January 11, 2025 | Travel, Art, Design | casabrutus.com
フランスといえば芸術の都・パリですが、地方にもアートな街が隠れています。フランス北西部、ナントからサン・ナゼールに至るアート・トリップを紹介します。
フランス北西部、大西洋に注ぐロワール河河口に位置するナント。20世紀前半は造船業で栄えたが、1970年代に造船所がより海に近いサン・ナゼールに移転、工場跡が空洞化してしまった。このナントからサン・ナゼールまでのロワール河流域をアートやカルチャーで再生しよう、というプランが出された。
2000年代に入り、フランスで「パブリックアートのゴッドファーザー」との異名を持つアート・ディレクター、ジャン・ブレーズの発案で「エスチュエール ナント<>サン・ナゼール」、「ヴォワイヤージュ・ア・ナント(ナントへの旅)」 と題された芸術祭が始まる。「ヴォワイヤージュ・ア・ナント(ナントへの旅)」は2012年から毎年夏に開催され、2024年もファブリス・イベールらの作品が多くの人を集めた。
これまでの芸術祭で発表された作品のうちいくつかは芸術祭期間後も残され、「エスチュエール・コレクション」として公開されている。2024年現在、作品の数は33。これらはナントからサン・ナゼールまでのロワール河沿いの約60キロメートルにわたるエリアに点在している。ナント市内の作品は「グリーン・ライン」と呼ばれる緑の線に沿って配置されているので、徒歩や自転車ならこの線を目印に進めばいい。5月〜10月にはロワール河を船で下る「エスチュエール・クルーズ」でも楽しめる。
「グリーン・ライン」をめぐるアートの旅はナント島から始めるのがおすすめだ。ここは1989年に文化で都市を再生するプランを発表した当時のナント市長、ジャン=マルク・エローが重点的に再開発を進めたエリアになる。ジャン・ヌーヴェルが設計した裁判所の建物内にはジェニー・ホルツァーがフランスの法律の条文をモチーフにした作品を設置した。近くには13角形をした〈プルーヴェ・ステーション〉がある。ジャン・プルーヴェがデザインした移動式のガソリンスタンドのプロトタイプだ。ナタリー・タレクの《沈黙式教授法》はヘッドホンとVRのゴーグルのようなものを装着した巨大な女性の頭部の像。デジタルカルチャーの浸透を象徴する。
ロワール河沿いの遊歩道にはダニエル・ビュランの《リング》が設置されている。彼のアイコンであるストライプがあしらわれた18の円環は周囲の景色を見るための望遠鏡のようだ。夜は赤や青、グリーンと色を変えて光る。その対岸には川俣正による《エルミタージュの展望台》が。巨大な鳥の巣のようなオブジェは展望台になっていて、こちらも風景を巧みに切り取る。
「グリーン・ライン」には〈リュー・ユニック〉という施設もある。これは1909年に建設されたビスケット工場を展示やイベントができるスペースに転用したもの。カフェもあるのでアート散歩の合間の一休みに最適だ。機械仕掛けのゾウに乗って街中を散歩できる《レ・マシーヌ・ド・リル》も人気のアトラクションだ。この《レ・マシーヌ・ド・リル》があるのは元造船所だった場所。船を曳きこむためのレールやクレーンも残っており、倉庫が展示施設に転用されている。
ロワール河をさらに西へ進むとアメリカの作家、サラ・ジーの作品が現れる。木に登っているサルのオブジェだ。周囲には熊の親子やジャガーもいる。作品タイトルは《入植者たち》。彼らは自然に振る舞っているけれど、文字通り木を植民地化している。
城を眺めるのにちょうどよさそうなベンチに座ると目の前に突然、噴水が吹き上がる。これはデンマーク出身のアーティスト、イェッぺ・ハインの作品だ。噴水の高さは20メートルもある。ベンチから立ち上がると何ごともなかったかのように噴水は消えてしまう。
日本では〈十和田市現代美術館〉近くに設置された、太った車と家のオブジェで知られるエルヴィン・ヴルムは、ここではぐにゃりと曲がったボートを作った。こんなに曲がっていては河を下ることもできない。毎日河を往復させられているうちに不貞腐れて勝手に休憩している、そんなストーリーも頭に浮かぶ。
サン・ナゼールの港まで来ると海の中に巨大なセーターが立っている。よく見ると同じく巨人のものかと思われる足もある。これは独学でアートを学んだデュオ、ダニエル・ドゥワー&グレゴリー・ギケルの作品だ。オブジェは全部で3つあり、残りの一つは消化器官になる。7メートルもある彫刻が海辺に現れる光景はどこか非現実的だ。
ここでのアートの楽しみはパブリックアートだけではない。「泊まれるアート」も充実している。西野達の〈ヴィラ・チムニー〉は赤と白の煙突の上に載っているかわいい家に泊まれるというもの。背景には本物の工場と赤白の煙突が見える。西野は過去にもシンガポールのマーライオンが室内に鎮座するホテルを作ったりと、都市の中の思いがけないところに居場所を作るプロジェクトを手がけてきた。煙突の上で見る夢はどんなものになるだろう?
ビルとビルの間に挟まった小さな箱もホテルだ。この〈ミクロホーム〉はインテリア・デザイナーのミルティーユ・ドルーエがデザインしたもの。高さ5メートルのところに幅2メートル、3層になった箱が浮いている。小さいけれどベッドルームやバスルームはもちろん、キッチンまである。部屋に入るには屋根裏部屋のように降りてくるはしごで上り下りする。こんな秘密基地みたいなホテルには一晩だけでなく数日滞在して、街を違う視点で眺めてみたい。
カリーナ・ビシュは幾何学的なパターンをモチーフにした作品をつくっているアーティスト。服やアクセサリー、クッションなど、“ともに暮らせるアート”も制作している。彼女は1930年代に建造された遊覧船をホテルに変えてしまった。カラフルなパッチワークのような船に泊まる、特別な体験ができる。
ナントまではパリからTGVで2時間、ちょっとした小旅行にちょうどいい街だ。ロワール河から大西洋へ、アートを巡る旅を楽しみたい。