August 11, 2018 | Art, Architecture, Travel | casabrutus.com | text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano
今年で7回目になる『大地の芸術祭』はアート作品が充実しているのはもちろん、それ以外の楽しみも増えて、ますます面白くなっています。新作から屋外作品を中心に見どころを教えます!
3年おきに開かれる『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』が行われるのは新潟県十日町市と津南町のおよそ760万平方kmのエリア。芸術祭が行われるたびに新しい作品が制作されるほか、それまでに作られた作品のうち一部が残され、どんどん作品が増えていく。今回、新しく生まれた作品はおよそ180点、前回までの芸術祭で作られた作品は200点を超える。『大地の芸術祭』ではもちろんアートが主役だけれど、楽しみはアートだけではない。建築、食、自然、いろんなものを一緒に味わえるのだ。
今回の芸術祭で強力にお薦めしたいのが、渓谷を見るために掘られた観光トンネルをリニューアルした〈清津峡渓谷トンネル〉だ。北京の建築設計事務所、MADアーキテクツが全長約750mのトンネルの先端と途中にある展望スペースを改修、入り口にカフェと足湯があるエントランス施設を新設している。
芸術祭開催中の夏はとりあえず、奥まで行ってみよう。トンネルの中というだけで外より数℃涼しいけれど、先端の「パノラマステーション」では半円形の大きな開口部から渓谷の景色を眺めながら、渓谷の水に足を浸せる。これが本当に冷たくて、数分で足が痛くなってくるほど。
エントランス施設の足湯はトンネルを掘っているときに湧いてきた温泉を使った、温かいお湯だ。「温かいお湯から冷たい水へと、地球のエネルギーを感じてほしい」とMADアーキテクツのマ・ヤンソンは言う。
「パノラマステーション」ではトンネル内部に貼られたステンレス板に渓谷の景色が映り込み、水面にはそれらが反転して円形の万華鏡をのぞき込んだような光景になる。トンネルの途中に作られた展望台の一つにはマジックミラーになったトイレがあり、中から渓谷を眺められる。エントランス施設の足湯の上には丸い天窓が開いていて、その上にある鏡に川の流れが映り込むのが見える。このエントランス施設の作品には《ペリスコープ》(潜望鏡)というタイトルがつけられた。
「潜望鏡のように自然が違う形で見えてくる。建築によって自然に別の要素を付け加えることで、見る人が自然の力を認識することができる。古い庭園のように、単に機能を持つ空間というだけでなく、精神的な価値を理解するための場なんだ」(マ・ヤンソン)
〈清津峡渓谷トンネル〉同様、土木のスケールでダイナミックな作品を展開しているのが磯辺行久だ。信濃川の流域にあたる越後妻有地区には水力発電所が点在する。磯辺行久の《サイフォン導水のモニュメント》は地下に埋まっている発電所用の暗渠(地下に設けられた水路)の水の動きと音を可視化したもの。赤と白に色分けされた巨大なヘビのようなパイプが地上をうねる。そのそばにある《土石流のモニュメント》は2011年の長野県北部地震時に発生した土石流が流れてきた範囲を黄色いポールで視覚化した作品だ。前回の『大地の芸術祭』で発表した作品を再制作している。
磯辺は2000年に開かれた第一回目の『大地の芸術祭』に先立ち、越後妻有地区の地形や土木について詳細なリサーチを行った。《川はどこへいった》は信濃川のかつての流れを《土石流のモニュメント》同様に黄色いポールで示したもの。信濃川は氾濫など、自然現象によっても姿を変えてきたが、近年では田畑の開発やダムなどの人為的な要因が川の形を変えることも多い。《信濃川はかつて現在より25m高い位置を流れていた》という作品は1万年前、縄文時代の信濃川の水面は現在より25mも高い位置にあったことを可視化するもの。いつまでも変わらないように見える山や川も生き物のように動き、変化してきたことを教えてくれる。
前回の「大地の芸術祭2015」時に旧清津峡小学校の体育館をリニューアルして開館した〈清津倉庫美術館〉は今回、校舎全体を改修して〈磯辺行久記念 越後妻有清津倉庫美術館[SoKo]〉として生まれ変わった。現在は企画展「磯辺行久の世界−記号から環境へ」が開かれている。磯辺は1950年代、若き前衛芸術家として注目を集めたが1965年、ヨーロッパでの個展開催を機にニューヨークに移住、エコロジカル・プラニング(環境工学)を学ぶ。帰国後も環境計画に携わり、90年代から再びアートの制作を始めた。
会場に流れる映像の中で「エコロジーにはアーティスティックな要素が多い」と彼は言う。
「ロマン、哲学、道徳的なものが入ってくる。自然を別の視点で再構成するのです」(磯辺)
総合ディレクターを務める北川フラムは「磯辺さんには『大地の芸術祭』の構想段階から関わってもらっています」という。
「越後妻有地区は信濃川が大地を削ってつくった土地。侵食や堆積や崩落で流れを変えるごとに生活に影響を与えています。川の歴史が妻有の歴史なのです」(磯辺)
川が人間を変え、人間が川を変える。磯辺のアートはそんな相互作用を形にしている。
『大地の芸術祭』ではこれら“土木系”のほかに駅前の広場や街中、神社や山の中などに屋外作品が点在している。アートと自然、一見相反するものの組み合わせが意外にしっくりはまっているのが面白い。今の季節、山や田の緑や空の青もひときわ濃く見える、芸術祭らしい作品群だ。
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