May 16, 2025 | casabrutus.com | text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano
回を追うごとにますます充実したアート体験が楽しめる「瀬戸内国際芸術祭」。6回目となる今年も春・夏・秋の3会期にわたって開かれます。まずは開催中の春会期から見に行ける新作を紹介します!

2010年から始まった「瀬戸内国際芸術祭」は3年に一度行われる芸術祭。瀬戸内の島々で海と緑を背景に、ここでしか味わえないアートが待っている。初回から15年、これまでの芸術祭で展示された作品の一部が恒久設置作品として残るほか、エリアも拡大されており、数日滞在しても楽しめる規模だ。作品は春・夏・秋の3会期を通じて展示されるものと、春会期のみ・夏会期のみ・秋会期のみ展示となるものとがある。今回は春会期から楽しめる「瀬戸大橋エリア」「高松港エリア」「小豆島」「豊島」の4つのエリアを紹介する。
●瀬居島|中﨑透ディレクション、陸続きの島の廃校で見る展覧会


瀬戸大橋の香川県側にある「瀬戸大橋エリア」ではアーティストの中﨑透がディレクションする《瀬居島プロジェクト「SAY YES」》を展開している。中﨑を含む16名の作家が今は使われていない幼稚園や小学校、中学校の校舎や屋外に多様な作品を展開する。
中﨑の作品《Say-yo, chains, what do you bind or release?》は〈旧瀬居幼稚園〉を舞台にした作品。玄関から入っていくと瀬居島にゆかりのある人々へのインタビューをもとにしたテキストと、そこに残されていたものやネオン管などによるインスタレーションが現れる。瀬居島は、今は四国と地続きだがもとは島であり、埋め立てによってつながった歴史がある。テキストには船で行き来したこと、文化祭の思い出、いたずらをして遊んだことなどの思い出が綴られる。断片的な文章とオブジェとが人々の記憶を呼び覚ます。


〈旧瀬居小学校〉では小瀬村真美が理科室や図書室の器具や標本などを棚などにインスタレーションして撮影したものを、もとの器具などとともに展示している。その中にはもともと学校に残されていたものだけでなく、彼女がつくったフィクショナルなものも混ざっている。写真は17〜19世紀にヨーロッパで描かれた、王や貴族のコレクションを描いた静物画などの様式を引用したものだ。当時のヨーロッパでは外国からもたらされた珍しい動植物を蒐集することが流行していた。このコレクションを研究・分類することが後の博物学につながっている。絵画が自然をどのように表現してきたかを写真によって探究している。
瀬居島プロジェクト「SAY YES」
春会期のみ公開(〜2025年5月25日まで)。会期中無休。〈旧瀬居小学校〉料金500円。そのほか〈旧瀬居幼稚園〉(料金500円)、〈旧瀬居中学校〉(料金1000円)、竹浦(小西紀行、料金500円)など島全体の屋内外に多様な作品を展開している。
瀬居島について
もともと離島であった瀬居島は、1960年代後半に番の洲臨海工業団地開発により、埋め立てられて陸続きとなった。瀬居島へのアクセスは車やバスでの移動が望ましい。旧瀬居中学校に車を止めてバスや徒歩で巡るのがおすすめ。駅からのレンタサイクルもある。詳細は公式サイトにてご確認を。
●高松港|ホンマタカシが問う「一番大切なもの」

高松港ではホンマタカシが国連の難民支援機関UNHCRとの共催による展覧会「SONGSーものが語る難民の声」を開催している。現在、世界では紛争や人道危機のため1億2000万人以上の人々が故郷を追われている。ホンマは昨年夏にバングラディシュを訪れて以降、コロンビアや東京で難民に会い、「祖国を追われた際に持ち出した一番大切なものは何ですか」という問いとともに彼らの姿を写真に収めた。
「僕の役割は状況に対する意見を言うことではなく、現状を正確に伝えること。それしかないと思ったんです。実際に難民の方が暮らしている場所を訪れて、自分にできることは何もないという無力感を感じました。たとえば男の子がお父さんからもらったライトが壊れてしまっても、僕たちはそれを直してあげられない。。個別にそういうことをすると不公平になってしまうからです。
また難民の方の中には過酷な生活を送られている方もいますが、コロンビアの難民の方は普通の住宅で普通に暮らしています。もちろん豊かではないけれど、明日殺されるかもしれない、という恐怖はない。また日本では留学という形で滞在している方が多くて、そういった方は祖国ではエリートなわけです。一言で難民といっても幅広いグラデーションがある」(ホンマ)
難民へのインタビューはタブロイド版の新聞のようなハンドアウトにまとめられている。
「その意味ではタイトルを『VOICES』としてもよかったと思います。でもお会いした人の中には話すのが上手い人もいればそうでない人もいたので、話すのが得意でない人には祖国の歌を歌ってもらいました。そのほうが作為なく質感が伝わるんじゃないかな、と感じたんです」(ホンマ)
UNHCR × 瀬戸内国際芸術祭 ホンマタカシ「SONGSーものが語る難民の声」
7時〜18時。春・夏・秋会期公開。会期中無休。入場無料。女木島&男木島 券売所並びの銀色の建物内。
●高松港|島々をつなぐ、色とりどりの漁網


高松港で海に面してかけられた大きな漁網は五十嵐靖晃と「瀬戸内国際芸術祭」の会場である女木島・男木島・豊島・小豆島の人々とが編んだものだ。この4つの島で編み上げられた網が高松港でひとつながりになり、暖簾のようになって来場者を出迎える。この網を編むために協力してくれた人は250人以上。子どもから60年間漁船に乗っていたという90代の夫婦まで幅広い。網は5色の糸を使って編み上げられている。
「いろんな瞬間の海の色です。昨日の海の色はこれだったね、というように見てもらえたらうれしい。人の手で編んでいるから結び目の強弱、目の大小があるのもいいと思います」(五十嵐)
《高松港プロジェクト》建築:佐藤研吾 アート:五十嵐靖晃
屋外展示作品。春・夏・秋会期公開。会期中無休。料金無料。
高松港について
瀬戸内国際芸術祭の会場である直島などへのフェリーが発着する港。過去の芸術祭で制作された大巻伸嗣やジュリアン・オピーなどの作品もあわせて楽しみたい。高松港へのアクセスは、高松空港からリムジンバスで約40分、高松駅からは徒歩で約5分。
●小豆島|壮大な竹のドーム

台湾のアーティスト、ワン・ウェンチーは2010年からこの芸術祭に参加している。小豆島で作る竹の作品は、今では「瀬戸内国際芸術祭」の"顔"と言ってもいい存在だ。毎回、中で休憩できる作りになっていて、一休みしながらダイナミックな空間や竹の隙間から落ちる光を楽しめる。今回の作品は直径およそ15メートル、中央の小豆島の形の窪みに座れるようになっている。使われた竹はおよそ4000本。小豆島ではこの竹を調達するところから地元の人々が毎回協力している。回を追うごとに竹を組む技術も向上し、今では3年ごとの制作を楽しみにしている人も多いという。「島のお年寄りを元気に」という芸術祭の目標はこんな形で実を結んでいる。
《抱擁・小豆島》ワン・ウェンチー
9時30分〜17時。春・夏・秋会期公開。ただし5月21日、8月20日、10月22日、29日は休み。料金500円。
●小豆島|黄金の海に消えた船とは?


外観は古びた倉庫なのに、中に一歩足を踏み入れるとそこには竜宮城が現れる。そんなインスタレーションをつくったのは豊福亮だ。内部には池が設えられ、噴水や水芸の人形が水のアートを見せてくれる。鑑賞者は手こぎのボートに乗って水面を進みながら、豪華なシャンデリアや、金色の日用品や牡蠣の貝殻で飾られた空間を巡る。壁には豊福の絵もかけられている。この作品は瀬戸内に伝わる伝説や民話などさまざまな物語をミックスしたものだという。外部に広がる現実を忘れて異世界に心を遊ばせる、そんな幻のような体験ができる。
《黄金の海に消えた船》豊福亮
9時30分〜17時。春・夏・秋会期公開。ただし5月21日、8月20日、10月22日、29日は休み。料金500円。
●小豆島|海を漂う、青白く光る船

船はこの世と、そうでない世界とをつなぐ乗り物でもある。そのことを感じさせるのが長澤伸穂の《うみのうつわ》だ。暗がりに波の満ち引きの音が響くなか、青白く光る船が現れる。鑑賞者が船の中に横たわると、心臓の鼓動にあわせるかのように光が変化する。作品タイトルは「海」であり、「生み」でもある。生命の根源である海から生まれ、そしてまた無に戻っていく。私たちはその間のつかの間の旅路を生きている。
《うみのうつわ》長澤伸穂
9時30分〜17時。春・夏・秋会期公開。ただし5月21日、8月20日、10月22日、29日は休み。料金500円。
●小豆島|古民家が優しい音を奏でる

岡淳+音楽水車プロジェクトは築120年の古民家を、音楽を奏でる装置に変換した。この家はかつて作者の曽祖父が暮らしていた家。今はない水車を使って製粉や製麺を行っていた。岡たちの作品はその製粉や製麺の道具や近隣に残された農具・民具を組みあわせた音楽装置。いわば巨大なオルゴールだ。会期中は自動演奏で音楽を奏でる。大きな歯車が複雑にかみあって回転する様子が見えるのも楽しい。
《Reverberations 残響 ~ 岡八水車》岡淳+音楽水車プロジェクト
9時30分〜17時。春・夏・秋会期公開。ただし5月21日、8月20日、10月22日、29日は休み。料金500円。
●小豆島|自然に戻っていく家


小豆島では広島市立大学の教授や学生たちが2014年から実施している三都半島アートプロジェクトがある。そのうちのひとつ、同大学美術学科教授の田中圭介《Utopia dungeon〜a Tale of a Time〜》は古民家で展開されるインスタレーション。鑑賞者は木のデッキなどによる迷路のような回廊を巡りながら、あちこちに現れる人物像などのオブジェと出会う。この作品は2019年、2022年の「瀬戸内国際芸術祭」に続くもの。過去のある時には家屋だったり人だったりしたものが今では樹木となり、風景と化している。一度は自然から切り離されたものがまた自然に戻っていく、その物語は人間が理想郷にたどり着くための道行に重なる。
《Utopia dungeon ~ a Tale of a Time ~》田中圭介
9時30分〜17時。春・夏・秋会期公開。ただし5月21日、8月20日、10月22日、29日は休み。料金500円。
小豆島について
瀬戸内国際芸術祭の会場となっている島の中では最大の島であり、作品も港や山上の展望台などさまざまなロケーションに置かれている。製塩や醤油づくりなど小豆島の歴史を踏まえた作品なども。作品は島全体に展開しており、バスか車で移動するのがおすすめだ。 小豆島へのアクセスは「高松 – 小豆島(土庄港)」「高松 – 小豆島(池田港)」「高松 – 小豆島(坂手港) – 小豆島(土庄東港) – 直島(本村港) – 男木島」「神戸 – 小豆島(坂手港)」「高松東 – 小豆島(坂手港)」「宇野-豊島(家浦港)-豊島(唐櫃港)-小豆島(土庄港)」「新岡山 – 小豆島(土庄港)」など複数の航路があるが、本数に限りがあるため、詳細は公式サイトにてご確認を。
●豊島|言葉を “再生する” 空き家

ジェナ・リーはアボリジニの地をひくアーティスト。豊島にある築50年ほどの古民家に展開されている彼女の作品《再び言葉に満ちた部屋》の“素材”のひとつは本なのだが、作品には本の形は見えない。彼女はアボリジニについて誤った情報を掲載した本を集め、それを燃やしたり、水に溶かして改めて紙に漉きなおしたものを素材にしている。「本を燃やして新たに作り替えることで、その本を浄化しました」と作者はいう。言語は文化を維持する重要なツールだ。浄化というプロセスを経て部屋に言葉が戻ってくる。
《再び言葉に満ちた部屋》ジェナ・リー
9時30分〜16時30分。春・夏・秋会期公開。休業日は公式サイトにてご確認を。料金500円。
●豊島|赤い糸が人々の記憶をつなぐ

塩田千春は豊島で使われていた3台のそうめん製造機を設置、赤などの糸で空間に編み込んだ。豊島では米作りの裏作として小麦を栽培、水車小屋でその小麦をひいてそうめんを作っていた。作品に使われた製造機は島の人々が「もう使わないけれど捨てられない、大切なもの」として作家に託したものだ。機械に絡みつく赤い糸が人々の思いや記憶をつなぐ。
《線の記憶》塩田千春
9時30分〜16時30分。春・夏・秋会期公開。休業日は公式サイトにてご確認を。料金500円。
豊島について
古くから人が住み、島には珍しい豊かな水を活かした棚田が広がる島。内藤礼のアートと西沢立衛の建築を組み合わせた〈豊島美術館〉、横尾忠則の作品と永山祐子の建築を組み合わせた〈豊島横尾館〉などのほか、クリスチャン・ボルタンスキー〈心臓音のアーカイブ〉、大竹伸朗〈針工場〉など幅広い作品が設置されている。 豊島へのアクセスは「高松 – 直島(本村港) – 豊島(家浦港)」「高松 – 豊島(唐櫃港)」「宇野 – 豊島(家浦港) – 豊島(唐櫃港) – 小豆島(土庄港)」「京橋 – 犬島 – 豊島(唐櫃港)」など複数の航路があるが、本数に限りがあるため、詳細は公式サイトにてご確認を。
瀬戸内国際芸術祭では作家の多くは瀬戸内の外から来るわけだけれど、近年では「島の中から生まれたアート」が増えてきたように思われる。他の場所から島々を訪れる私たちもアートを媒介にして島の景色も高い解像度で見えるようになってきたのではないだろうか。瀬戸内へのアートの旅はその場所や人、歴史と新しい関係を取り結ぶ旅なのだ。
『瀬戸内国際芸術祭2025』
瀬戸内海(直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、瀬戸大橋エリア、本島、高見島、粟島、伊吹島、高松港エリア、宇野港エリア、志度・津田エリア、引田エリア、宇多津エリア)。春会期:〜2025年5月25日、夏会期:8月1日〜8月31日、秋会期:10月3日〜11月9日。すべての会期で有効な「オールシーズンパスポート」は一般(19歳以上)5,500円、ユース(16-18歳)2,500円、「1シーズンパスポート」は一般(19歳以上)4,500円。高松港を拠点に、各島・各エリアにアクセスするのが便利。公式アプリからはフェリー6航路限定の3日間乗り放題デジタル乗船券やバスの乗り放題券(一部路線)が購入できる。