November 5, 2023 | Architecture, Design | casabrutus.com
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計の建物が12棟も国の重要文化財に指定されている〈神戸女学院〉岡田山キャンパスが、再整備計画を発表した。普段は足を踏み入れられない既存キャンパスの魅力を再確認するとともに、建物やランドスケープを尊重した再整備手法の概要をお伝えします。
米国出身ながら日本に帰化し、明治末期から戦後にかけて1,000件を超える学校や教会、商業施設などを設計したウィリアム・メレル・ヴォーリズ。中でも兵庫県西宮市にある〈神戸女学院岡田山キャンパス〉は、ヴォーリズ建築を語る上では外せない代表作のひとつだ。赤い屋根とクリーム色の壁からなるスパニッシュ・ミッション・スタイルでまとめられた建物群が、約4万坪の丘陵地に佇む。
特筆すべきはヴォーリズ設計の12棟の建物が2014年、重要文化財に指定されたことだ。神戸女学院文化財保存活用委員会委員をつとめ、ヴォーリズ研究に長年携わる山形政昭・関西学院大学客員教授はこう話す。
「重要文化財建造物を12棟も有する学校法人は、類例がありません。またヴォーリズによる建築は年々評価を高め、登録有形文化財となっている建物が100件に迫る勢いですが、重要文化財に指定されているのはここだけです」
大学キャンパスとしてもヴォーリズ建築としても、日本屈指の文化財を有する神戸女学院。大きな魅力は美しさだと山形さん。「ヴォーリズが関わった重要な建築はいろいろとありますが、美しさにおいては一番」と語る。
トレードマークとなっているスパニッシュ瓦やスタッコ壁も、まずはその華やかな色合いに目が行くが、日差しを受けると繊細な表情を見せる。特別な材料が使われているからだ。
「屋根はS字型の瓦を葺いたもので、複雑な色合いに窯変したものを混ぜ合わせ、ところどころ逆S字の瓦も組み合わせて寄棟屋根をつくりあげています。クリーム色の外壁も、よく見るとキラキラと光って見えるはず。スタッコ仕上げを構成するセメントモルタルの一部に、工事を担当した竹中工務店と左官職人がこだわって選んだという川砂が使われているからです」(山形政昭)
加えてランドスケープを含む群としての魅力もある。鬱蒼とした森に建物が見え隠れし、歩き進むとあざやかな緑の中庭と赤い屋根の対比する広場が開けるという展開がドラマティックだ。「全体のまとまりと、正門を入り山道を登ると音楽館、さらに登ると文学館の屋根がみえるという流れが素晴らしい。文化財建造物がただ残っているだけではなく、環境に埋め込まれているのです」と山形さんは語る。庭に灯籠が残っていたり、かつてここにあった尼崎藩の別邸に由来する日本庭園の名残も歴史の厚みを感じさせる。
このキャンパス全体に歴史的、建築的価値あふれる神戸女学院が、創立150周年を記念し再整備に乗り出そうとしている。日建設計が提案し、2021年に策定された「キャンパス再整備マスタープラン」実現の第一歩として、同社提案の「理学館西側地域再整備計画」の概要が2023年9月、発表された。
その再整備計画の概要は、重要文化財に指定されている社交館の南、理学館の西の斜面に、新棟の高さを下げて新設。あわせて現在は車専用の裏口的な扱いとなっている西門からのアプローチを、サブエントランスに相応しく整えるというもの。
ポイントは森で隔絶されたキャンパス西側を街とつなぎ、大学の顔をつくること。南北の軸線上に建物が整然とならび、建物同士が回廊でつながるヴォーリズによるキャンパス計画。再整備計画ではこの構成を継承し、建物とアプローチを新設することでオリジナルの建物を引き立てながら、街との連続性をもたせる。2025年秋を目指して新棟を完成、さらに向こう10年を見据えてマスタープランを実現していくという。
「ヴォーリズの建築というのは造形を主張するものではなく、有用性や経済性を踏まえつつ、使い手の期待に応えるという理念に基づいています。神戸女学院は、その理念が建築主や施工者にも共有され、実現された稀有な例です。再整備を通じてこうした理念が継承され、建物を長く使いつづけていくことの重要さとそのための方法が、より広く理解されていくことを期待しています」と山形さん。
ヴォーリズによるキャンパス完成を受け、当時の院長C.B.デフォレストは1933年に「Beauty Becomes a College(美が学園となる)」という詩を発表した。美とは建物の外観的、物質的価値以上に、この建築のために寄付を寄せた米国の教会に集う人々の、他者に献げる思いを讃える言葉だ。
神戸女学院では不定期で、一般公開が実施されている。そのツアーマイスター(ガイド役)はこのキャンパスで学んでいる学生が務めるという。長年育まれた建築やランドスケープ、そして文化の継承とその進化に期待したい。