March 1, 2024 | Art, Architecture, Travel | casabrutus.com
3回目を迎えた『マツモト建築芸術祭 2024 ANNEX』。今回は移転により現在は解体準備中の〈旧松本市立博物館〉がメイン会場。失われゆく名建築を舞台に、17の作家がアートワークを展開しています。
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長野県松本市にある〈旧松本市立博物館〉は、1906(明治39)年に創立された〈松本紀念館(明治三十七、八年戦役紀念館)〉を前身とする建物で。〈松本市立博物館〉の名で開館した1948年時点では、今の場所にほど近い清水地区に建てられていた。当時は敷地内に小動物園もあり、熊のコロちゃんが人気だったとか。
現在の場所、松本城の敷地内にに新築された1967(昭和42)年から38年間は、〈日本民俗資料館〉と〈松本市立博物館〉のふたつの名前をもつ施設として親しまれ、2005年から2021年の閉館までの間は〈松本市立博物館〉として、市民の暮らしや風習などにまつわる事物を展示。いわば地元の文化の保存箱的役割を担ってきた。
そうした有形無形の文化を詰め込んだハコとしての建物を、プレゼントか何かのようにまるっと梱包してしまったのが、こちらの中島崇の作品だ。
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花崗岩の洗い出し仕上げの外壁をもつシンプルな佇まいで、モダン建築ファンの支持も集めていた〈旧松本市立博物館〉だが、この芸術祭がその取り壊し前最後のイベント。建物とその歴史はこうして透明なフィルムにくるまれ、今度は人々の記憶のなかに保存されていくだろう。
そんな感慨深い気持ちになりながら、建物内部へ。
石本建築事務所の設計による同館は、当時は ”先進的な博物館” として紹介事例に挙がるなど、地方都市の博物館を牽引する存在でもあった。内部の随所に、建物体験を豊かにする仕掛けと工夫が見られるのだが、こちらの半室内空間もそのひとつ。プレキャストコンクリート製ルーバーが設けられ、程よい自然光が取り込めるようになっている。この”半分屋外”という特徴を活かし、植物を使った作品を展示しているのは、華道家で空間演出家でもある熊野寿哉だ。
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重要文化財でもある鎌倉時代の打楽器の一種「孔雀文磬(くじゃくもんけい)」をはじめ、今も松本市内で見られる「七夕人形」、生活に欠かせない農耕用具など、約11万点を超える収蔵品を誇っていたこの博物館。少し前まではそうしたものが並んでいた室内に今展示されているのは、半分石化したような文房具など……。既製品と石を組み合わせた彫刻を制作する村松英俊の作品だ。
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では次に地下へ。
解体間際ということもあってか、普段は入ることができない部屋や展示空間ではなかったところにまで作品が展開されていて、探検気分が盛りあがる。階段を降りてたどり着いた先の薄暗い空間は、関係者以外立ち入り禁止だったボイラー室が。……しかも怪しくまばゆく光輝いている。
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懐かしさを感じさせる ”昭和感” あふれるインテリアの細部や、何かが存在していた跡のようなノイズに、あえて目が行くように設置された作品もあり、”建築芸術祭” の名にふさわしい、ハコ物に対する深い眼差しが感じられる。
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「このような、モダニズムをコンクリートで体現していた時代の建物が、またひとつ消えてしまうことには悲しさを感じますね」と話すのは、建築家でもあり作家でもある板坂さんだ。「だから建物が良く見えるような展示の仕方を工夫したい」と、2階の廊下部分にレジンでつくった風船の作品を展示している。
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今は1つのみだが、会期中徐々に風船の数が増えていくそうで、「今ではほとんど見られないようなデザインの送風口とか、この建物らしい細部に目がいくように、展示位置を工夫するつもりです」と板坂さん。かように、参加作家は建物自体の良さに加え、ここで展示・考察されてきたこの地域の文化の気配を敏感にキャッチして、わたしたち観客にも気づきのきっかけを与えてくれる。
作品と建築の呼応に耳と目を傾けるという、この芸術祭ならではの楽しみ方をしっかり味わい、失われゆく建築に思いを馳せたい。
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そうそう、〈旧松本市博物館〉を出たら、目の前にそびえる名建築たる〈松本城〉もぜひ訪れてほしい。芸術祭での体験が、400年以上前からあり続けるこの国宝の見え方を、豊かに変えてくれるかもしれない。
会期中、松本市大手三丁目に移転オープンした新しい〈松本市立博物館〉と複合ビル〈信毎メディアガーデン〉でも、短編映画ショートショートの上映や各種イベントが行われるので、詳細は公式サイトでチェックを。