February 8, 2017 | Architecture | 理想の最新住宅案内2017 | photo_Kenya Abe Sadao Hotta text_Jun Kato
住宅と公共とを問わず、自然との調和を目指す中村拓志。自然の美しさを引き出し、感動を生む建築をつくるために心がけている「ふるまいのデザイン」について聞いた。
常に建築と自然、建築と人との関わりを見つめて設計してきた中村拓志。独立から15年がたった今、心境の変化や志向している建築の在り方について聞いた。 独立して最初に設計した〈LANVIN BOUTIQUE GINZA〉では、壁に丸い窓をちりばめて、外光が床に水玉となって映る現象をつくり出しました。転機となったのは〈Dancing trees, Singing birds〉です。内部空間に美しい木漏れ日が現れたとき、建築家がいくら頑張って人工的なものをつくっても、自然の美しさにはかなわないと感じました。そうであれば建築は脇役としてつくり、周りの自然の美しさを引き出すほうがいいと考えるようになったのです。それからは、自然に寄り添うような建築を志向してきました。今回誌面で紹介される作品はすべて、都市の中に建てられた住宅です。それぞれ「虹」「風」「光」をテーマにしていますが、家を取り巻く自然現象を拾い上げ、都会にいながら自然を感じることができるよう考えました。そして同時に、それぞれの敷地が抱える固有の課題を解決して快適な暮らしを実現することも目指しました。
〈虹をさがす家〉は、建物についての高さ制限が厳しく、南側から採光したかったのですが、北側に開かざるを得ない立地で、向かいには家々が並んでいました。それで光学ガラスを角度をつけながら積層し、光が入るようにしています。〈ラジエータハウス〉は旗竿地で周囲が建て込み、風や光を入れたくてもやはりプライバシーの課題がありました。ここでは無数の穴が開いたスクリーンを設置することで、視線は遮りながら風を通し、庭に面して大きな開口を設けることにしました。〈照葉の家〉は北側にある公園とつながるように設計していますが、北向き住戸は光が入りにくい課題があります。ここでは公園にある常緑樹に光を届け、その反射光を室内に取り入れるように計画しました。 —以前に比べ、建築そのものはシンプルな造形のものが増えているように感じます。設計で心がけていることは?
形態に固執して自分のメッセージを発信したいという思いが取れ、いい意味で力が抜けてきたのでしょう。事務所の若いスタッフからすると、大人の滋味あふれる感覚は理解しづらいかもしれませんが(笑)。家は特に、長く過ごしていても飽きがこないことが大切です。それでいて、日々刻々と移り変わる時間や季節、表情を楽しめる。家というものはそうあるべきだと思うのです。
設計ではいつも「ふるまいのデザイン」ということを考えています。単純に形や空間のデザインをするよりは、人が家の中を動き回って何かを感じたり、会話をしてコミニケーションしたりといった部分に焦点を当てたいと思ってきました。「振る舞い」という単語は、「振り」と「舞い」から成り立っています。振りは行動の模倣を意味し、舞いは踊ることを意味します。つまり、行動の反復ですね。小さな子を見ていると、まさに振る舞いだなと思うのですが、年上の子や親の真似を繰り返すことで、社会的な感覚を身に付けていきます。家の中で起こるふるまいが伝わっていくことで、家族という社会がかたちづくられるのだと思います。
また、人がいない静的な空間をいくら頑張って格好よくしても、意味がないとも考えています。人が集い、ふるまいが連鎖することで、喜びが立ち現れるような建物を目指しているのです。行動と感情の関係は興味深くて、感情から行動に移るかというと必ずしもそうではなく、例えば身体を動かすと気分が高揚するようなことがあります。建築においても行動から感情が立ち上がる瞬間を意識し、人が歩き回ったり、立ったり座ったり、食べたり、寝転んだり、様々なふるまいを想像することを大切にしています。例えば〈虹をさがす家〉では、家の中で虹が現れることを家族で確認し合い、「去年の冬至にもここに出てきた」というように虹を探すことがふるまいになり、家族共通の喜びや思い出が生まれています。建築の豊かさとは、こうしたところにあるのではないでしょうか。 —建築と自然との関わりについて、以前と変わってきた視点はありますか?
最初の頃は、白いペンキの建物をいくつかつくりました。建築が自然と対峙するという意味ではそうした建築も対話と言えますが、長い年月を経る中で建築がいいエイジングをするのも対話だと思うようになり、素材の選定の仕方が変わってきました。例えば〈地層の家〉では、現地の土をそのまま使いました。そうすると、まず色の調整ができません。屋上には鳥が種を運んできて草が生えてきますし、時がたてば次第に土壁が崩れて形が変化するかもしれません。でも、こうして自然によって形や色、触り心地などが変わっていくことで、住み手のリラックス感が生まれるのではないでしょうか。建築家がコントロールできることをあえて自然に委ね、様々な変化を受け入れるような建築をつくりたいと考えています。
20世紀に生まれたモダニズムは、まったく新しい形式の発見や発明をするという大きな語り口で、過去の遺産を一度白紙に戻した後に、個人のデザインで革命を起こすようなところがありました。そうではなく、人間が長い間に培った自然との関係を引き継ぎながら、現代だからこそできるかたちで更新していく。こうした作業の中に、より合理的で持続可能な暮らしや豊かさがあるのではないかと思います。2013年に〈那須のティピ〉をつくるときにテーマとして“エンシェント・フューチャー=懐かしい未来”を掲げたのも、原始的な暮らしの中から未来へのヒントを得たいと思ったからです。
〈虹をさがす家〉のエントランスアプローチでは、延段と飛び石といわれる日本建築の形式を採用しています。最初は直線的な切り石から、だんだんと自然そのままの形の石を増やしていくというものです。家の外の街で緊張した気持ちを、足裏の感覚を通じてだんだんとリラックスさせていく。飛び石も、足元の庭を見て歩いてほしいときは小さくし、景色を眺められるところでは大きくして心に余裕をもたせるように、配置などで目線を導くのですね。このように、日本建築はふるまいのデザインの宝庫で、今でも学ぶことは多くあります。 —自然から得られる現象を実現するため、工学的なアプローチも試みていますね。その追求の先には、何があるのでしょうか?
人のふるまいをデザインする前に、建築で使う素材自体の挙動や、光や風など自然要素の動きを丁寧に見て、デザインしています。〈ラジエータハウス〉では、原寸大で試作品を用意して、上部のトレーにためた水がどのようにスクリーンを伝うかを観察しました。そうして幅の長い表裏の面にまんべんなく回るように、ひたすらスタディを繰り返したのです。一つずつ試して発見したことをフィードバックしながら仕組みを開発していったので、非常に時間がかかっています。プロジェクトによって敷地や条件は異なり、その都度違うマテリアルを用いているため、労力はかなりかかりますね。
機能性を追求して敷地の課題を解決しながら周囲の自然とも呼応することで、その場所ならではの豊かさを感じる建築をつくりたい。そうすることで、そこに暮らす人と家、周囲の環境との多面的な関係性を生み出すことができると考えています。 虹がかかる光景に出会うと、誰かに伝えたくなる。「こんなところにも虹が出てきた!」と驚く施主からの報告は、〈虹をさがす家〉の狙い通り。施主は「都市における自然の表現を期待しつつ、日本建築のエッセンスを現代的に実現してほしい」と中村に望んだ。
南側道路面からの視線や騒音を遮りつつ、光を取り入れるため、吹き抜け部分にプリズム状のガラス角棒を積み上げる方式を中村は考案。太陽高度の低い冬季は光を室内の奥にまで届け、夏季は太陽光を遮りながら淡い光が入るよう、ガラス棒の形状を工夫した。室内には日時計のように、時間帯や季節により様々な光が移ろい、虹が異なる場所に現れる。そして無意識に虹を探す「ふるまい」を、柔らかい光が包み込む。日本建築に通じる繊細さと現代的な大胆さを併せ持つ家である。