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スイスで世界最長のトンネルがオープン! 最先端の土木と建築をレポートします。

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November 29, 2016 | Architecture, Design, Travel | casabrutus.com | photo_ Hoichi Nishiyama text_Naoko Aono collaboration_Embassy of Switzerland in Japan editor_Keiko Kusano

デザイン先進国、スイス。でもその自慢は世界的に有名な時計、ヘルベチカだけではありません。12月に開通する世界最長のトンネル〈ゴッタルドベーストンネル〉をはじめ、控えめなスイス人がひそかに誇りにしている土木と建築の現場にお邪魔してきました。50年先を考えてアルプス山脈や湖など自然の美しさを引き立てる、スイスの巨大デザインを紹介します。

2012年にルツェルン湖の南、シュタンザーホルン山で就航した世界初の360度眺望のオープンデッキがあるケーブルカー《カブリオ》。
スイス・デザインには定評があるけれど、土木のような巨大構造物でも建築でも国民の意思を取り入れながら緻密に作り上げているのを知っていますか? どこを見ても美しい景観が広がるスイスの国土は、そんな繊細さの積み重ねでできている。

《カブリオ》はスイスの山や湖をより美しく見せるデザインの一つ。スイスでは100年ほど前に山岳観光を主要産と位置づけ、アルプスの各地で山岳鉄道や高さ150mもある展望エレベーター、山上のホテル・レストランなどを盛んに開発してきた。山どうしの競争も激しく、独自のセールスポイントを打ち出すため、今も各地で新しいケーブルカーやレストランなどを作っている。《カブリオ》のデザインはスイスのトーマス・クフラーによるもの。両脇のケーブルで揺れを抑えつつ、白と黒のツートーンですっきりとしたデザインだ。
12月10日まで運行される〈ゴッタルドベーストンネル〉の特別試乗車《ゴッタルディーノ》。トンネルの途中で停車して記念撮影させてくれるサービスぶり。
2016年6月に開通し、12月から本格運用される〈ゴッタルドベーストンネル〉は増え続ける貨物・旅客数に対応するためのもの。全長57km、1988年に開通した青函トンネルを抜いて堂々たる世界一の座についた。12月11日の一般利用の開始までは試験運転や、特別にチケットを買った人のための試乗車が運行されている。
特別試乗車の乗客に配られたシリアルナンバー入りパスポート。ギャラリー内でスタンプを押す。
試乗車は1日1往復ずつ。すでにチケットは売り切れた。通常は20分弱でトンネルを通過してしまうが、特別にトンネルのほぼ中央で停車して乗客を降ろしてくれる。このトンネルは単線の鉄道トンネルを2本掘っており、上下線の間には緊急時に避難するための通路がいくつか作られているのだが、その退避路のひとつがギャラリーになっているのだ。
〈ゴッタルドベーストンネル〉の退避路に作られたギャラリー。
〈ゴッタルドベーストンネル〉の工事やデータなどが大きな写真パネルになって並べられている。17年の工期を5分程度にまとめた映像の上映や、乗客に配られたシリアルナンバー入りのパスポートにスタンプを押すサービスも。運転席での記念撮影までできて、鉄道ファンにはたまらないイベントだ。
《ゴッタルディーノ》の運転席をぱちり。運転席に座っての記念撮影もできた。
このトンネルはオランダのロッテルダムからイタリアのジェノヴァをつなぐヨーロッパ縦断鉄道計画の一環として建設されたもの。スイス南部のゴッタルド峠はアルプスを縦断する交通の要所であり、近年、貨物量も旅客数も増大している。ここにはもともと1882年に開通した鉄道トンネルがあるが、当時は長くて深いところにあるトンネルを掘る技術がなかったため、旧トンネルは標高1000m超のところにあり、電車は急勾配の山をくねくねと登っていかなくてはならない。標高500m程度のところを直線で結ぶ〈ゴッタルドベーストンネル〉の開通で、スイス・イタリア間の所要時間は劇的に短くなる。ヨーロッパ鉄道の旅がもっと便利になるトンネルだ。
〈スイス交通博物館〉の屋外に展示されている〈ゴッタルドベーストンネル〉掘削機の先頭部分。これがごりごりと回転して掘り進む。
〈ゴッタルドベーストンネル〉についてもっと知りたくなったら、ルツェルンの〈スイス交通博物館〉に行こう。〈ゴッタルドベーストンネル〉の特別展示が行われている。入り口ではまず、トンネルの掘削に使われた機械の前部の実物大模型が出迎える。直径約9m、巨大なかき氷器の要領で土中を掘り進む機械だ。
〈スイス交通博物館〉中庭に作られた〈ゴッタルドベーストンネル〉原寸大模型。ただし長さは15mほど。奥に見えるのは高速道路などの標識を集めたもの。
〈スイス交通博物館〉の〈ゴッタルドベーストンネル〉断面図。長いです。
展示室内でも〈ゴッタルドベーストンネル〉の資料が並ぶ。圧巻は長さ57mの断面図。57kmのトンネルの1000分の1なので、断面図もこのサイズになる。地質が示された図面の前にはそこから出た石や岩が並んでいる。開通の瞬間を撮った写真もある。面白いのは46度に温められた岩。掘削中、もっとも温度が高かったところなのだそう。実際に触って、地球は生きているということが実感できる。
トンネル掘削機のミニチュア模型。掘り出した土を自動的に後方に送る装置などが見える。
道路工事が体験できるお子様土木コーナー。やってみたい大人も多いと思いますが、子供専用です。
〈スイス交通博物館〉では自動車、鉄道、飛行機など乗りもの全般の資料が展示されている。実機が多く、ただ見て回るだけでも1日がかりだ。大人はもちろん子供も大喜びなのだけれど、ちびっ子にはさらに楽しいコンテンツが用意されている。実際の道路工事ができる“お子様土木コーナー”だ。ミニサイズの重機や工具を操って、道路の敷設を体験できる。土木の英才教育が行われているというわけだ。
スイス東部、フランスとの国境近くにあるエモッソン湖に1974年に作られた〈エモッソンダム〉。上部のカーブしたところの長さは555m。年間9万人の人々が観光にやってくる。
スイスではダムや橋の景色も美しい。〈エモッソンダム〉もほっそりとしたアーチがきれいな重力式コンクリートダムだ。このダムの地下で、既存の水力発電所に〈ナント・ド・ドランス発電所〉という揚水発電所を新設するという珍しい工事が進められている。
上流の〈ビューエモッソンダム〉から取水した水を落とす導水管。人と比べるとその巨大さがわかる。
揚水発電所とは、昼間は高いところから水を落とし、夜に余剰電力を使ってポンプでその水を押し上げるという発電システム。〈エモッソンダム〉の上流にはもう一つ〈ビューエモッソンダム〉という小さなダムがあり、〈ビューエモッソンダム〉のダム湖から〈エモッソンダム〉のダム湖に水を流して発電する。水を落とすための導水管は直径7mという巨大なもの。水の落差は400mにもなる。
発電した電気を各地に分けて送るための分電器。〈ナント・ド・ドランス揚水発電所〉は完成すると、スイスでも1、2を争う発電量の電力を供給できる。
この揚水発電所は2018年から稼働する予定。脱原発の声が高まっているスイスでは、原発が廃炉になれば〈ナント・ド・ドランス発電所〉はその一部を代替するものになるはずだ。〈エモッソンダム〉周辺はレストランなどもある観光拠点になっている。ダイナミックな景色が楽しめてエコロジカルに発電できる、一石二鳥のダムなのだ。
〈サークル〉のプレゼンテーションルーム。巨大な模型が鎮座してます。
チューリッヒ国際空港に隣接する広大な敷地で建設が進んでいるのは〈サークル〉という複合施設。オフィス、ホテル、ショップ、レストラン、コンベンションホールなどが入る。設計は山本理顕。2009年から2010年にかけて行われたコンペで優勝した。2019年にオープンする予定になっている。

建物は大きな三日月型をしている。端から端までぐるっと回ると630mになるそう。内部は複雑に分かれていて路地のような通路があちこちにあり、所々が小さな広場や吹き抜けになっている。
〈サークル〉を設計している山本理顕(右)と担当の蜂屋景二。
「チューリッヒのニーダードルフの街並みからインスピレーションを得ました。起伏のある細い道のわきにレストランなどが並ぶ、居心地のいい場所です」と山本は言う。

この建物はスイスの厳しい環境基準を超える仕様になっている。「できるだけ見通しのいい建物に」という山本の意向から、壁面に多用された窓はガラスが6層に重なった断熱性能の極めて高いもの。
〈サークル〉工事現場。巨大すぎて、この写真では半分程度しか写せない。チューリッヒ国際空港に直結している。
「初期費用は高いのですが、今後50年間に節約できる光熱費が差額を上回るとして採用されました。スイスの人々が長期的視野にたって物事を考えていることを実感しましたね」(山本)

スイスでは着工前に建物の高さを示すポールを立て、完成時のボリュームを明示する義務がある。周囲の住民が眺望や日照を確認するためのものだ。この〈サークル〉でも工事が始まる前にポールを立てていた。直接民主主義を採るスイスでは、一定の期間内に決まった数の署名を集めると国民投票を発議できる。投票で「ノー」と決まったら、一度決まった法律や事業計画も中止になる。これはスイスが全人口880万人程度の国だからできることではあるけれど、日本も参考になる部分は大きい。
ヴァレリオ・オルジャティが〈グラウビュンデン州議会〉の前に作ったオブジェ。中央の逆アーチ型の構造物の後ろにあるエントランスにアプローチするためのスロープとして機能している。
2011年に東京国立近代美術館で個展を開いたスイスの建築家、ヴァレリオ・オルジャティ。彼の作品がスイス東部のクールという街にある。〈グラウビュンデン州議会〉の前に作られた構造物だ。これは古い建物を転用した議会をバリアフリーに、というコンペで優勝したもの。地面から1メートルほど高いところにある入り口に車椅子でも入れるようにスロープを設置した。この白いブロックは既存の建物とはつながっておらず、厳密には建築ではなくオブジェになる。
オルジャティのオブジェを横から見たところ。既存の建物と接しているところはなく、単に前に置かれているだけであることがわかる。
オルジャティのアイコンとも言えるアーチ状の構造物が印象的なこの作品は一見、特筆すべきこともないように見えるかもしれない。が、このオブジェは完成してから4、5年かけて変形していた。

このオブジェ、水はけのために床の両端がほんの少し下がっているのだが、屋根もそれと同じようにカーブしている。この屋根は、完成した当初は水平だった。4、5年経つうちに両端が少しだけ落ちてきて、床と同じカーブになるよう計算されていたのだそう。このオブジェの構造は鉄筋コンクリート。鉄筋の数を減らしたのか、コンクリートの配合を変えたのか、手法ははっきりしないけれど、完成後に姿を変える前代未聞のオブジェなのだ。
SANAA設計の〈ロレックス・ラーニング・センター〉。内部は写真で見るより傾斜が急だ。ビー玉はもちろん、人間も転がりそうな勢い。
スイス連邦工科大学ローザンヌ校では2009年にSANAAの設計で〈ロレックス・ラーニングセンター〉が完成している。図書館や自習スペース、レストラン、カフェなどが入った施設だ。今年11月、その隣に隈研吾の設計で〈アートラボ〉がオープンした。最先端のテクノロジーとアート、デザインを融合させた展示や研究を行う施設だ。
〈ロレックス・ラーニング・センター〉では建物の下も気持ちのいい“居場所”になっている。
隈研吾の設計で11月にオープンした〈アートラボ〉。屋根の曲線が山の稜線と重なる。
3つのスペースが連続した建物は長さ235m。スイス産の木の肌とパンチングメタルが軽やかな印象を与える。外壁の木には防火のための塗料が塗られていて、これから経年変化で少しずつ色が変わっていくはずだ。折れ曲がった屋根が背後の山並みと調和する。
なだらかな山のように屋根が続く〈アートラボ〉。
9月までチューリッヒで開催されていた芸術祭「マニフェスタ2016」の会場の一つ〈フローティング・パビリオン〉。ETH(チューリッヒ工科大学)の学生たちが制作した。
冒頭でも触れたように、スイスでは山岳観光が主要産業のひとつだ。スイスの土木や建築は山や湖の眺めをより素晴らしいものにすることにも配慮して造られている。50年先を考える〈サークル〉のように、時間的にも空間的にも大きなスケールでデザインされているのだ。
〈スイス交通博物館〉
Lidostrasse 5, 6006 Luzern, スイス


〈エモッソンダム〉
1925 Émosson, スイス


〈グラウビュンデン州議会〉
Masanserstrasse 3, 7000 Chur, スイス


〈スイス連邦工科大学ローザンヌ校〉
Route Cantonale, 1015 Lausanne, スイス


公式サイト(ゴッタルドベーストンネル)

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