June 14, 2021 | Culture, Architecture, Design | casabrutus.com
建築専門誌『日経アーキテクチュア』の編集者を長年勤めた画文家の宮沢洋が、独立後、初めて手がけた著書『隈研吾建築図鑑』が発売された。編集者ならではの視点と得意のイラストで、建築家・隈研吾の30年以上にわたる活動と作品をわかりやすく解説。これまでにない一冊を生み出した経緯と制作秘話を聞いた。
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「今、日本で一番有名な建築家は誰?」と聞かれて、「隈研吾」と答える人は多いだろう。〈国立競技場〉の設計を機に、建築に興味のない人々にもその名前は浸透。今や押しも押されぬスターアーキテクトである。
建築家として活動をはじめて30年以上。未完のものや展覧会も含めると、かかわったプロジェクトの数は1,000件に近いという多作家。その上、ある程度の大きな流れはあるものの、使う素材も作風も多彩とあっては、その全貌を把握するのは至難の業だ。
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そこで登場したのが、画文家・宮沢洋がこの5月に上梓した『隈研吾建築図鑑』である。取り上げているのは、1991年竣工の〈M2(現・東京メモリードホール〉(1991年竣工)から、〈角川武蔵野ミュージアム〉を含む〈ところざわサクラタウン〉(2020年竣工)まで、隈の主要なプロジェクト50件(イラストの中で補足的に触れたものも合わせると69件)。
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それらを「びっくり系」「しっとり系」「ふんわり系」「ひっそり系」という、見る人が受ける印象に応じた4つのキーワードで分類。イラストを用いて図解しているほか、進化図やグラビア、建築データ、そして隈のインタビューも収録されている。
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いわゆる建築を描いたイラストというとCGのようなキッチリしたものを想像しがちだが、宮沢のそれはゆるめで、見れば見るほど味わい深い。それが逆に、写真では十分に伝わりきらない隈建築の魅力を引き出しているようにも思える。
なぜ今、あえて隈研吾なのか? 「ふんわり系」とは何なのか? 見るべき作品はどれなのか? など、もくもくと膨らむ疑問について、宮沢に聞いてみた。
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―編集者としての視点を活かした図解は非常にわかりやすく、写真以上の効果があるように感じられました。
「ここに立面図を入れたい」「上から見た絵のほうがわかりやすい」「素材や構造などがよくわかるディテールが欲しい」と思ったら、そこに必要なものを描けばいいだけなので、確かに自由度は高いですよね。言うなれば、小学校の頃に作った壁新聞や夏休みの自由研究に似ている。普段の編集作業で抱きがちなストレスを感じることなく、思いのままを形にできたと思います。
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─制作にはどれくらいの日数がかかりましたか?
2020年春からの1年間をほぼ費やした形ですね。基本的には全件取材していますが、一部どうしても行けなかった作品については、過去に訪れた際の資料で描いています。イラストも文章もすべて書き下ろし。グラビアの建築写真も私がiPhoneで撮ったものを使っています。
─執筆作業の進め方を教えてください。
基本的には、見開きごとに作業しています。B4の紙にサインペンで下書きを描き、そのコピーにカラーマーカーで着色。スキャンして、パソコン上で微妙な色調整をするという具合です。たまにノド(本の綴じ目)にかかっている絵もあったりするけど、それも面白いと思ってわざとやっています。作業の99%がアナログで、分業できないこともあり、1つの見開きを仕上げるのにかかる時間は約12時間。1日4〜5時間の睡眠で、3か月ほどを過ごしたのは大学の受験勉強以来でした(笑)。
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─イラストは取材現場で描いているのですか?
さすがにそんなにサラサラとは描けません(笑)。取材時に資料用の写真を撮り、それを元に描いています。子どもの頃から絵は好きでしたが、仕事で描くようになったのは『日経アーキテクチュア』の巻末でやっていた「ケンチクくん」という4コマ漫画から。その連載が終わる頃に始めたのが今まで17年続く「建築巡礼」(宮沢がイラスト、建築ジャーナリストの磯達雄が文章を担当する建築レポート)で、これを機に「建築を描くのは面白い」と思い始めたんです。
─隈建築を「びっくり系」「しっとり系」「ふんわり系」「ひっそり系」の4つに分類した理由は?
図鑑を作りたいと思っていたので、なんらかの分類は必要なものの、一般的な用途別だとつまらない。そこで思いついたのが、誰もがあっと驚く「びっくり系」と、日常をより楽しくする「ふんわり系」、外観の主張を可能な限り消す「ひっそり系」というキーワードでした。でも、これだと該当しない作品もあって、取材を進めていくうちに隈さんの評価を高めた〈那珂川町馬頭広重美術館(旧・馬頭町広重美術館)〉(2000年竣工)なんかは自然素材を用いた王道とも言うべき「しっとり系」だと気づいた。結果、すべて韻を踏んで、きれいにまとめることに成功したんです(笑)。
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─4つのカテゴリーの中で、とくに注目しているものは何ですか?
「ふんわり系」ですね。実際に行ってみないと、そのよさがわかりづらいカテゴリーでもあります。非日常を演出する他の3つとは違って、日々の暮らしと直結した“日常の建築”なので、いわゆる強いインパクトがなく、雑誌などでも取り上げにくい。でも、地方自治体をはじめ、一般の人に評価されている隈建築の多くはここに分類されます。ある意味、今もっとも隈さんらしい作品群と言えるでしょう。
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─50作の中でも、印象的だった作品を教えてください。
想像以上によかったのは、高知の〈ゆすはら雲の上の図書館〉(2018年)。階段状に上っていく閲覧室の、空から降るように設えられた天井の木組みを見た時には、「こんなこと今まで誰も考えたことないだろう」と感心しました。〈村井正誠記念美術館〉(2004年竣工)と〈石の美術館〉(2000年竣工)も好きですね。後者は今の隈さんを作りだした原点ともいうべき作品だと、僕は思っています。ローコストの極みでありながら、本来なら悪条件となるものをうまく建築の中に取り入れている。それと「隈建築はあまり…」という人にあえて見てもらいたいのが、〈国立競技場〉のベンチ。あれだけ大きいものを作りながら、小さなベンチにもこだわってオリジナルでデザインしていることに驚かされました。
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─“隈研吾のすごさ”とはどんなところにあるのでしょうか?
ひと言で言うと、ビジネスマンであることをいとわないところでしょう。これまでの建築家が「よしとしてこなかったこと」をビジネス的なマインドで、易々とこなしている。例えば、コストパフォーマンスを考えたり、施主の要望をきちんと聞いたり、それこそ国立競技場から小さな居酒屋まで仕事を選ばなかったり……。インタビューの中で、隈さんは〈M2〉の設計について、「ヨーロッパの伝統的なデザインで作ってほしい」というクライアントの要望を受けて、今の形にしたとおっしゃっていますが、隈さん以外の人だったら、その段階で「それはないでしょう」ということになっていた可能性も高い。「僕はそこで闘うんじゃなくて、受け入れたうえで、リアリティーを獲得するために『別の闘い』を始める」という隈さんの言葉通り、このあたりのコミュニケーション能力の高さが、クライアントを惹きつける魅力なんだと思います。
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─この本を作られて、一番嬉しかったことを教えてください。
インタビューの際、隈さんに「『ふんわり系』を見つけてくれてありがとう」と言われたことですね。隈さんは「ふんわり系」をきちんと認識していて、ご自身の中では「ユルイ系=緩くてのんびりな建築」と位置づけていました。従来、この「ふんわり系」は、地域の小規模な設計事務所や逆に「組織系」と呼ばれる大規模設計事務所が手がけるもので、いわゆる有名建築家は避けてきたカテゴリーでもある。そこに、意識的にかかわるようにしてきたというのがすごい。メディアに取り上げられることは決して多くはないけれど、「一般の人が求めているのはこれだよな」と思わせるのが「ふんわり系」の実力。本のあとがきにも書いてありますが、もともと私自身は隈さんの建築がとくに好きでも嫌いでもなかったんですよ。それが、今回の取材で「ふんわり系」を見続けたことで、好きになったのがその証拠です(笑)。
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