May 16, 2025 | a wall newspaper | photo_Tomooki Kengaku text_Yoshinao Yamada
台北を代表するコンテンポラリーキュイジーヌが、芦沢啓治のデザインで新たに生まれ変わりました。

2018年、田原諒悟シェフがアジアンコンテンポラリーという新たなジャンルで台湾台北にオープンしたレストラン〈ロジー〉。日本語の「路地」、英語の「ロジック」をかけたユニークな名を持つ店は開業から半年足らずでミシュランの星を獲得。現在も二つ星を守り続け、台湾を代表する名店だ。2025年の「アジアのベストレストラン50」では26位をマークし、その食体験を求めて世界中から人々が訪れる。
それに先立ち、今春には店を移転した。新たな空間を設計したのが建築家の芦沢啓治。漆喰、レンガ、金属、ファブリック、そして木製の家具。近年、芦沢が追求する素材の魅力と細部にこだわった空間が、食体験をより豊かなものとする。そんな二人の会話から注目の店を読み解いていこう。

田原 芦沢さんに最も強くお願いしたのは時間を大切にする空間です。いまはSNSでもショートムービーが流行するなど、すべてにおいて、効率化、時間の短縮化を求める傾向にあります。そのなかで時間を大切にする本質的な空間体験を求めました。そこには居心地の良さや包み込まれるような親しみ、エレガントであることなど、さまざまな要素が必要です。とにかく時間をかけ、ゆっくりと食事を楽しんでいただく提案を求めたのです。

芦沢 僕にとってははじめてのファインダイニングです。もともと食の空間には興味がありましたし、僕が興味をもっているホスピタリティを提供する空間の最たるものがファインダイニングと言える。その挑戦は楽しみでもありました。ここはおよそ3時間をかけ、食と向き合う空間です。食はもちろん、空間も楽しんでいただかなければならない。コンテンポラリーなデザインだけど、それだけでは世代を超えて愛される空間にならない。3時間の滞在を楽しめる空間かつ何度も訪れたくなるような空間をデザインすることはなかなか難しい作業でもありました。
田原 これまでは、皿の上のみを見ているお客様も少なくありませんでした。写真を撮って満足し、周辺に目を向けていただけていない。時々、店があまりに静まりかえっていて驚くこともありました。それが芦沢さんの空間になることで食事とともに空間や会話を楽しんでいただける空間になったと思います。

芦沢 そもそもファインダイニングは特別な場所。その特別な体験を感じてもらうにはどうすべきか。非日常性とは言いたくないのですが、ある種のドラマティックな演出で気分を高揚させる体験を生み出したかったのです。とはいえ突然彫刻が現れるような空間ではなく、緻密なディテールの集積でそれを表現したかった。寺院の庭園に足を踏み入れたときに感じるような心地よい緊張感にも似た感覚でしょうか。それは田原さんが素材の扱いに非常に長けたシェフであり、そこにクリエイティビティを感じる存在だから。だからこそ素材は嘘のないものを使うことにし、極力台湾の素材を採用しています。塗装、テキスタイル、金属など、経年変化する素材を選んでいますが、なかでもパイプを斜めに切った照明は、田原さんの料理が包丁を入れる角度で食体験そのものが変化することに着想を得ています。

田原 そもそも芦沢さんの事務所にお邪魔したとき、僕はまず好きなものについて話をしました。なかでもオリジナルがきちんとあったうえでいろいろな要素が混ざり合って新しい表現を目指す音楽が好きで、僕の料理にもそういう要素がある。日本、韓国、台湾など、さまざまな国や地域での体験が混じり合い、それらがシームレスに繋がっています。それをデザインでも表現いただいた。だからアジア的でもヨーロッパ的でもある。僕自身も今回の移転で、あらためてアジアンコンテンポラリーの意味を考え直しました。台湾のお茶はこれからますます世界を席巻していくと思いますが、それを料理のなかでどう取り込むかなどを再考しています。とはいってもただ台湾料理を改変するのではなく、僕自身の体験や視点を通した表現を追い求めている。路地というのは文化が交差することをも意味する名前ですから。

芦沢 シームレスは今回の大きなキーワードでもありました。いまはつながっていない要素もいずれつながっていくような余白を空間のなかに設けています。今回は椅子も新しくデザインし、肌触りや曲線などを家具や空間の随所で考えています。ただこの空間だけを考えるのではなく、普遍的なデザインを目指すことで良質なものとしたかった。北欧の名作椅子にもそうしたデザインがいくつもあります。先ほどもお話ししたように3時間も座っているには、そのための座面や背もたれのクッション性を考慮しなければなりません。ゆったりとしたテーブルも必要です。いまは食の体験を求め、人々が世界を旅する時代です。台湾はまだまだ可能性を秘めた街ですから、良質な空間体験をもって食文化がさらに広がっていくことを期待しています。
〈Logy〉
台北市內湖區瑞光路258巷39號1樓。18時30分〜22時30分(金・日は12時〜15時も)。月曜・火曜休。
田原諒悟
たはらりょうご 1983年北海道生まれ。日本とイタリアでイタリア料理を学んだ後、東京のフランス料理店〈フロリレージュ〉でスーシェフを務める。2018年に台湾・台北でアジアンコンテンポラリーをテーマに〈ロジー〉をオープン。
芦沢啓治
あしざわけいじ 1973年東京都生まれ。95年横浜国立大学建築学科卒業。2005年芦沢啓治建築設計事務所設立。建築、インテリア、家具、照明などのデザインで幅広く活躍。カリモクやKOKUYOなど、国内外のブランドとの協業を行う。