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吉田実香のNY通信|ダイナミックに生まれ変わった〈ペース・ギャラリー〉。

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October 22, 2019 | Architecture, Art | casabrutus.com

美術館レベルのスケールへと続々生まれ変わる、NYの「メガ・ギャラリー」。その先陣を切って新装オープンしたのが〈ペース・ギャラリー〉だ。果たしてその中身は?

〈ペース・ギャラリー〉は創業1960年。来年には60周年を迎える老舗にして、ガゴシアンやデヴィッド・ズワーナー、ハウザー&ワースに並ぶ強大なメガ・ギャラリーだ。世界10か所に拠点を構えるペースの総本山がこのたびチェルシーに誕生した。

この本社屋は計8階建て。正面の黒い外壁が印象的だ。幅6メートルもの大きなガラスドアから内部に入り、1階から2階、3階へと進むにつれて雰囲気や光など空間の質がゆるやかに変化する。

〈ペース・ギャラリー〉正面。

「外壁はシチリア島のエトナ山から採掘した火山石です。高温で表面を焼き付け、マットブラックに仕上げました」と説明するのは、設計にあたったボネッティ/コゼルスキー建築事務所のエンリコ・ボネッティ。石のフロアの1階では、足音もコツコツ響く。ところが2階のギャラリーに入ると、空間が柔らかい静けさに包まれる。「床がオーク材なので足音がせず、天井には音を反響させない特別なプラスターを使いました」。白いオークはまた、視覚的にも穏やかな心理作用をもたらす。外界の喧噪も次第に遠ざかり、心地良く集中できる空間でアートに向き合うことができるのだ。

「いかにすればアート鑑賞に没頭してもらえるか。その点にひたすら心を砕きました」と、同事務所のドミニク・コゼルスキー。鑑賞体験の妨げになる要素をできるだけ排したと語る。

ふんだんな自然光の入る展示室も。部屋や作品ごとに人工照明を微調整し、作品の力を最大限に引き出す光を生み出す。

ボネッティ/コゼルスキー建築事務所は近年、NYの〈パブリック・ホテル〉や同じくイアン・シュレーガー経営による〈エディション・ホテル〉、またチェルシーの新コンセプト国際スクール〈ジ・アヴェニュー〉のデザインで話題を集めてきた。洗練された上質ミニマル、かつ温もりのある空間を創り出す彼らには住宅の依頼も多い。施主のリストには音楽プロデューサーのリック・ルービンや小説家トム・クランシー、ホテリエのアンドレ・バラージュ、米ヴォーグ誌のファッション・ディレクターなど錚々たる面々が並ぶ。

上/ドミニク・コゼルスキー。下/エンリコ・ボネッティ。

〈ペース・ギャラリー〉は全8階のうち実に5階を展示スペースに充て、2階と6階には屋外の彫刻ガーデンまでも設けてある。リサーチに利用できる予約制のライブラリーもあれば、所蔵品を保管庫から出して見せてもらえる「オープン・ストアレージ」もスタートした。建物といいサービスといい、スケール・質ともにまさに美術館レベル。だがコゼルスキーはこう語る。「美術館と違い、〈ペース・ギャラリー〉では建物全体を通じてアート作品がゆるやかにつながり合います。来館者は空間を回遊しながら、またギャラリーのスタッフはここで働きながら、アートと出会い続けるのです」

6階のテラス。表面のウッドブロックの下には深さ約60センチまで砂が敷き詰めてある。これにより床の損傷を防ぐ支えを設置しなくても、重量のある彫刻がそのままの姿で展示できる。

ドアノブなど細部にも素材へのこだわりが見て取れる。「この建物では火山石や発泡アルミニウム、ステンレス鋼など様々な素材を使っています。いずれも、私たちが目指した建物の姿を形づくるために選んだものであって、これらの素材ありきという訳ではありません。ただウッドなど、温もりや人間らしさを感じさせる素材を加えるというのは念頭にありました」

展示を見て行こう。1階エントランスから誘われるように足が向くのが、今回のこけら落としアレクサンダー・カルダー展『Calder / Small Sphere and Heavy Sphere』だ。空間デザインを手がけたのはステファニー・ゴトウ。カルダー財団の本部を設計し、LAの〈ハウザー&ワース・ギャラリー〉で催されたカルダー展のデザインも手がけている建築家だ。

『Calder / Small Sphere and Heavy Sphere』展示風景。手前は《Small Sphere and Heavy Sphere》(1932/1933)、右奥《Eucalyptus》(1940)。

この『Calder / Small Sphere and Heavy Sphere』展では、カルダーがまだ駆け出しの頃に描いた絵画や、針金を用いた立体作品をはじめ、1920年代から1960年代までの作品およそ70点が時系列で紹介される。動物のスケッチが壁いっぱいに現れたり、抽象画が並んでいたり、初期の針金作品が天井からこちらを見おろしていたり。部屋から部屋へとスムーズに連なる展示スペースを進みながら、カルダーがモビール彫刻の発明へと至り、モビールを極めた道のりを確かめていく。

床や壁にモビールの影を一切落とさないよう照明を工夫したスペースでは、モビール自体のフォルムやエッジの美しさが際立つ。かと思えば、別のコーナーでは真っ赤なモビールが強い光を受け、白い背景にくっきりと影を落としている。誰かがその小さなコーナーを通ると空気が揺れ、赤いモビールと影とがゆるやかに舞い始めるのだ。

『Calder / Small Sphere and Heavy Sphere』展より。カルダーによる赤や黒のモビール、そして影。一体となった動きが目を奪う。

「アートは私にとっての ”信仰” です」と語るのは、〈ペース・ギャラリー〉創業者アーニー・グリムチャー。2011年には息子のマーク・グリムチャーに代表の座を譲りつつ、まだまだ現役だ。ちなみにこの「父グリムチャー」、実は映画の監督・制作も手がけてきた異色のギャラリストでもある。中でも『マンボ・キングス/わが心のマリア』(1992年)ではアカデミー賞やグラミー賞、ゴールデングローブ賞のオリジナル楽曲部門で軒並みノミネートという栄誉に輝いたりも。

3階。デヴィッド・ホックニーの『La Grande Cour, Normandy』展。

父グリムチャーが一代で築き上げた〈ペース・ギャラリー〉。取り扱う作家は現在89組。ジェイムズ・タレルにマーク・ロスコ、ジュリアン・シュナベル、ロバート・ラウシェンバーグ、クリスト、ジュリアン・シュナベル、チャック・クロース。日本からは奈良美智や名和晃平、チームラボの名も。

「スーパー・ペース」こと、新生〈ペース・ギャラリー〉ではフィルムやトーク・音楽イベントの「PACE LIVE」など新たなプログラムも始動する。次世代メガ・ギャラリーのこれからに注目し続けたい。

7階のギャラリーはライブパフォーマンスやイベントにも自在に対応可能。高さ5メートルの天井に設置されているのはフレッド・ウィルソンの《Chandeliers》。 photo_Guy Ben-Ari, courtesy Pace Gallery

〈Pace Gallery〉

540 25th St., New York, USA TEL (1) 212 421 3292。10時~18時(金~16時)。土曜・日曜休。入館無料。

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