阪・難波の歴史的百貨店建築内に開業した、サービスレジデンスに滞在。

世界各地に宿泊施設を保有するアスコット社が運営する〈シタディーンなんば大阪〉。現在、大阪のメインストリートは御堂筋だが、この建物がほぼ現在の形となった1937年(昭和12)当時は堺筋が一番大きな通りで、いくつもの百貨店が建ち並んでいた。

百貨店という言葉に妙に気持ちがふわふわするのは、心が浮き立つ楽しい記憶が幾層にも重なり合っているからだ。幼少期は屋上遊園地や食堂のお子さまランチに嬉々として、大人になった今はダイナミックな百貨店建築に魅せられている。殊に都市部には歴史ある百貨店が複数残り、クラシックホテルのように滞在できたらいいのにと密かに願うように。そんな夢を叶えてくれるホテルが大阪・難波にできたと聞いて旅に出た。

2020年1月に開業した〈シタディーンなんば大阪〉は、”デパートメントホテル”がコンセプトの滞在型ホテル。通常の客室の他にも、キッチンや洗濯乾燥機を備えた部屋があり、滞在日数や人数に応じて選択が可能。エントランスから客室まで、百貨店の陳列棚やショッピングシーン想起させるデザインがほどこされ、折につけ歴史ある百貨店に滞在していることを実感できる。

堺筋に面する、「1ベッドルームツイン」タイプの客室。アーケードのアーチが活かされた窓から見えるのは電気屋街の風景。立地も便利なデザインホテルながら手頃な料金で宿泊できる。

ホテルが入っているのは、1928年(昭和3)~1937年(昭和12)にかけて堺筋沿いに建てられ、当時は国内最大級の規模を誇った百貨店建築。設計を手がけたのは夏目漱石の義弟で、名古屋に建築事務所を構えた鈴木禎次。完成から数十年は「松坂屋大阪店」として営業し、1968年(昭和43)に「高島屋東別館」として、家具の展示販売やブライダル、「高島屋史料館」などに使用されてきた。

〈高島屋史料館〉につながるエスカレーター前のエントランス。ホテルのリノベーションにあたり大理石の階段は封鎖されたが、往時の雰囲気が残される。建物は2019年(平成31)、国の登録有形文化財に指定された。

11連のアーチが連なるアーケードには大きなショーウィンドウが並び、ヨーロッパを思わせるドラマチックな風景。入口をくぐると、天井、照明、エレベーターなど随所にアール・デコ調の装飾があしらわれ、ところどころにアカンサスの葉のモチーフが。耐震工事やホテルへ改装する際には、できるだけオリジナルの装飾が見えるように工夫したそうだ。

耐震工事を手がけたのは竹中工務店。正面入口は極力、オリジナルデザインを残すよう努めたという。

ホテルの開業に合わせて今年1月にリニューアルオープンした、開館から50年を数える〈高島屋史料館〉は、宿泊せずともぜひ訪れてほしいところ。1831年(天保2)の高島屋創業以来蓄積されてきた、美術品、資料、広告などをまとめて鑑賞でき、百貨店を通して日本のデザイン史までも垣間見れる。今後は史料館の主催で定期的に建物ツアーも開催されているので、ぜひ参加してみたい。

〈高島屋史料館〉で見られる高島屋の歴代の包装紙。シンボルフラワーにバラの花が使われるようになったのは、1952年(昭和27)から。

〈シタディーン なんば大阪〉

大阪府大阪市浪速区日本橋3丁目5-25 TEL 06 6695 7150。1泊1室2名料金9,000円〜。全313室。12タイプの客室がある。 〈髙島屋史料館〉上記の住所の3階。TEL06 6632 9102。10時〜17時(16時30分最終入館)。火曜・水曜、展示替期間、年末年始休。※現在は臨時休館中、詳細はwebサイトで確認を。https://www.takashimaya.co.jp/shiryokan/

●建築の聖地と謳われる名喫茶へ。

〈純喫茶 アメリカン〉で「プリンサンデー」(840円)と、ドイツ製プロバットで自家焙煎し、砂糖とミルクを入れるとちょうどいいように濃く淹れた「コーヒー」(570円)を注文。コーヒーは7種類の豆をブレンド。深いコクと香りがある。

14時からのチェックインに合わせてホテルに荷物を置いたあと、歩いて10分弱の千日前商店街〈純喫茶アメリカン〉へ。1946年(昭和21)から74年続く老舗は、喫茶店愛好家とともに、建築ファンの聖地としても名高い。

創業時は木造だった店を少しずつ広げて、1963年(昭和38)に鉄筋コンクリート造りのビルに建て替えた。現在店を切り盛りする3代目姉妹の祖父と父は、普段は質素に暮らしつつ、儲け全てを店の改装につぎ込んだそう。

2階の窓際の席から眺める店内。曲線を描く大理石の階段は、二度も職人に断られながら完成させた。村上泰造氏によるグラスファイバーの彫刻が輝きを放つ。

赤い大理石はイタリア産。パーテーションには白蝶貝を使い、緩やかに凹凸を描く木の壁には家一軒建つほどの費用をかけた。男女を表したモニュメントは、当時は革新的な素材だったグラスファイバー。階段を飾るシャンデリアは実は2基あり、一年ごと掛け替えて埃を払う。当然、維持に苦労するが、祖父と父が築いた誇りの形を愛して通う人がいる限り、煌びやかな光は絶えず守られる。

1階左手の木の壁。1センチ弱幅の、様々な種類の木の板を640枚貼り合わせ、滑らかな凹凸がつくように削り出して、ところどころにステンドグラスを埋め込んだ。昭和50年当時の価値で家一軒分の費用がかかったそう。

ぴかいちなのは建築のみならず、白玉もあんこもホットケーキの粉も、できるだけ自家製を貫くメニューも同様で、大阪風の濃いコーヒーも自家焙煎。昔からこのあたりは芝居のまち。いつもは幕内弁当のところ、たまにはサンドイッチも食べたいというお客様の要望や楽屋からの注文で持ち帰りも始めた。

一にも二にも、お客様のために。店に身を置く間じゅう、ふわっと温かい何かに守られているようで心地いいのは、3代続くおもてなしの心を全身で感じているからだ。

星柄の包装紙で包み、水色のリボンをかけた、持ち帰り用の「ホットケーキ」570円。背景に写るパーテーションには、白蝶貝が敷き詰められている。

〈純喫茶アメリカン〉

大阪府大阪市中央区道頓堀1-7-4 TEL 06-6211-2100。9時〜22時45分LO(火曜〜22時15分LO)。月3回木曜不定休。オーダーしたものを除き、店内の撮影は禁止。

その後、関西初の様式劇場として誕生した、ネオ・ルネッサンス様式の〈大阪松竹座〉や、昨年リニューアル工事を終えて再開した、ウィリアム・メレル・ヴォーリズによるネオ・ゴシック様式の〈大丸心斎橋店本館〉など、難波から心斎橋にかけて点在する名建築や老舗を巡る。

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昨年9月にリューアル工事を終えて再開した、ウィリアム・メレル・ヴォーリズによる、ネオ・ゴシック様式の「大丸心斎橋店 本館」。 建て替えが決まったときは、あの美しい百貨店建築がどうなるのかと危惧したけれど、旧本館の内装を再利用して活かされていたり、ヴォーリズらしさがきちんとした形で残されていてほっとした。 天井を見上げたり、床に目をおとしたり、視線の先々に優美な意匠が見つかり、楽しくて仕方がない。 大阪の難波から心斎橋にかけて名建築散歩をした、ある日の記録。 #甲斐みのりの建築半日散歩 #カーサブルータス #casabrutus #建子建子

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●繁華街に残る、懐かしい家庭料理店でかやくごはんを。

〈大黒〉のかやくごはん、持ち帰り用の包み紙は、大黒様の小槌の模様。

そうして日も暮れかけた頃、1902年(明治35)創業の老舗家庭料理店〈大黒〉へ。繁華街にありながら、時代の流れに動じることなく、ここだけが長い年月変わらぬ姿を残しているような落ち着いた佇まい。

食道楽の小説家・池波正太郎も『散歩のとき何か食べたくなって』で、「どこの家庭の日常にも食膳に出されるような変哲もないものが、これほどにうまいのは、やはり大阪の、知る人ぞ知る食べ物屋だから」と評した店だ。

一人前500円の「かやく御飯」の他、さかな、漬物、他3品入った一人前1,300円の「おかず入り」も持ち帰ることができる。

名物は、油揚げ、ゴボウ、こんにゃくを混ぜ、昆布と鰹節のだし汁で炊いた、薄味の「かやく御飯」。相席が日常的なこぢんまりとした店内で、かす汁、焼き魚、煮付けなどと合わせるのもいいけれど、この日は経木の箱に詰めた持ち帰り用を注文。夜も明るい難波の繁華街をもう少しだけ歩いたあと、ホテルの部屋でゆっくりと、米やだしのふくよかな旨味をしみじみ味わう贅沢な時間を過ごすため。

〈大黒〉

大阪府大阪市中央区道頓堀2-2-7 TEL 06 6211 1101。11時30分〜15時、17時〜22時。日曜、月曜、祝日休。

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