November 25, 2020 | Design, Architecture, Travel | casabrutus.com
春に続き、11月頭から再びコロナ禍でロックダウン中のイギリス。ロックダウンの合間にギリギリ取材ができた〈カーライル大聖堂〉の増改築〈フラタニー〉についてリポートしたい。
カーライルへはロンドンから電車で約4時間。長旅ながら湖水地方の雄大な景観などを通過しながらの鉄道の旅は楽しい。スコットランドとの境に近いカーライルだが、古代ローマ時代にはローマ軍がここまで侵略。ここはローマ帝国の最北端の地だった。紀元2世紀に造られた防御壁〈ハドリアヌスの長城〉は今も一部が残り、こちらは世界遺産にもなっている。ローマ勢が退散後も軍事の要所であり、幾多の戦いの舞台となってきた。
現在は高齢者の姿が目につく平和な地方都市という印象だが、ランドマークでありその波乱の歴史を今に伝える存在が〈カーライル大聖堂〉だ。創設は1122年。イギリスにキリスト教を伝えた聖オーガスティン修道院として建立され、13〜14世紀にはゴシック様式で増築。今回増改築になった〈フラタリー〉は修道院の食堂などとして1500年ごろに建てられるが、間も無く離婚問題からローマ教皇と対立した国王ヘンリー8世が修道院を強制的に解散。財産を没収されるという憂き目にあう。
その後もイングランド内戦時時には大聖堂の石材などが持ち去られるなど、文字通り「傷だらけ」となり、かつて中庭を囲むように建てられていたアーチ回廊も一部が残るだけでほぼ消失。イングランド国教会の聖堂として生き残るが、21世紀に入り、信者として教会を利用する人は年々減少。2005年に就任した主任司祭は、この歴史的遺産を地域の人が多目的に使える場、そして収入源にもなる場にしたいと考え始める。2014年、増改築のコンペで指名されたのが、若き建築ユニット、フィールデン・ファウルズだった。
昨年、各賞を受賞した〈ヨークシャー彫刻公園〉の〈ザ・ウェストン〉で話題になった彼らだが、このコンペに勝った時点ではまだメジャーな作品は持たない30歳そこそこの駆け出し。歴史と伝統を重んじる教会が、若い彼らにプロジェクトを託したのは、デザイン的なことだけでなく、フレッシュで聞く耳を持つ姿勢に可能性を感じたからだろう。
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地元の住人の意見も取り入れながら進行した案は、かつて回廊があった部分に〈フラタリー〉のエントランスにもなるパビリオンを増築するというものに決まったが、最初に提案した直線的な全面ガラスのデザインは不評につき仕切り直しに。最終的にゴシック様式のアーチを現代的に解釈したデザインが採用となった。
アーチの部分には地元産の赤い砂岩を使用。コンピュータ数値制御(CNC)で石材を切削加工するなど、ハイテク技術を駆使しながら、ローテクな職人の手仕事で仕上げられている。砂岩は断層の縞が見えるように切削され、アーチ部分ではその縞が放射線に見えるように配置。ゴシックアーチの彫刻飾りに代わり、この自然な縞が微妙な装飾性を与えている。アーチには一面ガラスが貼られ、透過性の高い軽やかな印象だ。
パビリオンのエントランスの左側には〈フラタリー〉と接続するガラス張りのボックス型のリンクがあり、その昔、修道院の食堂や図書館として使われていた大ホールへと続く。長年、間仕切りなどがあり、有効に使われていなかったスペースは、空調や照明、収納などが整備され、イベントやパーティーなどに貸し出しできるホールに生まれ変わった。その下階の半地下のスペースはワークショップなどにも使えるように整備され、ともにコロナ禍の終息を待つばかりだ。
取材に行ったこの日はコロナ禍の規制が一時的に緩和した時期で、ソーシャルディスタンスを取りながらも、カフェは地元の人たちでかなりの混み具合。イギリス人は基本古いもの好きで、特に地方ではその傾向は強いが、千年近い歴史のある聖堂に増築された真新しい建築は、早くも地元の人たちに愛され、すっかり馴染んでいる様子が伝わってくる。
「建築とは、人と土地に捧げるものだと考えています。この作品は昨年オープンした〈ヨークシャー彫刻公園〉の〈ザ・ウェストン〉より先にデザインが始まったプロジェクトですが、ともに同じ想いでデザインしました」と言うファーガス・フィールデンだが、彼らのロンドンのスタジオは開発予定がある空き地のオーナーと交渉し、そこに期間限定で建てられた木造の建物だ。解体して別の場所に移転することを想定して設計されている。敷地の一部は、山羊やアヒルを飼い、野菜育てるプチ農場〈オアシス・ファーム・ウォータールー〉にあてられており、都会の子供たちのメンタルヘルスをサポートする慈善事業として運営されている。
30代半ばの彼らはリーマンショック前後に社会に出た世代。ターナー賞受賞で話題となった〈アセンブル〉も同世代だが、彼らは経験や資金が少なくとも、とにかく今できることを「やってしまう」というムーブメントを起こした。テクノロジーを使いこなしながら、手仕事的な方法を多用。地域の活性や社会貢献もセットで考えるのが、彼らの方法論だ。気候危機とコロナ危機で今後の建築のあり方が問われるなか、フィールデン・ファウルズの取り組み方には「既に一歩先を行っている」という安堵感を感じた。