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サウジアラビアでイスラム世界、最新アートを見る。ビエンナーレ in サウジアラビア。

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May 4, 2024 | Art, Travel | casabrutus.com

サウジアラビアで開催中の『ディルイーヤ現代美術ビエンナーレ2024』。中東だけでなく世界の問題を扱う先鋭的な芸術祭です。

Azra Akšamija アズラ・アクサミヤ《Abundance & Scarcity》(2024年)。前回のビエンナーレに使われた布を再利用したインスタレーション。昼は太陽光が、夜は照明が地面に美しい紋様を映し出す。Photo by Marco Cappellletti

『ディルイーヤ現代美術ビエンナーレ』は今回で2回目になるビエンナーレ。中東サウジアラビアの首都リヤドに隣接するディルイーヤで開かれている。今回のアーティスティック・ディレクターは〈NTUシンガポール現代美術センター〉の創設者であり、館長を務める気鋭のキュレーター、ウーテ・メタ・バウアー。彼女を含む9名のキュレーターがアーティストの選定にあたった。

Anaïs Tondeur アナイス・トンデュール《Urban Petrichor》(2015年〜)。雨のあとの土の香り「ペトリコール」を封じ込めた瓶のインスタレーション。

バウアーが定めたテーマは「アフター・レイン」。アナイス・トンデュールはとくに、雨のときに地面から立ち上る「ペトリコール」という匂いに着目した。「ペトリコール」とはギリシャ語で「石のエッセンス」という意味の語だ。雨が降ると大気中のさまざまな浮遊物が土と混ざり合い、場所によって異なる匂いを発する。雨によって土本来の香りがより際立つ、ともバウアーはいう。砂漠の国、サウジアラビアでは雨は少ない。まれに降る雨が、普段は気づかないその土地固有の香りや文化を思い出させてくれるのだ。

「ディルイーヤ現代美術ビエンナーレ」が開催されるジャックス(JAX)地区。長い歴史が露わになった地層の上に建っている。Image courtesy of JAX

会場はディルイーヤの「JAX(ジャックス)」と呼ばれるエリア。かつて工業が盛んだったころの倉庫を転用したギャラリーやアーティストのアトリエが並ぶ。近くにはユネスコ世界遺産の〈アトゥライフ歴史地区〉があり、新旧の対比が楽しめる。

Maria Magdalena Campos-Pons マリア・マグダレーナ・カンポス=ポンス「Liminal Circularity」シリーズ(2021–23年)。奴隷として大西洋を渡った祖先の女性への敬意を込めた、祭壇画のような作品。photo by Alessandro Brasile

開催国のサウジアラビアは近年、国外からの観光客を積極的に受け入れる、厳格なイスラム法に基づいた法律を緩和するといった変革のさなかにある。そこで開かれるビエンナーレでバウアーはアートが社会に果たす役割や、動植物など人間以外のものとの共生といった文脈を踏まえてキュレーションした。

Tomás Saraceno トマス・サラセーノ《Hybrid dark semi-social Cluster GC 12406 built by: a duet of Cyrtophora citricola - eight weeks, rotated 180°》(2019年)。サラセーノが長年取り組んでいる、クモとのコラボレーションによるクモの巣の作品。彼は「DIT」(一緒に作る)というコンセプトが人間を含めた生態系を改良する鍵だと考えている。photo by Alessandro Brasile

参加作家は地元のアーティストだけでなく世界各国から幅広く選ばれている。展示作品にはイスラム文化を反映したもののほか、ポスト・コロニアリズムや難民など現代社会の問題に切り込む作品が多い。「アフター・レイン」のテーマに呼応して砂漠だけでなく今世界中で懸念されている水不足について考察するものも目立つ。リサーチベースの作品も多く、生物学者などの科学者や建築家も参加している。

中庭のインスタレーション。左はAngela Ferreira アンゲラ・フェレイラ《Zip Zap Circus》(2000年〜)、 右はAnne Holtrop アンネ・ホルトロップ《Glass to Stone》(2024年)。イベントやワークショップなどにも使えるスペースだ。Photo by Marco Cappellettii

会場は複数の棟に分かれた展示棟やカフェが中庭を取り囲む構成。中庭には建築家のアンネ・ホルトロップが再生ガラスを使った《Glass to Stone》という作品を設置している。ガラス製品のリユースに対するホルトロップの関心から生まれたオブジェだ。アンゲラ・フェレイラの《Zip Zap Circus》はポルトガル出身の建築家、パンチョ・ゲデスが南アフリカ共和国の子どもたちのために考案した、テント状の屋根がついたシェルターのアイデアをもとにしたもの。シェルターに車輪がついていて好きなところへ運べる。

El Anatsui エル・アナツイ《Logoligi Logarithm》(2019年)部分。キャップシールを大量につなぎ合わせた迷路の向こうに人が見え隠れする。Photo by Alessandro Brasile

エル・アナツイは飲料水のキャップシールを大量につなぎ合わせて迷路のようなインスタレーションを作った。タイトルの《Logoligi Logarithm》はコンゴやナイジェリアの言葉で「蛇のような」「間接的な」といった意味。硬直した官僚主義への批判が込められている。

Marjetica Potrč マルヘティカ・ポトリッチ《Acre Palafita with Infrastructure》(2024年)。南米アマゾンの小屋にソーラーパネルと衛星アンテナを取り付け、インフラフリーの家に。Photo by Marco Cappellettii

高床式の壁のない小屋はスロベニアを拠点とするマルヘティカ・ポトリッチによるもの。絵画や建築など、幅広い領域で活動している作家だ。《Acre Palafita with Infrastructure》というタイトルのこの小屋は南米アマゾンによく見られる家「パラフィタ」の研究から生まれたもの。彼女はこれにソーラーパネルや衛星アンテナをとりつけ、インフラフリーの家にすることを試みた。衛星アンテナは遠く離れた場を結びつける。インフラからフリーでありつつも人と人とのコミュニケーションは担保されている。

Alia Farid アリア・ファリド《In Lieu of What Was》(2019年)。高さ2メートル近い水の容器の形をしたオブジェが並ぶ。昔は船で運ばれたが今は淡水化プラントで作られる水の歴史が背景だ。Photo by Marco Cappellettii

巨大化した水の容器が並ぶのはアリア・ファリードの作品《In Lieu of What Was》。伝統的な粘土の壺からプラスチックのボトルまで、5種類の水の容器がアラブの街角でよく見られる水飲み場に変身している。クウェート出身のファリードは2019年からこの作品をクウェートとイラクの国境に並べるというプロジェクトを行っている。生命の維持に欠かせない水はかつては船で運ばれたが、今は淡水化プラントで作られることが多い。砂漠の国での水の重要度は日本とは比べものにならない。

Lucy + Jorge Orta ルーシー+ホルヘ・オルタ《OrtaWater - Purification Factory》(2012年)。左側のオブジェはマルセル・デュシャン作品の引用。photo by Alessandro Brasile

社会問題に対してさまざまなアプローチから作品を作っているルーシー+ホルヘ・オルタも水に関する作品を出品した。《OrtaWater - Purification Factory》は川の水などを蒸留して飲料水を作る移動式浄水器で水不足を解決する、という提案だ。リサイクル素材を使っている点でも環境に配慮している。さりげなくマルセル・デュシャンの引用が行われているのも面白い。

Suzann Victor スーザン・ヴィクター《Strike》(2020年)。水を入れたガラス容器の上におもりが下がっている。観客がタグを引くとおもりが上下して容器にあたり、音を奏でる。
スーザン・ヴィクター《Strike》(2020年)。

アラビア半島ではカタールの首都ドーハにI.M.ペイ設計の〈イスラム装飾美術館〉が、アラブ首長国連邦のアブダビでジャン・ヌーヴェル設計の〈ルーヴル・アブダビ〉ほか世界のメガ美術館が建てられるなど、アートを軸にした開発が進んでいる。サウジアラビアでもこの「ディルリーヤ現代美術ビエンナーレ」会場近くに〈JAXサウジアラビア現代美術館〉がオープン、別会場で「ディルイーヤ現代美術ビエンナーレ」と交代に隔年で「イスラム美術ビエンナーレ」が開かれるなど、アートの気運が高まっている。イスラム教の伝統と現代美術がどのように融合し、発展していくのか、気になる地域だ。

ダナ・アワルタニ《Come, Let Me Heal Your Wounds》(2020年)。シリアやエジプトなどで紛争などにより2010年以降に失われた、あるいは傷つけられた文化的遺産などをマーキングしたシルクの布のオブジェ。photo by Alessandro Brasile

『ディルイーヤ現代美術ビエンナーレ2024』

43ヶ国から100名のアーティストが参加。〜2024年5月24日、JAX District, 2598 Muhammad Ibn Rashid Al Uraini, Al Diriyah Al Jadidah, 7120, Riyadh 13732。11時〜23時(金曜は15時〜24時)。入場無料(一部プログラムは有料)。

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