September 26, 2021 | Culture, Architecture, Design | casabrutus.com
建築は現代写真における普遍的なモチーフだ。写真作家が建築を作品のモチーフとするとき、記録を目的とする竣工写真とは異なる視点が生まれる。その視点とはどのようなものだろう。ル・コルビュジエの建築やバウハウスのデッサウ校舎などをモチーフに数々の作品を発表してきた写真家の瀧本幹也さんに、蔵書から敬愛する写真集10点を選んでもらった。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2021/09/0921takimoto01_1104.jpg)
■ 石元泰博の目に、二度目の桂離宮はどう映ったのか。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2021/09/0921takimoto03_1104.jpg)
瀧本がまず手に取ったのは、石元泰博の『桂離宮』だ。石元の『桂離宮』といえば1953年に撮影されたモノクロ版で知られるが、瀧本はここで1981年から翌年にかけて撮影したカラー版に注目する。石元はアメリカ・サンフランシスコで生まれ、バウハウスで教鞭を執ったモホリ=ナジ・ラースローが開設した〈シカゴ・インスティテュート・デザイン〉に学んだ写真家だ。卒業後、〈ニューヨーク近代美術館〉の写真部門でキュレーターを務めていたエドワード・スタイケンの紹介で〈桂離宮〉を撮影することとなる。瀧本は1953年の写真をバウハウスの構成主義的な流れを汲んだマスターピースとしながら、穏やかで人の温もりを感じるカラー版に心惹かれるという。カラー版は1976年から6年にわたって初の大規模な改修が行われた直後の〈桂離宮〉を撮影したものだ。大型ストロボを多用した点でもモノクロ版と大きく違う。
「僕自身、若いころは撮影対象と強い気持ちで対峙していたように思うんです。しかし年齢を重ねることで気持ちも変化し、ものの見方も変わってきたように思います。石元さんはその変化をどう受け止め、若き日の傑作を超えようとしたか。そう思って写真を眺めていくと、非常に興味深い一冊です」
■ ざらついた本の質感が伝える民家の風合い。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2021/09/0921takimoto10_1104.jpg)
石元が名建築として知られる桂離宮を撮影した時期、高度経済成長期を迎えようとする日本で失われ始めていた民家を撮影する写真家がいた。それが後に建築雑誌『GA JAPAN』などを発行する写真家、二川幸夫だ。二川は早稲田大学文学部在籍時より、同大で建築史を教えていた田辺泰の勧めで民家の撮影を始める。これを全10巻からなる『日本の民家』としてまとめ、全国津々浦々の民家を記録した。瀧本が持つのは、東北地方「陸羽・岩代」を取り上げた一冊だ。ここでは、寒冷な地域ゆえに発達した馬屋と母家が一体となった民家「曲り屋」「中門造り」など、岩手県、秋田県、山形県、福島県で独自に形づくられた民家を見ることができる。
「細谷巌さんがデザインした新装の特装版もいいのですが、刊行当時のザラッとした質感の本が当時の民家の風合いを手にも伝えるようです。粒子の粗い写真は、表現のクオリティが格段に上がった新装版とはまったく違う魅力をもちます。大判という判型、そして薄さはプロダクトとしても魅力的です」
■ 初期の丹下健三、その思考を写真で辿る。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2021/09/0921takimoto14_1104.jpg)
では、建築家自らが自作を撮影するとどうなるのか。丹下健三が1949年からの10年間にかけて自ら撮影した35mmフィルムのコンタクトシートを通じ、処女作〈広島平和会館原爆記念陳列館〉から初期の傑作〈香川県庁舎〉の完成までをどう見ていたかを伝えるのが本書だ。コンタクトシートには丹下の手によるトリミング指示などが記され、丹下が写真、そして建築に込めた意図が明らかにされる。
「本を通じて、丹下さんはここをこう見せたいという明確な視点をもって写真を撮っていたことがよくわかります。おそらくライカのカメラを使って、手持ちで撮影しており、非常に軽やかな視点が魅力です。建築家は頭のなかで思い描いた建築、つまり二次元を三次元に実現することが仕事です。しかし丹下さんは写真を通じ、三次元を再び二次元に変換する。その変換に次ぐ変換によって、丹下さんがなにを考えていたか。頭のなかを覗きこむようなドキュメントが、この写真集にあるといっていいのではないでしょうか」
■ 批評家の視点に、新鮮な驚きを得る。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2021/09/0921takimoto18_1104.jpg)
丹下と同じく、既存の建築写真とは違う視点が魅力だとして瀧本が挙げるのが多木浩二の『建築のことばを探す 多木浩二の建築写真』だ。多木は、美術、写真、建築の分野で優れた文章を残した批評家として知られるが、もともと写真家として活動していた人物である。自ら発行人となって、中平卓馬らと発表した写真同人誌『Provoke』には森山大道も参加。2010年代には世界的な再評価が進んだ。しかし多木は1970年より批評家の活動に専念している。その多木が写真家として活動していた1968年から1979年までに撮影した個人住宅17軒125点の写真を収録したのが本書だ。誌面に登場するのは、篠原一男、坂本一成、伊東豊雄、白澤宏規の住宅を収めた写真。その写真には「驚く構図が多い」と瀧本はいう。
「私は多木さんの功績を詳しく存じ上げないのですが、いわゆる建築写真にはないアプローチに心が引かれます。本職の建築写真家ではなく、批評家である。だからこそ生まれる視点に学びも多いですね」
■ 建築が生まれゆく姿をおさえたドキュメント。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2021/09/0921takimoto22_1104.jpg)
多木と同じく、写真で建築家の思考を辿っていった写真家として瀧本は畠山直哉の名を挙げる。伊東豊雄の〈せんだいメディアテーク〉が誕生するまでの1000日間を記録した写真集『UNDERCONSTRUCTION』に続いて、再び伊東豊雄が台湾の台中で手がけたオペラハウス〈台中歌劇院〉を工事中からオープン後の日常風景まで追いかけたのが本書だ。瀧本は「畠山さんの写真を通じ、伊東さんの頭のなかを覗いているように感じる」という。
「伊東さんと畠山さんは『ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展』にもいっしょに出られていますよね。これは、伊東さんから畠山さんに依頼されているのでしょうか。両者の関係性がどのように築かれていたのかは気になります。SANAAとホンマさんなど、建築家と写真家で関係性を築かれている例がいくつか思い浮かびますが、どんな話をしながら撮影を進めているのでしょう」
■ 写真とはなにかを問う、杉本博司の凄み。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2021/09/0921takimoto26_1104.jpg)
次いで「写真家の仕事とはなにかということを考えさせられた」と瀧本が挙げるのが、杉本博司の写真集だ。本書はオーストリアの〈ブレゲンツ美術館〉などで開催された杉本の個展に際して刊行された。そこから瀧本が取り上げるのは、ル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエらの傑作をアウトフォーカスで撮影した「建築」シリーズだ。1997年に杉本が制作をはじめた本シリーズは、大判カメラの8×10を用いて撮影される。作品性とともに高い技術で知られる杉本だが、ここでは焦点距離を無限遠の倍にすることで、あえて建築をぼやけた状態で収めている。ここで杉本は、建築家が最初に思い描いた純粋な形のヴィジョンをあらわにする。
「まず、こういうことをしていいのかという驚きが最初にありました。技術的には理解できるものの、高い解像度をもつ大判カメラを用いながら、言ってしまえばそれを無駄にするような写真を撮るという発想は僕から出てきません。けれど杉本さんのステイトメントを読むと、なるほどと深く納得させられる。この表現を撮るために、あえて王道のアングルで撮影に臨んでいる点も批評性に富んでいる。そうした杉本さんの表現には実に驚かされます」
■ 模型という建築の原型を、ホンマタカシはどう見つめたか。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2022/09/0921takimoto30_1104.jpg)
杉本が建築家の最初に思い描いたイメージを撮るなら、ホンマタカシは建築の原型である建築模型を撮影する。本書は、2014年から2015年にかけて〈金沢21世紀美術館〉の10周年記念として行われた展覧会『ジャパン・アーキテクツ 1945-2010』で展示された建築模型を中心に撮影を行ったものだ。取り上げるのは、丹下健三、磯崎新、伊東豊雄、安藤忠雄、SANAA、石上純也らの代表作40点余り。
「杉本さんが王道を変化球で撮影したように、ホンマさんもまた数多くの建築写真を撮影されながら、この本では変化球を投げています。この本を手にしたときに、こんな視点もあったのかという驚きがありました。建築模型はなによりモチーフとして面白く、本を通じて興味が湧いてきます。その視点はどこかプラモデルなどを好む男の子的であり、批評性に富んでいます。ホンマさんはエディトリアル的な視点をもって、軽やかに時代を捉える人。写真はつい高尚なものを目指しがちですが、ホンマさんの写真はいつも偉ぶらないところも魅力だと思っているんです」
■ 時代を撮り続けてきた篠山紀信の凄さ。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2022/09/0921takimoto43_1104.jpg)
「〈六本木ヒルズ〉という建築を中心に、そこに集う人々、そしてその時代を捉えた写真集」と瀧本が説明するのは、篠山紀信の写真集だ。篠山は2005年から翌年にかけて、〈六本木ヒルズ〉とそこに集う人々を撮影している。本書に登場するのは同ビルを開発した当時の森ビル社長、森稔をはじめ、同じく当時の総理大臣であった小泉純一郎、アーティストの村上隆、草間彌生、杉本博司、ホテルの客室で仕事をする坂本龍一、NIGOⓇなどに加え、オフィスフロアに入居する人々をも撮影する。
「今回のテーマは建築ですが、篠山さんは建築を象徴に用いて人物を撮影しています。そしてそれはなにを撮っているのかというと時代です。ホンマさんもまた定点で建築を撮影して時代を収めていますが、篠山さんは人を通じて時代を撮り続ける人。〈六本木ヒルズ〉という象徴的な建物が、巧みな装置として働いています」
■ 日本の文化に根ざす借景を通じて東京を見る。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2022/09/0921takimoto34_1104.jpg)
篠山とは別の視点で時代を捉えた写真集として瀧本が挙げるのが、中野正貴の写真集だ。本書の前に発表した無人の東京を記録した『TOKYO NOBODY』がベストセラーとなった中野がそれに続いて発表したのは、さまざまな部屋の窓を通して東京を捉えた写真集だ。表紙にはマンションの一室から眺める浅草のスーパードライホールの巨大な金色オブジェ。東京タワーや雷門、在りし日の歌舞伎座など、東京の見慣れた風景、そして失われた風景を部屋の窓から捉える。本書で中野は木村伊兵衛賞を受賞した。
「面白い風景があると、それを撮影できそうな場所を訪ねて撮影させてもらっていると中野さんに聞きました。やはりここで注目したいのは、窓というフレームの存在です。つまり借景として東京の風景を撮影している。京都の寺院でも庭を単体で見るのではなく、建物の窓越しに見ることではじめて作庭家の意図するものが見えてくることがあります。フレームを通じて景色をみることはきわめて日本的な視点でしょう。この本はまさに借景の文脈を踏まえて、現代の東京を見た作品です。プリントにはコダックの印画紙を使っており、その黄みがかった表現がノスタルジーをかきたてます。窓という額に納められた風景は、どこか最初から懐かしい風景となっているようにも思えますね」
■ なにをもって建築写真とするのか、あらためて考える。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2022/09/0921takimoto38_1104.jpg)
最後に瀧本が挙げたのは写真作家、渡辺剛が発表した最初の作品集だ。本書は5つのテーマからなっており、日本の古い家屋から解体された柱や壁などのパーツを撮影した「Frame House」、世界各地の国境を両側から撮影した「Border & Sight」、日本の海景を撮影した「Japan5-O」、移民居留地を撮影した「Transplant」、人工的な山を撮影した「Mt」と続く。かつて撮影スタジオに勤めていた瀧本は、「Frame House」の撮影を手伝ったのだと振り返る。
「今回のテーマを投げかけられ、なにをもって建築とするのかをあらためて考えました。そのなかで、渡辺さんが撮影するいくつかのシリーズは建築と考えることができるのはないかと思ったのです。『Frame House』は解体された民家のパーツをスタジオに持ち込み、それを断片的に撮影することで建築というものをあらためて見つめ直すことができます。『Border & Sight』は世界各地の国境を両サイドから撮影したものです。時に反対側に出るために大回りして国境を超えたのでしょう。なにも変わらない景色のこともあれば、壁一枚で大きく風景が異なることもある。その意味とはなにかを深く考えさせられますね」
瀧本幹也
たきもと みきや 1974年愛知県生まれの写真家、映像作家。藤井保に師事し、1998年より写真家として活動をはじめる。建築を取り上げた作品には、バウハウスのデッサウ校を取り上げた『BAUHAUS DESSAU ∴ MIKIYA TAKIMOTO』(ピエブックス、2005年)、高知県檮原町に点在する隈研吾の建築を取り上げた『隈研吾 はじまりの物語~ゆすはらが教えてくれたこと~』(青幻舎、2021年)がある。2020年には、KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭で妙満寺を会場に自ら構成まで手がけた展覧会「CHAOS 2020」を開催。近作では、NHK大河ドラマ『青天を衝け』の後期メインビジュアルでアートディレクションおよび撮影を担当した。![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2022/09/0921takimoto39_1104.jpg)