November 29, 2018 | Architecture, Art | casabrutus.com
東京・品川の〈原美術館〉が2020年末をもって閉館します。1979年に当時としては珍しい現代美術専門の美術館としてオープンしてから40年近く、個性的な展示で楽しませてくれました。美術館に感謝の意を込めて、建築の歴史を振り返ってみましょう。
〈原美術館〉は1938年に実業家、原邦造の私邸として建てられたもの。渡辺仁が設計した。彼は原邸のほかに〈東京国立博物館本館〉〈服部時計店〉(現・和光)、〈ホテルニューグランド〉(横浜)などを手がけている。このラインナップからもわかるように彼の作風はヨーロッパの新古典主義から分離派、帝冠様式まで幅広い。
〈原美術館〉はバウハウスやアール・デコのエッセンスを取り入れた初期モダニズム様式だ。2階建ての邸宅には庭を見下ろせるルーフバルコニーなどもある。各部屋のサイズは大きすぎず小さすぎず、いかにも居心地がよさそうだ。白を基調にした室内には程よく光が入って、くつろげる家だったことだろう。
しかし、原家の人々がこの家に住んでいたのはそれほど長い間ではなかった。1941年には太平洋戦争が始まり、原邦造らは疎開を余儀なくされる。終戦後はGHQに接収された。返還後、取り壊してマンションでも建てようとしたが、分厚いレンガの壁などがあり、丈夫すぎて壊せない。渡辺は1923年に起きた関東大震災の記憶から、特別頑丈に作ったのかもしれない。こうして生き延びた原邸は現代美術館として生まれ変わった。開館後、磯崎新の監修でカフェとホールが増築された他は、外観にはほとんど手を加えていない。2003年にはDOCOMOMO(モダン・ムーブメントにかかわる建物と環境形成の記録調査および保存のための国際組織)にも認定されている。
建物は全体が中庭を囲むように円弧を描いている。庭に面して並ぶ細い列柱などのディテールも面白い。窓に囲まれた半円形のスペースはブレックファストルームとして使われていた部屋だ。展覧会ではこれら居室を中心に作品が展示される。バスルームなどには奈良美智、須田悦弘、ジャン=ピエール・レイノーらが部屋にあわせて設えた作品が、庭にも関根伸夫らの作品が置かれている。
住宅だった時代の空気を色濃く残す〈原美術館〉では、通常のホワイトキューブとは違う雰囲気が多くのアーティストを惹きつけてきた。12月24日まで個展開催中のリー・キットを始め、作品を展示するのならここで、と熱望した作家も多い。マントルピースの跡や黒い手すりがアクセントになった階段など、ここにしかない空間に作品が置かれると、他の場所とは違う親しみや懐かしさ、愛らしい魅力が生まれるように感じる人も多いだろう。森村泰昌、篠山紀信、蜷川実花、ニコラ・ビュフ、ジャン=ミシェル・オトニエルとこれまでの展覧会のごく一部を思い返してみても、それぞれに濃密な空間を作り出してきたことがわかる。
今でこそ一般的になってきたミュージアム・カフェも〈原美術館〉が走りだ。庭が見えるカフェで、ショットでシャンパンが飲める美術館は当時、日本では他になかった。展覧会の作品からインスピレーションを得て作られるイメージケーキもここから始まった。作品を見て、カフェで文字通りその作品を味わえる。そんなぜいたくなアートの楽しみ方を教えてくれたのはこの美術館だ。
残念ながらカウントダウンに入ってしまった〈原美術館〉の2019年は『「ソフィ カル―限局性激痛」 原美術館コレクションより』展から始まる。19年前に開催され、大きな反響を呼んだ個展の再現展だ。日本への旅行中、恋人から別れを告げられたというカル自身のストーリーが写真と刺繡されたテキストで綴られる。カルはポール・オースターとのコラボレーションでも知られるフランスの作家。見知らぬ人を招き、自宅のベッドで眠る姿を撮影した作品や、盲目の人々に焦点をあてたシリーズなどで高く評価されている。
こうして歴史を重ねてきた〈原美術館〉だが、今年で築80年、躯体には問題がないものの、デザインを損なわずに改修することが難しい。またこの地区は美術館の新設が認められておらず、建て替えもできない。このため品川の〈原美術館〉はクローズ、2021年からは伊香保温泉にもほど近い、群馬県・渋川市の別館〈ハラ ミュージアム アーク〉を〈原美術館ARC〉に改称、活動を一本化することとなった。
〈ハラ ミュージアム アーク〉は磯崎新が設計した、緑の丘になだらかに広がる建物は一部で天窓から光が入る、こちらも開放的な空間だ。〈原美術館〉の常設作品もできる限りこちらに移設されることになっている。すでに〈ハラ ミュージアム アーク〉にあるオラファー・エリアソンらの作品と合わせて楽しめることだろう。近くに気持ちのいい温泉や、動物たちと触れ合える伊香保グリーン牧場などもある自然豊かな環境で、現代美術を体感する場がさらにパワーアップするのが楽しみだ。