June 28, 2024 | Art | casabrutus.com
アメリカのモダンアートの巨匠アレクサンダー・カルダー。東京・港区の〈麻布台ヒルズ ギャラリー〉では、彼の代名詞である動く彫刻「モビール」を中心に、抽象絵画やドローイング、立体作品など約100点を見せる展覧会が開催中です。その見どころを展示空間のデザインを担当した建築家・後藤ステファニーさんのコメントとともに紹介します。
針金で繋げられた赤や黄色、白の幾何学的な金属板が、絶妙なバランスを取りながら、風を受けてゆらゆらと揺れ動く。いまではインテリア雑貨としても愛されている「モビール」は、じつはもともとアメリカの美術家アレクサンダー・カルダーが発明した “動く彫刻作品” だった。
カルダーは、モダンアートの巨匠である。従来、彫刻に使われてきた石や木や粘土などをあえて避け、針金や金属板など工業的な素材を積極的に彫刻に応用。1940年代以降は、巨大な野外彫刻に挑み、パブリックアートの分野でも活躍した。また、アメリカ航空会社「ブラニフ航空」の依頼のもと、ジャンボジェット機に直接絵を描いて飛ばすという「空飛ぶキャンバス」なる壮大なプロジェクトも行った。
1976年に没するまで、いくつも先駆的なことを行なったカルダー。だが、それでも美術史における彼の最も大きな偉業として語られるのは、やはり「モビール」を生み出したことだ。従来、動かなないものであった彫刻を、針金を使って動くようにするというそのアイデアは、「3次元である彫刻に、時間という概念を加え、4次元化した」とも「彫刻の大きなテーマであった “重さ” や “重力” から解き放った」とも言え、近代彫刻の大きな転換点となったからだ。
ちなみに、カルダーが動く彫刻を閃いたのは、ピート・モンドリアンとの交流も大きく関係し、その作品を「モビール」と名付けたのがマルセル・デュシャンだったことも興味深い事実である。
〈麻布台ヒルズ ギャラリー〉で開催中の『カルダー:そよぐ、感じる、日本』展では、この「モビール」を中心に、「モビール」との関連性を思わせる抽象絵画、また「スタビル」という動かない彫刻を含む約100点の作品を鑑賞することができる。ただ興味深いのは、タイトルに「日本」とあることだ。
実際に、カルダー自身、日本を訪れたことはなかった。ただ、本展で作品を目の前にすると、不思議と日本的な感性が潜んでいるように思えてくる。たとえば、学生時代に描いていたという動物のドローイング。その動物の伸びやかな線は「モビール」的な要素を感じさせるが、同時に、墨絵的なムードが見て取れる。また「日本の感性」日本の印象」などと訳せるだろう《Un effet du japonais》と題されたモビール作品は、能の扇のようなフォルムが印象的だ。
こうしたカルダー作品に潜む日本の感性の発露は、コンセプチュアルな会場デザインも後押ししているに違いない。会場には、桜の木や和紙など、日本的な素材を使用したブースも用意され、いわゆるホワイトキューブとは違ったムードでカルダーの作品を鑑賞できる。
「シンプルで馴染み深い日本の自然素材をヒューマンスケールで体感できるように大胆に使いました。鑑賞者を素材が包み込むような空間で、素材とカルダーの作品に潜む美を再発見する機会を作りたいと考えたのです」とは、本展の展示空間のデザインを担当した、後藤ステファニーさんの言葉だ。後藤さんはNY在住の建築家。これまでにも複数のカルダー展の会場デザインに携わってきた。
ちなみに、本展では、3辺の比が3:4:5であるピタゴラス三角形を基準にして展示空間をデザインすることを試みたと後藤さん。「茶室の間取りを畳が決定するように、形式上の単位として、直角三角形を使って空間を構成していきました」(後藤)
なお、三角形はカルダーにとって重要なモチーフでもあったようだ。本展にも三角形のかたちやその表現の可能性を追求した作品が展示されている。ただ、それを踏まえながら、後藤さんが三角形に注目したのは、空間のなかに“見えがくれ”という日本的な概念を取り入れるためでもあったという。
「この “見えがくれ” とは、建築家の槇文彦が、“雲の後ろを通りすぎる月のように、隠れている何かを垣間見ること” と定義した概念。例えば、日本の寺社建築では、ある一点から内部のすべてを見渡せないようになっていることも少なくありません。私はこの “見えがくれ” を、鑑賞者に、頭の中で空間をイメージさせることを促し、儚さと曖昧さのなかで変化する “移ろいの美” を体感させてくれるものだと考えています」(後藤)
宙吊りにした「モビール」を効果的に見せるため、天井を黒にアレンジしたり、照明をスポットライトだけでなく、天井にスクリーンを張り、光を透過させる形でも明かりをとったり、さまざまな工夫が凝らされている。その空間のなかで、時間のなかで、カルダーの作品はどう移ろうかも見どころだろう。
また、展覧会場を順に巡った後、逆回りでも巡ってほしいと後藤さん。「会場は、始まりも終わりもない、無限ループのような空間として考えています。展示物を逆から見ると、また新しいカルダー作品の魅力が発見できるはずです」(後藤)