June 21, 2019 | Art, Architecture, Design, Fashion | casabrutus.com
杉本博司と榊田倫之が主宰する新素材研究所(以下、新素研)が今秋、初めて本格的な展覧会の会場構成を担当することになった。コラボの相手は世界的ジュエラー〈カルティエ〉だ。杉本の現代美術作家としての特色と、「旧素材こそ最も新しい」という新素研のコンセプトを軸に目下準備中のプランの一片を、いち早く独占キャッチしました!
〈カルティエ〉は、過去のアーカイブス保存と分析にも力を入れてきたジュエラーだ。1983年に「カルティエ コレクション」が正式に発足。3,000点を超えるアーカイブス作品を擁した一大コレクションは、宝飾品としての枠組みを超え、人類の芸術文化遺産としても貴重な資料となっている。その価値を広く共有するためにカルティエは1989年から世界各地で展覧会を開催し、日本では過去に1995年、2004年、2009年に開催、4回目となる展覧会が今年10月2日から東京・六本木の〈国立新美術館〉にて行われる。会場構成を手がける新素材研究所の杉本博司と榊田倫之に、その構想について話を聞いた。
Q 美術展の会場構成を本格的に新素研が手がけるのは初めてですね?
はい。もともと2004〜05年にパリの〈カルティエ現代美術財団〉で杉本が個展を開いて以来、ブランドとは縁がありました。2〜3年前に今回の展覧会企画が決まり、同時に会場構成を新素研でやってほしいという依頼が来ました。
Q 展覧会タイトルの「時の結晶」とは、杉本さんのアイデアですか?
そうです。杉本の写真作品である「海景」や「劇場」シリーズに代表されるように、時間という概念とそれに伴う人間の意識の発生は、アーティスト杉本博司が創作初期から一貫して追求し続けるテーマです。宝石もまた、地中で何億年という壮大な時間をかけて結晶化された鉱物です。動物は宝石に興味を示さず、そこに美しさを見出すのは唯一人間だけなのです。人類は希少な宝石に価値を見出し、神秘を感じ、権力の象徴としました。今回は、奇跡のような宝石の出現から時間をさかのぼって、その原石を地底に探しに行くようなインスタレーションにしたらどうか? と考え、会場構成のコンセプトとしました。また〈江之浦測候所〉の建設で古い石材が多く使われたように、杉本自身が近年、石に対するフェティシズムを深めていまして、そのことも本展へのモチベーションになったかもしれません。
今回の展覧会では特に〈カルティエ〉の1970年代以降のコレクションに焦点を当てる。展示総数約300点のうちおよそ半数は「カルティエ コレクション」から、残りは個人コレクターの所蔵品から出品される。つまり、公にはほとんど紹介されていない貴重な作品も多く見られるのだ。これらを時系列ではなく、「色と素材のトランスフォーメーション」「フォルムとデザイン」「ユニヴァーサルな好奇心」という3つのチャプターに分けて紹介する。その3つの空間に加えて、プロローグとなる「時の間」、各章をつなげるスペースを演出するにあたり、新素研は、過去のジュエリー展とは一線を画すようなアプローチを試みるという。
Q 今回の展覧会の空間を新素研が手がけることの意義とは?
国立の美術館で開催するわけですから、コマーシャル的要素を排して、〈カルティエ〉というジュエラーの歴史が育んだコレクションが、人類にとって価値あるアートであるという点にフォーカスする内容にしなければなりません。これまで世界各地の美術館で個展を開催してきた杉本にはその経験とノウハウがあり、本展でも活かせると思います。また新素研ならではの特殊な素材使いも、これまでのジュエリー展にはない見どころになるでしょう。
Q 具体的にはどんな演出をされていますか?
まずは新素研初の試みとして、川島織物セルコンと共同開発したファブリックを使います。プロローグの「時の間」では、日本古来の「羅(ら)」という複雑な組織構造を持つ布を参考に製作した布を高さ8メートルの天井から筒状に垂らし、天井からスポットを当てて光の柱を作ります。12本の光柱の下には、ミステリークロックを含む時計作品を展示します。暗い地底の洞窟に天上から光が差し込むようなイメージです。そのほか新素研がこれまでの建築で使ってきたおなじみの素材である木・石・光学ガラスも数多く登場します。
Q ジュエリーを展示する什器にもこだわりがあるとか?
什器やトルソーはすべて、作品の形状に合わせて一点一点製作します。素材は屋久杉や神代杉、神代欅、イサム・ノグチが好んで彫刻に使った伊達冠石(だてかんむりいし)などです。古墳から出土する車輪石の形を模して、京都の仏師に彫らせたトルソーもあります。車輪石はもともと古墳の埋葬者の手にはめられた腕輪でしたからね。今、我々の事務所にはそうした石や木がゴロゴロしていて、まるでブランクーシのアトリエみたいですよ(笑)。先日ジュネーヴに、展示予定の150点の現物を見に行き、我々の作ったモックアップに合うかどうか確認してきました。値段のつけられないピースは我々も触わることができないので、専門家の手によってトルソーに置いてもらいました。残りの作品は個人蔵から出る予定ですが、まだサイズ未確認のものもあり、最後まで什器が間に合うかどうか、やや不安ですが、最大限の努力をしています。
Q 他にこれは、という見どころは?
1個約80kgの大谷石のブロックを井桁状に組んで、展示台にする予定です。これは産出地である宇都宮市が全面協力してくれました。それから入口を入ってすぐ正面に、「逆行する時計」を置きます。これは杉本が5年前に購入した1908年製のタワークロックを、スイスの時計修理工房に依頼してギアを1つ加え、時計の針を逆行させるようにしたものです。ジュエリーに刻まれた時をさかのぼるための象徴的なスタート地点になります。また、杉本の美術品コレクションをジュエリーと取り合わせる試みも予定しています。天平時代の寺院の天井板や根来盆(ねごろぼん)など日本の古美術がヨーロッパ文化に根付いた宝飾品とどう響きあうか、楽しみにしていてください。
時代を超える〈カルティエ〉のジュエリーの美術的価値を明示するのに、これほどふさわしく説得力のあるセノグラフィーはないだろう。空間に込められた新素研マジックにも期待感が高まるジュエリー展、10月まで待ち遠しい。