October 23, 2019 | Architecture, Culture | casabrutus.com
アントニン・レーモンド、遠藤新、吉村順三、清家清…。現在も住み継がれている日本の名作住宅の数々を取材した、『日本の住宅遺産 名作を住み継ぐ』(著・伏見唯/写真・藤塚光政)。書籍に収められている26の住宅のうち5つを、藤塚光政による美しい建築写真とともにご紹介します。
・〈ダブルハウス〉ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1921年〜)
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名画、名著、名曲。同じ”名”が付こうとも名作住宅だけは、実際にひとが日々住み暮らす道具という側面を持つからこそ、100年、200年と受け継がれていくことは稀だ。とくに日本では欧米と違って築年数と資産価値とがはっきり反比例することもあり、名高い建築家による住宅が、世代を超えることなく取り壊されてしまう例も少なくない。
『日本の住宅遺産 名作を住み継ぐ』で紹介される26の住宅は、陰に陽に手を尽くした人々の存在によってそのような憂き目を逃れることができた、まさに”遺産”と呼ぶべき数々。住宅がどのように生まれ、またどのように施主から次、さらに次の住まい手へと住み継がれていったのか。本著はそうした継承の物語をひもといていくなかで、設計時に建築家が意図した意匠と、後年になって住まい手が施す創意工夫とが、幸福に同居しうる実例を提示していく。それは、「新築」を偏重する現代に対する、静かな問いかけでもある。
・〈加地邸〉遠藤新(1928年〜)
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・〈トレッドソン別邸〉アントニン・レーモンド(1931年〜)
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名作住宅を現代にまで遺させるのは”思い”だけではないことも、紹介されている実例からわかることだ。キリスト教の伝道のために来日したウィリアム・メレル・ヴォーリズによって建てられた、竣工から100年を目前にしている〈ダブルハウス〉(1921年〜)は、現在でも牧師によって住み継がれており、その継承の背景には“神からの預かりものとしての住まい”であるという、深い信仰心がある。ただ、それに加えて、当時のヴォーリズによる設計が、住まう人への配慮が行き届いた合理性に支えられていたことも大きい。
「ダブルハウスの特徴は、たとえば戦前とは思えないほど充実した台所などの水まわりだ。また廊下を短くし、時間と労力、そして建設費を抑えようともしている。今ではそれほど珍しく感じないかもしれないが、家事や生活を効率的にするという発想は、当時の日本家屋ではあまり見られないものだった」(伏見唯)
別の時代の住宅に目を向けると、また異なる設計意図が、建築の命を永くさせている。メタボリズムグループの中心的存在として、日本独自のモダニズム建築の名作を生み出した菊竹清訓による〈スカイハウス〉には、おおらかな“変化の余白”があらかじめ用意されていた。名前の由来にもなった、2階が宙に浮いているように見せるピロティ(1階部分の吹き放ち)は、後に菊竹夫婦が子どもを持つようになると、家具のような小部屋が併設されるようになる。元の形をただ保つだけではなく、人の暮らしと足並みをそろえて大胆に変化していくことを受け入れる継承もありえるのだと、〈スカイハウス〉は教えている。
「メタボリズムには、『変化することもできる』というコンセプトを打ち出す前衛的なマニフェストの側面もあったと思うが、スカイハウスは実際に変化した。1階は想定通り増築され、今はむしろあまり宙に浮いているように見えない。しかし、それでよい。宣言通り、新陳代謝しているのだ」(伏見唯)
・〈私の家〉清家清(1954年〜)
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・〈スカイハウス〉菊竹清訓(1958年〜)
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/10/1015jutakuisan5-5_666.jpg)
遠藤新による〈加地邸〉(1928年〜)に現在住まう夫妻は、このように語る。「クラシックカーに乗るとき、前の所有者の改造も含めて楽しんでいるように、この住宅でも、過去の記憶が積み重なっていることに魅力を感じた」「過去の暮らしの物語を想像するのも楽しい」。建築における”時の作用”を、このように豊かに感じ取る文化が根付くこと、また誰しもがそう思えるような住宅と出会うことは、現状をふまえたとき、容易なことではなさそうだ。しかし、だからこそ、著者の伏見は冒頭の「はしがき」に、このように書いている。
「とはいえ、先に述べた通り、時代の潮流だからといって、義務感で嫌々古い住宅に住むような文化が望ましいとは思えない。まずは、建築にとって時の力は、質を落としていくばかりに働くのではないということを理解いただいて、本書に掲載されているような名作がほしくなる文化を。古くても、よい住宅があることを共感してほしい。ページをめくって、住まい手の方々が出迎えてくださる名作住宅の数々をご覧いただきたい」
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