January 16, 2019 | Architecture, Design | casabrutus.com
EU離脱問題で激震が続くイギリス。今後の展開はまさしく霧のなかという状況下、建築やデザインでは、今年はどんな進展があるのだろう?
MeToo ムーブメントなど、女性やLGBT、人種的マイノリティへの不平等是正の動きが大きな波となって押し寄せた2018年。白人男性が優位な傾向にあったイギリスの建築界も大波に洗われた感がある。昨年のデザイン&建築賞を振り返り、社会変革の動きを読み取りたい。
1. 英国王立建築家協会 ロイヤル・ゴールドメダル
受賞者:ニーヴ・ブラウン
170年の歴史を持つ建築界で最栄誉となるのがこちらの賞。ル・コルビュジエ、チャールズ&レイ・イームズ、アルヴァ・アアルト 、丹下健三、安藤忠雄など、世界の巨匠らが受賞者に名前を連ねるなか、今年は異例のセレクトに。戦後の復興と平等な社会を目指し1960−70年代に公営住宅などを設計したニーヴ・ブラウンに贈られた。
不動産価格の高騰、格差の拡大、公共住宅不足などが深刻な社会問題になるなか、彼の設計した画期的な集合住宅が、建設から40年後に評価されたものだ。受賞講演会には若い世代の建築関係者が多数詰めかけ、大喝采が巻き起こったことも印象深い出来事だった。
2. 英国王立建築家協会 スターリング賞
受賞作:ブルームバーグ・ヨーロッパ本社 by フォスター&パートナーズ
イギリス国内の建築家による作品に与えられるスターリング賞建築賞。多岐に渡る候補作のなかから、金融街の真ん中にあるフォスター&パートナーズ設計の〈ブルームバーグ・ヨーロッパ本社〉が受賞。超高額予算と10年をかけて建てられたビルゆえ納得の受賞だが、興味深いのはユダヤ教徒用墓地と斎場〈ブッシー・セメトリー〉が寸差で勝ちそうだったという説。CLTを使った建築で知られるウォー・ティスルトンの設計で、CLTを型枠にしながら、土を突き固める方法(版築)で建てられた「土に還る」ことを意図した作品で、注目を集めた。
3. ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ建築賞
受賞者:長谷川逸子
伝統ある芸術学院〈ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ〉は、今年で創設250年。それを記念してデーヴィッド・チッパーフィールドによる大増改築が完成。合わせて2つ建築賞が新設された。 「ロイヤル・アカデミー建築賞」は生涯貢献賞にあたるもので、受賞者に選ばれたのが、長谷川逸子だ。
「建築界に大いなる刺激と永続的な貢献を与えながら、充分に評価がなされてこなかった」というのが授賞理由。ヨーロッパに作品はないものの、コンペでは、度々上位に食い込んでいた長谷川。人種や性差別の撤廃をさらに進めようという意図が感じられた。
4. ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ・ドーフマン賞
受賞者:アリレザ・タガボーニ
「ドーフマン賞」は、若手建築家を対象に、欧米に偏らず世界各地から優れた建築家を発掘することを目的に新設。今回、コロンビア、エチオピア、イラン、オランダ、そして日本からは長谷川豪がノミネートされ、それぞれのプレゼンテーションが行われた。受賞したのはイランのアリレザ・タガボーニ。一般的に知られざる国からの洗練された作品に、新鮮な息吹が感じられた。
5. デザインミュージアム・ビーズリー・デザイン大賞
受賞作:〈フォレンジック・アーキテクチャー〉による展覧会
デザインミュージアムでは、毎年6分野でその年の優秀作をセレクトして展覧会を開催。一般投票も考慮に入れながら、各分野から一作ずつ、全体から大賞が一作決定される。今回、大賞に選ばれたのは「〈フォレンジック・アーキテクチャー〉による展覧会」だ。
〈フォレンジック・アーキテクチャー〉とは、建築家、アーティスト、映像作家、弁護士、科学者、科学者などで構成されるユニットで、いわゆる建築作品はこれまでにない。「建築探偵エージェンシー」とも言われるように、各種データから事件などを分析。法廷や調査機関に提出する証拠にもなる、アニメーションや模型などによる事件や現場の再現が、彼らの仕事だ。
政治や宗教紛争、難民の扱いなど、人権に関わるプロジェクトが主で、世界各地での非人道的な活動の実態を科学的にあぶり出す。今回、受賞したのは〈ICA〉で開催された展覧会になるが、彼らは現代アートの登竜門、ターナー賞にもノミネートされた。いわゆる建築ともアートとも異なる彼らの試みに、新しい可能性が感じられる。
6. ソーン・メダル
受賞者:デニス・スコット・ブラウン
〈ジョン・ソーン・ミュージアム〉でも知られる18-19世紀の建築家、ジョン・ソーン卿。彼にちなんで2017年に設立された「ソーン・メダル」の第二回目は、女性建築家デニス・スコット・ブラウンに贈られた。
ロバート・ヴェンチュールの公私のパートナーであったスコット・ブラウンだが、1991年にはヴェンチューリのみがプリツカー賞を受賞。彼女と連名で授与すべきだという、ヴェンチューリ自身やザハ・ハディッドらによる嘆願も却下されてきた。今回の授賞はこれを補い、改めて彼女の建築界への貢献を評価するものだ。
奇しくもヴェンチューリは受賞を知ったのちに他界。その1か月後に、映像上映の形でスコット・ブラウンの記念講演が行われた。場所は二人が共同設計したロンドンの〈ナショナル・ギャラリー〉の セインズベリー棟。。大論争の的になってきたいわく付きの建築なのだが、ここでポストモダン建築の騎手であるスコット・ブラウンとヴェンチューリの歩みを振り返るのは、記念すべき出来事。女性建築家への評価を同等とするものとしても、意義深いものとなった。
以上のように、各賞の受賞者から紐解くと、2018年はこれまで正当に評価されなかった人や活動の再評価、人権擁護や社会貢献に結びつくような作品 に光が当てられたことが見えてくる。この傾向が、今年は世界各地にも飛び火するのか、興味深いところだ。