August 11, 2018 | Art, Architecture, Travel | casabrutus.com | text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano
開催中の『大地の芸術祭2018』現地リポート後編。今年初めて登場した新作から、地域の施設や廃校などを活用した屋内作品を中心に厳選紹介します!
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〈越後妻有里山現代美術館[キナーレ]〉にはレアンドロ・エルリッヒの作品が出現! 中庭に水が張られていて、2階のある場所から見下ろすと建物の列柱や空が映り込んでいるように見える。でも周りをぐるっと回ってみるとそれが映り込みではなく、水底に描かれたグラフィックであることがわかる。だまし絵の原理で作られたアートなのだ。
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「この作品は越後妻有で見た水田の光景がインスピレーションの一つ。田植えから間もない水田に空が映っているのが見えたんだ」とレアンドロは言う。
「僕たちは普通、ものをある一点から見ることしかできない。対象を一度にすべての視点から見ることは不可能だ。この作品では動いてみるとリアリティも変化することがわかる。現実は常に動き続けているんだ」(レアンドロ・エルリッヒ)
この作品の背景には「色即是空」といった考え方がある。
「仏教におけるリアリティの概念では、ものごとには無と有のどちらかしかないというわけではなく、精神的なレベルではそれらが輻湊していると考える。唯物的な西洋の考え方とは違うものだ」(レアンドロ・エルリッヒ)
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水は生命にとって欠くことのできない本質的なものであり、鏡のように景色を映し出すものだから水を使った、とレアンドロは言う。曇りでも雨や雪が降っていても水底には青空が広がっているのも面白い。
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レアンドロの作品を取り囲む〈キナーレ〉の廻廊やロビーにはかわいい屋台のような構造物がたくさん並んでいる。これは鴨長明『方丈記』にヒントを得た『2018年の〈方丈記私記〉展』という企画展だ。「四畳半」(奥行き・幅・高さがそれぞれ2.73メートル以内)というサイズを条件に世界中から案を募り、建築家の原広司と西沢立衛、芸術祭総合ディレクターの北川フラムが審査員となって248点の中から27の「方丈」が選ばれた。
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この公募の条件には空間だけでなく、「そこで営まれる人間の活動を提案してください」という一文がついていた。そんなわけで東京藝術大学の藤村龍至研究室が設計したパビリオンではおいしいコーヒーが飲める。KIGIがデザインした独楽のようなお猪口「酔独楽」で日本酒を提供するバーも。伊東豊雄の事務所からは所員が常駐、地元で古材を集めてリメイクする。
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フェルトで覆われたふわふわの小屋の中は美容室だ。ヘアカットはもちろん、歩き疲れた頭をすっきりさせてくれるヘッドスパも受けられる。その他にサウナやカラオケボックス、パフォーマンスを体験したり、自分なりの「方丈記私記」を投稿できるパビリオンまで、“活動”の幅は広い。
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鴨長明の『方丈記』は乱世の中、小さな庵に移り住み、自らと世の来し方行く末を見つめたテキストだ。見方によっては価値観が激しく変動している現代も長明の時代に似ている。今回の展示は「大地の芸術祭」の期間限定だが、今後はさまざまな活動をする小さな方丈が町の中に出ていくことも期待されている。移動可能なマイクロ・アーキテクチャーが空間や時間の隙間に入り込んで町をもっと楽しくする、そのための実験でもあるのだ。
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クリスチャン・ボルタンスキーの《最後の教室》は廃校になった小学校の校舎を使った大がかりなインスタレーション。2006年から展開されているこの作品に、今年《影の劇場 〜愉快なゆうれい達〜》と題された新作が作られた。小さな窓から中をのぞき込むと影絵になった骸骨などが踊っているのが見える。《影の劇場》は1985年から彼が制作しているシリーズ。今回は、「廃校になって長い時間が経つ学校に幽霊がいる」という設定なのだそう。
「ここにはかつて子供たちがいたのに、今はもういない。空っぽの寂しい場所です。この作品には2つの記憶が重なりあっています。ここで廊下を走ったり授業を受けたりしていた子供たちの活動の記憶と、私が初めてここに来たときの記憶です」(クリスチャン・ボルタンスキー)
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“最後の”という言葉には廃校になる前、ここで確かに最後の授業が行われたということと、ポーランドの演出家、タデウシュ・カントルの「死の教室」からのインスピレーションが込められているという。薄暗い教室に自らの分身である子供の人形を持った死者たちが集うというカントルの舞台作品を彷彿とさせる、数々の魂が行き交う墓のようなイメージだ。
《最後の教室》には《影の劇場》以外にこれまで公開された作品でも、棺や遺影を思わせるオブジェが並ぶ。ボルタンスキーはこの作品が「日本古来の先祖を祀り、尊び、亡くなった人々の魂を感じる」場所になっていると思う、という。死のイメージに満ちたこの学校は恐ろしくはあるのだけれど、心安らぐようにも感じられるのはそのためかもしれない。
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商店街の中にある何の変哲もない建物。でも入り口には丸いトンネルのようなものが作られている。トンネルの中を通って建物の内部に入るとそこには大きな機械と照明と音、奇妙なコラージュが。ここは建物の中がまるごと、金氏徹平のインスタレーションになっている。
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機械は冬季にこの町で活躍する除雪車だ。この建物は夏の間、除雪車をメンテナンスし、収納しておく倉庫。金氏は除雪車の位置などはほとんど変えず、そこに映像や照明、サウンドインスタレーションをつけ加えた。夏は高温多湿な越後妻有地区は、冬は数メートルもの積雪に覆われる。金氏は冬、除雪車を運転しているときにリサーチを重ねた。投影されている映像や音は除雪車が雪を吐き出したりしているときのものだ。タイトルは《SF(Summer Fiction)》、夏のフィクションだ。
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「夏と冬とでは別世界。景色も暮らしも全く違う。タイトルの『フィクション』には暑い夏に冬を想像する、もう一つの現実といった意味を込めました」と金氏は言う。
「除雪車が来ないと家から出られない。そんなふうに、除雪車は強烈な自然と人間の営みをつないでいます。また、たとえばトンネルが開通するとこれまで栄えていたところが寂れたり、逆にあまり人が来なかったところがにぎわうようになったりする。そんなふうに道具や開発によって人の営みや自然との関係性が変わっていく」(金氏徹平)
タイトルの通り、SF映画を思わせるインスタレーションの裏側には越後の寒い冬が隠れている。同じ場所だけれど遠くにあるかに感じられる冬に思いを馳せるアートだ。
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全国で廃校を活用した施設が増えているけれど、「大地の芸術祭」ではボルタンスキーの《最後の教室》や磯辺行久の〈越後妻有清津倉庫美術館[SoKo]〉以外にも、旧小学校、中学校をリノベーションしたスポットがある。〈奴奈川(ぬながわ)キャンパス〉は旧小学校をアートと食、さらには農業とスポーツの拠点にしたもの。女子サッカーチームの選手がここで練習をし、越後妻有地区の農家の手伝いをしているのだ。
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中学校だった〈上郷クローブ座〉は演劇など、パフォーミングアーツの拠点になっている。その他に公民館や工場だった建物をアートスペースとして復活させたスポットも。地元には廃校になった学校の卒業生や、家族が工場で働いていた人も多い。一時は空っぽになってしまった建物にアートがやってきて、また人が戻ってくる、そんなサイクルが生まれている。
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回を追うごとにアートも、食を含めたおもてなしも充実してきた『大地の芸術祭』。自由に回るのならレンタカーが、見どころを効率よく回るのなら2コースあるオフィシャルツアーがお薦めだ。オフィシャルツアーのうち「カモシカぴょんぴょんコース」ではこのコース限定でミシュランレストラン「Jean-Georges Tokyo」元総料理長、米津文雄シェフ監修のランチがいただける。
食とアートを組み合わせたユニット、EAT & ART TAROの《ザ おこめショー》([キナーレ])、同じくEAT & ART TARO監修の演劇仕立てのレストラン『北越雪譜』(上郷クローブ座)の食事もおいしくて楽しい。魚沼産コシヒカリや妻有ポークなど地場の食材を使った街中のレストランでいただくのもいい。何日いても楽しめる、アートの里山に出かけよう。
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