August 20, 2019 | Travel, Architecture, Fashion | casabrutus.com
ジョージア(旧グルジア)の首都トビリシで行われているトビリシ・ファッションウィーク。メルセデス・ベンツがスポンサーの同イベントに藤原ヒロシがゲストとして招待されたのは2018年秋のこと。その滞在をきっかけにトビリシという街、ジョージアという国に一気に興味を持った彼に同行して、その魅力を案内してもらうことになった。
●MIDDLE OF NOWHERE
「ジョージアと言っても、その国の場所を正確にイメージできる人は多くないように思うんです。まさにミドル・オブ・ノーウェアという感じ」(藤原ヒロシ)
おおまかに地理的な説明を加えると、ジョージアは黒海とカスピ海に挟まれた場所に位置し、北にはコーカサス山脈が連なる。トルコの北に位置し、アゼルバイジャンとも国境を有する。ロシアの南端、ヨーロッパの東端、そしてアジアの西端ともいえそうなこの場所に立っていると、まさに“ミドル・オブ・ノーウェア”としか言い表せない。
●“デムナ”以降で注目されるトビリシのファッション
地理的環境とその複雑な歴史のせいもあって、文化的にもあらゆるものがカオティックに混在している印象があるジョージア。旧ソ連から独立して資本主義の波が押し寄せる中、ファッションもユニークな発展をしてきたようだ。街に点在するセレクトショップを覗けばジョージアの若いブランドのみならず、フランスや日本のブランドも並んでいる。物価の安いジョージアにおいては、インポートされたそれらの商品の値段は破格に高く感じられる。そして、やはりジョージア出身で一躍世界的な注目を集めた〈ヴェトモン〉や〈バレンシアガ〉のデザイナーであるデムナ・ヴァザリアの影響もあるのか、ストリート的なアプローチの洋服が数多く見られた。今回もトビリシを訪れたのはファッションウィークの時期。藤原ヒロシと一緒にいくつかのショーを見せてもらった。
「トビリシ・ファッションウィークではウィメンズのブランドを中心にショーが行われていますね。地元の若いブランドが多いですが、ストリートのエネルギーを感じます。前回も見て気に入っていたのは〈シチュエーショニスト〉というブランド。いいですね。トビリシ・ファッションウィークが始まったのは5年前だそうです。ジョージア出身のデムナが〈バレンシアガ〉のディレクターになったのと同じ時期だそうですが、それは全くの偶然だそう。次回、11月のファッションウィークではメンズにもフォーカスを当てた企画があるみたいなので、今から楽しみですね」(藤原ヒロシ)
廃墟となったガレージの螺旋状のスロープをランウェイにしたり、市内から車で40分ほど離れたトビリシ空港内の飛行機整備場を使ったりと、そのプレゼンテーションの方法も力強く印象的だった。
●ユニークな建築と歴史的背景
「トビリシには旧ソ連時代の共産的な雰囲気の建物もまだ残っている。そんな中に突然現代的なデザインの建築が建っていたりしてカオスな印象があります。街の真ん中には〈ピース・ブリッジ〉という歩行者専用の橋がかかっていてランドマークのようになっています」(藤原ヒロシ)
そんなさまざまな建築が乱立している背景を知るには、そもそもこの国の歴史をさかのぼってみる必要がありそうだ。特異な立地、かつ民族や宗教が交錯する要所にあるがゆえ、この国は幾多の侵略と攻防を繰り返してきた。ペルシア、モンゴル、オスマントルコ、ロシア、ソ連などの強国に吸収されながらも、国教であるキリスト教と独自の文字を持つグルジア語を頑なに守り続けた。
1991年のソ連崩壊によってグルジアとしてようやく独立を果たした後も、共産主義的な旧体制からなかなか脱却できない状況が続く。そんな中、真の民主化と近代化を掲げて立ち上がったのはジョージア第3代大統領のミハエル・サーカシヴィリ。2003年の無血の「バラ革命」を経て翌年に大統領に選出されたサーカシヴィリは、ロシアの影響下から脱却し、EUに加盟してヨーロッパの一部となることを目指すなど、大胆な改革を推し進めた。そして「近代化にはクレイジーで大胆な建築が必要」という持論から、イタリアやドイツの建築家によるユニークなデザインの公共建築が各地に出没することになったのだという。
市の中心を流れるクラ川を挟んで、旧市街と大統領府のある丘のふもとに広がる公共の公園を結ぶ〈ピース・ブリッジ〉はミケーレ・デ・ルッキのデザインにより2010年に完成した。ガラスの屋根で覆われた歩行者専用のこの橋は街のランドマークとしての存在感もあり、LEDをふんだんに使った夜のイルミネーションも観光客の目を惹いている。
その公園の奥に横たわっているのはホーンを連ねたような目を引くデザインのミュージック・ホール〈Rike Concert Hall〉。すぐそばにあるキノコの傘を重ねたような屋根で目を惹く市の合同庁舎と同じく、マッシミリアーノ・フクサスのデザインによるもの。驚いたのは、こちらのミュージック・ホール、すでに完成しているものの実際にはこれまで一度も使われないまま放置されているということだ。このミュージック・ホールに限らず、トビリシ市内から郊外にかけて、使われていない建築物をいくつか目にする。
革命後、大統領就任当時には大いに支持されたサーカシヴィリだが、2008年にはロシアとのいわゆるグルジア紛争が勃発。2012年には親ロシアのビジナ・イワニシュビリが首相となり、進めてきた革新的な政策の反動で失脚することとなる。サーカシヴィリと方向性の異なる新政府は旧政府の作った建築物の使用を拒み、あるいは建築途中だったものはそのまま工事が頓挫し、それらの建築物がそのままの姿で放置されているということだ。実際に市民の声を聞いてみると、前大統領を支持していた人と、現政府を支持している人の割合は半々といった具合で、使われることもなく、壊されることもない大きな建築物が放置されたままのこの現状には複雑な心境のようだ。
●リノベーションにより生まれ変わるホテル
使われていないまま放置される建築がある一方で、古い建物のリノベーションは盛んに行われている。
「前回滞在した〈STAMBA〉というホテルは、かつての印刷工場をリノベーションしたもの。エントランスは、床面を何フロアかそのまま抜きっぱなしにしていて、究極のスケルトンみたいな構造が面白いですよね。天井には印刷物が吊り下げられていたレールも廃墟のようにそのまま残されている。部屋によってデザインの異なる作りもユニークでした」(藤原ヒロシ)
〈STAMBA HOTEL〉では、さらに大胆な改修工事が今も進行しているとのこと。今回は同系列の〈ROOMS HOTELS〉ホテルの部屋を用意してくれた。
他にも市の北側にはソビエト時代の縫製工場をリノベーションした〈FABRIKA〉(https://fabrikatbilisi.com)というカジュアルなホテル、ドミトリーにコワーキングスペース、さらにはレストラン、カフェやショップまでが合体したような複合施設もあった。トビリシへのツーリストの増加の需要に応えて、ユニークで新しい宿泊施設が続々と建築されているのだという。
●スターリンを生んだゴリへ
ファッション・ウィークも落ち着いた日、少し遠出をしてみようとトビリシから車で西へと向かった。市街地を抜け、果てしなく高原が広がる牧歌的な風景の中、車を1時間ほど走らせると、突如現れる奇抜なデザインのドライブインがある。分厚いコンクリートの壁を重ねたような大胆なデザインは、ドイツ人建築家のユルゲン・マイヤー・Hによるもので、2011年に完成したものだという。東方面に向かう車線と西方面に向かう車線、それぞれに一か所ずつあり、それぞれガソリンスタンド、ドーナツショップ、カフェテリア、コンビニエンスストアなどが入っている。そこにたどり着く途中で止まった、あまりにローカルなドライブインとの規模の差に驚かされた。
ドライブの目的地は決まっていなかったものの、そのエリアの「ゴリ」という町を訪れることになった。なんでもスターリンの故郷で、生家がそのまま保存されて資料館として公開されているというのだ。
「最悪の独裁者だったはずのスターリンの生家が保存されて、観光地のように人が集まっている。歴史上、最も人を殺した独裁者なのに不思議ですよね。後でドキュメンタリーを観て知ったけど、ゴリは2008年にはグルジア紛争の戦火の真っ只中だったみたい。ゴリに限らず、ジョージア、この10年で驚くべき復活を果たしたんですね」(藤原ヒロシ)
ゴリを後に、渋滞の激しいトビリシ市内に戻ってくると丘にへばりつくように建つ圧倒的なビルを目にする。
「ジョージア銀行本店です。昨年の秋にこのエントランスがファッション・ショーの会場として使われていて、訪れました。近くで見ると圧巻ですよね」(藤原ヒロシ)
ブロックを重ねて積み上げたようなデザインのジョージア銀行本店。1975年にジョージ・チャクハヴァの設計で建築されたソビエト時代の交通局ビルだそうだ。メタボリックなその姿は圧巻で、ショーの会場として使われたというガラスの箱のようなエントランスは後に増築されたもの。
●「ヒンカリ」と「ハチャプリ」〜ジョージアのソウルフード
最後にジョージアの食べ物のことを少し。
「ヒンカリとハチャプリ、名前からして可愛くないですか?」(藤原ヒロシ)
トビリシに滞在している数日の間に何度かレストランで出会ったのが、このふたつの名物料理だった。ヒンカリは小籠包や水餃子のような料理で、肉やハーブ、マッシュルームなどをミックスして厚めの小麦の生地で包んだもの。熱いスープが中から溢れ出してくるのをハフハフしながらいただく。ハチャプリは、ふんだんにチーズをのせて焼くピザのようなパン。丸い生地の両端をつまんだ舟形なのが特徴的で、その真ん中には目玉のように卵の黄身がトッピングされている。
ドリンクはレモネードが定番。とはいえ、レストランで「レモネード」と頼むと必ず「何味のレモネードか」を聞かれる。レモン以外のレモネードというのはあまり馴染みがなかったけれど、オレンジ、ストロベリー、マンゴー、ハーブなど様々にアレンジされた自家製のレモネードはどこで飲んでも美味しかった。
また、昨今ジョージアはワインの発祥の地としても注目を集めている。最近人気のオレンジワインも数多くあり、地元ではアンバーワイン(琥珀色のワイン)として愛されているようだ。ワインの味はおしなべて濃厚で、タンニンも強め。太陽をびっしり浴びたぶどうの味が詰まっている。ジョージア発祥の地中に埋められたテラコッタの壺の中で自然発酵させるという独特な醸造方法がナチュラル・ワイン醸造者に見直され始めているそうだ。
いくつか案内してもらったローカル・レストランの中で印象的だったのは〈Sofia Melnikova’s Fantastic Douqan〉というお店。小学校の校舎に面したテラスもあって、いかにもローカルな雰囲気の中で頂くヒンカリやモヒートのようなレモネードは極上だった。
奇抜なデザインの建築物、若いエネルギーに満ちたファッション、そしてローカルな食。藤原ヒロシに案内してもらうトビリシで出会ったものは全てデジャヴ感がないものばかりだった。
様々な文化がすれ違う要所でありつつも、アジアともヨーロッパともロシアとも中東とも言えないようなノーウェア感。そしてにぎやかな街の中心にいても、時間の流れは緩やかで、リラックスしたムードがある。
世界中を旅して回る彼をしてもこの国で見るものは新鮮に映るのだろう。旅の最後には「また秋にも一緒に行くよね?」と誘いの言葉をいただいた。