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映画『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』の建築的楽しみ方を、建築史家・倉方俊輔が語る。

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October 15, 2020 | Culture, Architecture | casabrutus.com

今最も勢いのある配給会社〈A24〉の話題作『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』。サンフランシスコを舞台に、生まれ育った家に執着を抱き続ける青年を描くこの作品では、ヴィクトリアンスタイルの小さな一軒家が大きな役割を果たす。あの家ってどういう建築なんだろう、街と建築の関係って何ですか……? 建築や街に関する著書を多数手がける建築史家の倉方俊輔さんと一緒に見てきました。

サンフランシスコらしい坂道の途中、フィルモア地区に建つ家が主な舞台。

── まずはご覧になっていかがでしたか?

街を遠望する”km”のスケールから、主人公ジミーがこだわるステンドグラスや階段の装飾のような”mm”のスケールまで、丁寧に映像化されていて、実際に体感するように鑑賞できました。専門家はともすると、建築は建築家が、インテリアはインテリアのデザイナーが、都市は土木の人々が……、と縦割りで仕事を進めてしまうかもしれない。でも、そこに生きる人たちにしてみれば、そんな区分は関係がないこと。それらはシームレスに体験され、一体になって人の心に作用するものですから。家があり、街区があり、サンフランシスコという街があり、だからこそジミーはあの家にこだわる。都市や建築に関する、リアリティのある体験が得られる映画でしたね。

そして、映画ならではの光! 光線の輝きと深みのある黒色が、舞台となる住まいの表情を引き出している。暗い屋根裏も、手の込んだ装飾も、陰影があるから生きています。

多くの黒人が街のジェントリフィケーションによってフィルモア地区を追いやられた。主人公ジミーは、親友モントの狭い部屋に居候中。

── ジミーが生まれ育ち、こだわり続ける家が建つのは、かつて多くの黒人が住んだサンフランシスコのフィルモア地区。都市開発によってジミーたち一家を含めた黒人の多くが街の隅へと追いやられ、今では主に白人の住む高級住宅街となっています。映画自体が実話をベースにしていますし、実際のサンフランシスコの状況が描かれているわけですが、アメリカの都市開発についてはどんな風に理解すればいいんでしょう?

1980年代までの都市の近代化は、端的に言えば古い建物や街区を更地にして、そこに大きな四角いビルを建てるといった具合でした。ところが90年代以降になると、歴史的な街区に人気が出てきます。今度はオールドダウンタウンがクールに感じられ、商業的な価値が発生してくるわけです。よって、家賃も高騰する。その結果、元の住民たちは住めなくなってしまいます。

ジミーが恋い焦がれる家もその近辺も、見た目は昔の通りだけれど、そこに住む人たちがすっかり様変わりしている背景には、そんな時代の流れがあります。“ジェントリフィケーション(高級化)”と呼ばれる現象で、日本も無縁ではないわけですが、ちょっと待って、ぜんぜん違うじゃない! 正直に言うと、この映画が日本だとまずありえないストーリーであることに、うらやましさを覚えました。

映画の中ではこの家を壊すという選択肢がまったく考えられていないように見える。日本だったら、主人公が入り込む隙もなく、すぐに更地にされるでしょうね。経済原理が都市を変えるのは同じだとしても、映画ではその原理が住み継ぐ文化の上にあって、追い出されたかつての住民も外観を眺め、懐かしむ権利は奪われていないんです。批判的になる前に、単純に憧れてしまいます(笑)。

大切に建てられ、住み継がれてきた家。三角の尖塔が印象的だ。

── 三角の尖塔に通りを見下ろすバルコニー、凝った装飾。ジミーが執着するあの家は、建築的にはどんな流れのなかにありますか?

ジミーは1946年に自分の祖父が一から建てたと強固に言い張っているけれど、実はそれよりずっと前の1850年代に建てられた家だとわかる。あの家はヴィクトリアン・ハウスの中でも、ヴィクトリアン・ゴシックの性格が強いですね。ヴィクトリアン・ゴシックは、中世のイギリスに由来する装飾的な要素を、設計者が奔放に組み合わせたスタイルです。“家”に対する夢……自分が成し遂げたことに対する誇りのようなものが詰め込まれた住宅といえます。モノの実体性に重きを置くスタイルなので、素材感が大切にされ、手仕事の味わいが至るところに見られます。

あの家でいうなら、ステンドグラスや階段の手すりなどが、まさにそうですね。ヴィクトリアン・ゴシックは、しばらく前までは専門家の評価が高くはないものでした。それは統合された様式というより、寄せ集め的な性格が強いのが一因です。でも、住宅を成り立たせるものは、必ずしも様式の正しさだけではありません。建物に対する思い、時間を過ごせば過ごすほど湧いてくる愛着もまた、住宅にとって欠かせない要素でしょう。

祖父と共に暮らすモント。ジミーやモントと家族との繋がりが、ヴィクトリアンスタイルの家と共鳴するように描かれていく。

──「家」というものの多様な意味を考えられる映画なのかもしれないですね。

日本でも家自体を継承していくというような動きは少しずつ出始めているけれど、アメリカに比べればまだこれからですよね。そして住宅には、どれくらい古い建築か、有名建築家が設計したものか、といった以上の価値があることを、この映画は教えてくれます。特に住宅の場合、建築は、そこに価値を見出す人がいれば価値あるものになる。ジミーのおじいさんもそうだし、ジミーもあの家に価値を見出した。自分が建てたと思い込んでしまうくらいの愛着ってとっても尊いですよね? そういう思いも飲み込む全てが建築なんだ、そんな実感がわいてくる映画です。

誰でも心の片隅にある、生まれ育った家や土地との結びつき。そうした人の心の大切な部分をじわりとつかむ本作の背後には、都市や建築、住宅の物語も横たわる。秋のはじめにふさわしい一作を、ぜひ味わってみてほしい。

『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』予告編

ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ

サンフランシスコで生まれ育ったジミー(ジミー・フェイルズ)は、祖父が建て、かつて家族と暮らした美しい家を今も愛し続けている。ある日現在の家主が手放すことになり、家は売りに出されるが...…。主役で、同名で出演のジミー・フェイルズの実話に基づく物語。サンダンス映画祭 監督賞&審査員特別賞ダブル受賞。監督・脚本:ジョー・タルボット、出演:ジミー・フェイルズ、ジョナサン・メジャース他。新宿シネマカリテ、シネクイント他にて全国公開中。

倉方俊輔

建築史家。大阪市立大学准教授。執筆や研究、実践などを通して、建築の魅力と可能性を広める活動を幅広く行う。著書に『東京レトロ建築さんぽ』、『吉阪隆正とル・コルビュジエ』など多数。

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