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創業1734年、丹波篠山の黒豆卸〈小田垣商店〉が〈新素研〉によりリニューアル。

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April 21, 2021 | Architecture, Culture, Design, Food, Travel | casabrutus.com

江戸後期から大正初期にかけて建てられた10棟のうちの5棟の改修を終え、新しくショップ兼カフェを設けて4月14日にリニューアルオープンした〈小田垣商店〉。改修のコンセプトは「建物を江戸時代に戻すこと」でした。

この度改修の第一弾を終えてリニューアルオープンした〈小田垣商店〉。手がけたのは杉本博司と榊田倫之が率いる〈新素材研究所〉。

黒豆の中でも最高級品と言われる丹波篠山産黒豆の卸業を明治元年から生業とする〈小田垣商店〉。現在の建物はもともと造り酒屋だった屋敷を昭和期に入手したものだ。最も古い部分で江戸後期の建造物を含む10棟の建物は平成19年に登録有形文化財の指定を受けているが、長い間増改築を繰り返し、近代化とともに建物の本来の良さが損なわれていたという。また強度にも問題があったため、耐震補強をしながら徐々に改修することになり、その第1期工事として5棟の改修が完了した。改修設計を手がけたのは現代美術作家・杉本博司と建築家・榊田倫之が主宰する〈新素材研究所〉だ。

「度重なる増改築で改変されてしまった建物を、できるだけ古い時代の状態に戻すことを念頭におき、『時代を還る建築』をコンセプトに取り組みました」(杉本)

玄関(写真奥)から細長く続く、いわゆる「通り庭」の床には、四国産の古い町家石を敷き詰めた。微妙に異なる石種が床の表情となる。町家建築ならではの高い天井の小屋組みや梁は江戸後期のまま。

たとえば玄関から奥へと続くスペースの床には京都の商家で使われたアンティークの町屋石を敷き詰めて、あたかも時代を経た味わいを感じさせる。壁は昔ながらの土壁を左官の名匠・久住章氏に依頼し、極力無個性に塗り上げてもらった。

「偶然にもこの近くに久住さんがお住まいとのことでお願いしたのですが、スサの入れ方や乾いたときのヒビの入り具合などが絶妙なのです。今までいろんな左官屋と仕事をしましたが、今回は抜群の仕上がりです」(杉本)

土間の土壁には、現在では伐採が不可能な屋久杉の板に「黒まめ」の文字が踊る看板が。これはNHK大河ドラマ「青天を衝け」のタイトル文字の揮毫(きごう)も務めた杉本の自筆。江戸時代の商家へといざなうような遊び心あるしかけだ。また、黒豆のディスプレイには古い棗(なつめ)形の手水鉢を用いている。

「江戸時代の風情の建築に戻した」というだけあって、一見したところ特徴的な何かが付け加えられているわけではない。しかし「元に戻す」ことの裏には目に見えない様々な苦労があったという。

「改修とはいえ、登録有形文化財に指定されているのであまり極端な改変はできません。耐震面においても、単に補強の鉄骨を打ち付けるような乱暴なやり方ではなく、基本的には壁を増やすことで強度を担保するようにしました。構造がしっかりしていないと、いくら化粧をしたところで建物として成り立たないので、見えない部分の建物を整える作業に設計全体の7〜8割の労力を費やしました」(榊田)

玄関入ってすぐの土間の壁は、MOA美術館の改修にも取り入れた黒豆を想起させる黒漆喰で塗った。軒先にかかる「茶」の丸看板は、杉本が青山の骨董屋で偶然見つけたもの。

もう一つの見どころは、杉本が手がけた庭だ。

「以前はいろんな木が植えられたまま放置された庭で、奥にある茶室の坪庭と、手前の庭に分かれていたのですが、これを一つにつなげて石の庭にしました。加茂真黒石(かもまぐろいし)を黒豆に見立てて、白河石などと取り合わせて延段にし、『豆道』と名付けました。また、中国で文化大革命の頃まで牛馬に引かせて耕作地の地ならしに使った円筒状の石を立てて、縄文時代の遺跡である環状列石ふうに組んでみました。以前は母屋からトイレをつなぐ屋根付きの渡廊下があったのですが、トイレを撤去して渡廊下だけにし、能舞台の橋がかりに見立てています。将来的にはここで能や舞などのイベントも出来そうです。この庭はいろんな時間軸が交錯する『多機能型枯山水』とでも呼べるでしょうか」(杉本)

杉本が再構成した庭。ジグザグに走る延段に使われた加茂真黒石は現在ではもう採取できず、古建築が解体される際にモルタルと共に出てくるものを1枚ずつ剥がして再利用した。橋がかりに見立てた渡廊下は、以前あった壁を撤去し底を一体化させ、元の瓦屋根を銅板葺きに改めた。

今回の改修では以前よりショップスペースを拡張して、丹波篠山産の黒豆や大納言小豆のほか、煮豆の瓶詰め、豆を用いた菓子、黒豆茶などの加工食品もパッケージを刷新して販売される。さらには丹波の特産品である布や陶器類も販売する。

邸宅の庭で使われていたと思われる古い棗形手水鉢を商品ディスプレイに。

ショップに隣接してカフェ「小田垣豆堂」も新たに設けられた。古いガラス窓から庭を眺められるこの場所は、以前は事務所として使われた畳敷の部屋だったが、天井を取り除いて梁を見せ、床を無垢板張りにしてテーブルと椅子を置いた。家具は〈新素研〉のオリジナルで、椅子は背もたれに籐編みを取り入れた新作だ。

カフェでは店内で焙煎した黒豆を用いた「黒豆茶」ほか、丹波栗・小豆・山の芋・黒豆などを使ったスイーツ、ローストビーフのオープンサンドイッチなどを提供する。

カフェの空間には座敷の名残の欄間が残る。床の間には杉本の筆で「豆堂」の軸。木綿裂を用いた表具も杉本オリジナルで、濃い緑と黒に近い布を組み合わせ、畑の黒豆の色の変化を表したそう。

なお、リニューアルオープンを記念して店内では5月9日まで期間限定のコンセプトショップ「Shinsoken+archipelago」が開催中。〈小田垣商店〉から車で15分ほどの場所にある暮らしの道具のセレクトショップ〈archipelago〉や、京都〈花屋みたて〉の協力を得て、アップサイクリングをテーマとした工芸や雑貨を提案している。たとえば、丹波立杭焼では窯入れの際、茶碗や鉢を1個ずつ「鞘」と呼ばれる陶製の容器に入れて焼くが、何度も焼かれて自然釉がかかった鞘や、窯元に放置された鞘に山野草を植え込んで誂えものに。また〈新素研〉が扱う木材の端材を用いた小さな折敷を提供。古いものや使われなくなったものに新たな価値を宿すことを提案している。

〈archipelago〉で扱う工芸作家のクラフト類も販売している。

改修工事は今後も第2期に茶室と蔵、第3期に旧酒蔵、第4期に洋館のリノベーションを予定しており、建物の時代の遡上はまだまだ続く。近隣の畑で丹精込めて黒豆が栽培され、熟練した職人が一粒ずつ手で選別するという昔と変わらないアナログな風景にふさわしく、現代建築の合理性に流れない、本来の様式に倣った空間がよみがえった。日本人の暮らしに深く根付いている黒豆文化同様、建物も普遍的であり続けることを〈新素研〉は目指している。

地元の丹波立杭焼で使われる「鞘」に〈花屋みたて〉が山野草を植え込んで販売。草木のチョイスはお任せで。コンセプトショップ期間中に受注し、7月頃お渡しの予定。

〈小田垣商店ショップ&カフェ〉

兵庫県丹波篠山市立町19番地 TEL 079 552 0011。9時30分〜17時30分(カフェは10時〜15時30分LO。木曜休、祝日の場合は翌日休)。年末年始休(臨時休業はサイトで通知)。

新素材研究所

現代美術作家・杉本博司(左)と建築家・榊田倫之(右)によって2008年に設立された建築設計事務所。代表作に江之浦測候所、MOA美術館改修、ハーシュホーン・ミュージアム ロビー改修、白井屋ホテル「真茶亭」など。2021年3月、初の作品集『Old Is New』が平凡社より刊行。https://shinsoken.jp

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