August 23, 2024 | Art, Travel | casabrutus.com
フランス北西部の都市ナントで開かれている「ヴォワイヤージュ・ア・ナント(ナントへの旅)/夏の旅」。街中に木のアートが溢れています。歴史ある街並みと木のアートが出合います。
近年、日本で盛んになっている芸術祭だが、ヨーロッパでも各地で類似のイベントが開催されている。その一つが、フランス北西部の都市、ナントで9月8日まで開催されている『ヴォワイヤージュ・ア・ナント(ナントへの旅)/夏の旅』だ。毎年夏に開催されるこのイベントは、ナント市が主催する『ヴォワイヤージュ・ア・ナント(ナントへの旅)』の一プログラムになる。13回目を迎える今年のテーマは「木」だ。映画のエキストラのようにいつもそこにいるけれど、普段はみんな気に留めることもない"役者"にスポットをあてる。
日本の芸術祭と同様に『ヴォワイヤージュ・ア・ナント/夏の旅』でも、いくつかの作品は会期終了後も恒久設置される。そのうちの一つ、ファブリス・イベールの《木の男》はナントの木で作った大きな人物像だ。その体のあちこちから水が吹き出ている。将来的には体にコケやシダが生え、周囲に溶け込むという。
街の中心部、グララン劇場前のグララン広場に突然、生えてきたように見える大きな木はブラジル出身のアーティスト、エンリケ・オリヴェイラの《フィッツカラルドの夢》という作品だ。オリヴェイラは〈金沢21世紀美術館〉で開催中の『Lines(ラインズ)—意識を流れに合わせる』(〜10月14日)にも出品している。ナントの作品のタイトルは、ヴェルナー・ヘルツォークの名作映画『フィッツカラルド』からインスピレーションを得たもの。材料には木のチップが使われている。うねる木は何かの動物のようにも見える。植物と建築、人工と自然との間にこれまでにない対話が生まれる。
木が服を着ているようなオブジェはジャン=フランソワ・フールトゥによるもの。彼の作品は市内2カ所に設置されている。一つは縞模様の服を着た子ども、もう一つはカップルともう“一人”の木だという。子どもの作品は懐かしい子ども時代のノスタルジアを、カップルの作品はベル・エポックの時代の暮らしを表現している。擬人化された木々にさまざまな物語が込められている。
木に大きなガラスのジュエリーをとりつけたのはメゾン・パルティエ・フェルール。2019年に結成されたガラス工芸のスタジオだ。彼らは、木にはそれぞれ固有のアイデンティティや歴史があるという。その木の個性を際立たせるためにブレスレットやペンダントが作られた。それらは魔除けのお守りのようでもあるし、木に寄生した他の生物のようでもある。
台湾出身で現在はフランスを拠点にしているユーシン・U・チャンは木に円盤をはめ込んだような作品を作った。円盤には年輪のような縞模様が描かれている。作者は2252年にこの木が最大に生長したときの幹の直径を計算し、そのサイズの円盤をつくった。いつの日か、幹がこれだけ太くなる日のことを想像させる。
パリを中心にしたフランスの街角では、緑色の鋳鉄による水飲み場を見かけることがある。「ヴァラス給水泉」と呼ばれるこの水飲み場は水道事情が劣悪だった19世紀後半、イギリスの篤志家ヴァラスが給水泉を寄贈したことに始まる。素朴・善意・質素・慈愛の象徴である4人の女性像はアートコレクターでもあったヴァラスがデザインし、ナント出身の彫刻家、シャルル・オーギュスト・ルブールが制作した。その多くは今も現役で活躍していて、マイボトルに水を汲むこともできるエコロジーな設備となっている。
ナント市では2022年、「ヴォワイヤージュ・ア・ナント」の一環としてシリル・ペドロサに依頼して市内4カ所に新たなヴァラス給水泉を設置した。彼がデザインした給水泉は、ドームを支えていたはずの4人の女性像が逃げだそうとしているもの。旧来的な役割に辟易した女性たちの解放を暗示する。
このほかにも建物の外壁にある噴水に彫刻を設置したり、トラムにラッピングを施したりとさまざまな場所にアートが出現している。すでにあるものにちょっとした仕掛けを施すことで街の見え方が変わってくる。