April 2, 2020 | Art, Architecture, Design | casabrutus.com
アイスランド系デンマーク人のアーティスト、オラファー・エリアソンが日本の美術館では10年ぶりの個展を開催。近年、彼が大きな関心を抱いているエコロジーについて新しい側面を見せてくれます。3月中旬にオンラインで行ったエリアソンへのインタビューとともに、ひと足先に会場の様子をご覧ください。

1967年、コペンハーゲン生まれのアーティスト、オラファー・エリアソン。光や影、水や霧といった形のないものを素材にしたアートで人気だ。〈東京都現代美術館〉で開かれる『ときに川は橋となる』は、日本の美術館では10年ぶりの個展(現在4月13日まで休館中。開幕日は決定次第、公式サイトにて告知)。私たちが直面している気候変動などの問題をテーマにしている。

展覧会タイトルの『ときに川は橋となる』は見えないものを見えるようにすることだという。
「川は、よく詩などにも書かれるように、命や時間の象徴ととらえられることがある。一方、橋は外面を現す。人生には深い意味がある。答えを特定の方向に見出そうと固執せずに、自分自身の人生を見ること、自分の内面を見ることが大切なんだ」(オラファー・エリアソン)

展覧会の題名は、この個展で初公開となる新作のタイトル《ときに川は橋となる》にもなっている。観客が円形の暗い部屋の中に入って体験できるインスタレーションだ。丸いスクリーンの上のほうには満ち欠けする月のような円形の光が並んでいる。“月”は常に揺らめいていて、ときおり水面に映った満月のようにゆらゆらと動いたり、煙のように形を変えたりする。

種明かしは床に置かれた円盤状の小さなプールだ。そのプールにスポットライトがあたっている。その反射がスクリーンに映し出されて、水のゆらぎにあわせて光も揺れ動く。
「水の流れは古くから潜在意識や精神性などを意味する。水は炎と同じようにはかない、形がないものだから人々は自らの思いをそこに込めることができる。《ときに川は橋となる》では水面の反射という二次元の現象が円形の構造物に投影されて、三次元に転換される。そういった空間の中に入るという体験をしてもらいたいと思った。水やその反射そのものを味わってもらいたいから、円形の構造物はできるだけ意識されないようにしている」(オラファー・エリアソン)

オラファーは以前、金沢の兼六園を散策していたときに水がさまざまな形で表現されていることに感銘を受けたという。日本庭園では小さな滝や小川、つくばいと勢いよく流れたり、ゆったりと進んでいったり、しぶきをあげたりと水が多彩な表情を見せる。鴨長明「方丈記」の有名なフレーズも思い出す。「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。」予測できない動きをする水は古今東西を問わず見る人を惹きつける。

この《ときに川は橋となる》もそうだが、今回の出展作には円をモチーフにしたものが多い。灯台に使われているレンズで分光する《人間を超えたレゾネーター》、3枚のカラーエフェクトフィルターガラスが重なり合い、また離れては壁にさまざまな色の影を映し出す《おそれてる?》、円形の紙に移動時の揺れが記録された《クリティカルゾーンの記憶(ドイツ—ポーランド—ロシア—中国—日本 no. 1-12)》など、複数の作品で円が登場する。

「円を使う理由のひとつはヒエラルキーがないということだ。ピラミッドなら明確な上下関係があるけれど、円卓ならどこに座っても平等だよね。惑星も円形だし、経済の循環も連想させる」

禅の円相など、宗教的なものも感じさせる。オラファー自身が宗教との関わりについて語ることは少ないが、見る者が作品から自由にストーリーを組み立てることができる。シンプルな仕掛けだからこそ、多様なものを読み取ることができるのだ。

10年前の〈金沢21世紀美術館〉での個展や恒久設置作品も含めて、日本で何度も作品を見せているオラファーだが、「僕が日本に持ち込んだものよりも日本から学んだもののほうが多いと思う」と彼は言う。そのひとつが絵画における奥行きの表現だ。

「ルネサンス以降の西洋絵画では一点透視法による遠近法が一般的だけれど、日本では奥行きを表すのに違う方法を使っている。西洋では遠くにあるものを小さく、近くにあるものは大きく描くけれど、日本の水墨画などでは遠くの建物も近くの建物も同じ大きさで描かれていることがある。水平線が複数あるような感じだ。滝を描いた掛軸はとくに印象的だった。僕は西洋の遠近法でものを見て、描く方法を体得してきたからこの見方は新鮮なんだ」(オラファー・エリアソン)

日本語には英語の「self」、自己という概念を明快に定義する言葉がないのも興味深い、と彼は言う。
「西洋の文化では“エゴ”の定義が多数ある。日本語と違って英語などでは単数・複数を明確に峻別するのもそういった考え方の違いから来ているのでは、と思う。日本の家屋は畳や木でできていて西洋の建築とはまったく違う。自他の区別をどう認識するか、その違いが空間構成に影響しているのではないかとも思う」(オラファー・エリアソン)

西洋では自然と人間は対立するものと捉えることが多いが、日本ではその境界はあいまいだ。一神教が中心のヨーロッパと多神教の伝統が残る日本という違いもある。どちらがいい、悪いという問題ではなく、視点を変えてみることが大切なのだ。

オラファー・エリアソンは2019年、ロンドンの〈テート・モダン〉で大規模な回顧展を開いた(その後、スペインのグッゲンハイム・ビルバオに巡回)。展示内容は今回の東京のものとは大きく異なる。
「ロンドン、ビルバオのものは20年以上前からの僕の作品からセレクトした回顧展、つまり過去に焦点をあてたものだけれど、東京の個展は環境問題にフォーカスをあてた初めての展覧会になる。この個展は、現在と未来について語るものなんだ」(オラファー・エリアソン)

この個展はオラファーにとっても、見る人にとっても新しい出発点になる。気候変動など私たちの未来を大きく変えるであろうできごととアートがどうからむのか、そんなことを考えながら見たい展覧会だ。
●《フィヨルドハウス》の映像も必見!
