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刀剣と杉本博司「海景」、その接点を兵庫県・姫路の歴史的建造物で観る。

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August 28, 2021 | Art, Architecture, Design | casabrutus.com

杉本博司の「海景」シリーズが、〈姫路市立美術館〉の『日本の心象 刀剣、風韻、そして海景』展に登場している。刀剣と「海景」、一見、全く共通点がないように感じられる両者の接点とは?

●杉本博司「初めて見た水平線は日本刀の刃先のようだった」

「海を初めて見た時は驚きだった。(中略)それは真鶴から小田原へと向う東海道線の列車の中からだった。(中略)海景は左から右へと流れていた。秋だったのだろうか。その日は目の醒めるような快晴で空気は澄み渡っていた。(中略)その水平線は群青色の海と明るい空とを隔てて、日本刀の刃先のようにこの上もなく鋭い線を引いていた。」
(杉本博司「幼少の砌(みぎり)」/森美術館「杉本博司|時間の終わり」公式図録『HIROSHI SUGIMOTO』、2005年)

刀剣と杉本博司「海景」を並べる展覧会と聞いて、まず思い浮かんだのは上の一節である。兵庫県の〈姫路市立美術館〉で『日本の心象 刀剣、風韻、そして海景』という展覧会が開催されている。

もとは旧陸軍の建物、戦後、市庁舎として使われた時期を経て、現在は美術館。

世界文化遺産、国宝姫路城を背景にいただく煉瓦造りの建物が〈姫路市立美術館〉だ。もとは1905年(明治38年)に建てられた姫路陸軍兵器支廠(のちに第十師団兵器部)の倉庫でその後、増築。1945年の空襲でも姫路城とこの建物は難を逃れた。戦後、姫路市庁舎として使われ、市庁舎移転後、内部を鉄筋コンクリート造りに改装し1983年からは美術館である。2003年、国登録有形文化財に指定。

主に近現代美術を収集・展示する美術館だが、開館当初より収集された刀剣が29口(寄託含む)あり、近年調査が行われ、刀剣の美を現代の視点に立って照らし出す展覧会の構想が練られ、今回の展示に至る。

日本刀の刃文は世界の刀剣の中でも類を見ない多様さを誇る。日本刀の美を語る上で欠かせない。

「第1章 刀剣の光陰」では国宝《太刀 銘 国行(来)(号 明石国行)》(展示終了)を筆頭に国内の名刀49口が紹介される。これだけの点数が揃うと、それぞれの刃文(はもん:焼入れによって生じる模様のこと)が比較され、その多様さ、奥深さに引き込まれるものである。

国宝 太刀 銘 国行(来)(号 明石国行)鎌倉時代中期13世紀 刀剣博物館(公益財団法人日本美術刀剣保存協会)(展示終了)

第1章と第2章は現代の刀匠と鍛冶師、明珍兄弟による刀剣とたまはがね風鈴によるインスタレーションがつなぐ。

《派生―太刀 明珍火箸―》明珍宗裕(太刀)、明珍宗敬(玉鋼製明珍火箸)個人蔵

「第2章 風韻、そして海景」で現代美術作家、杉本博司の代表作の一つ、海景の大判が7点、目に入ってくる。このシリーズを着想するにあたってのいきさつを杉本は様々に述べているが、一つは「古代人の見た風景を現代の我々も見ることは可能だろうか」ということだ。突き詰めれば、空と海。陸地も船も動物も見えない。画面の上半分は空、下半分は海。

杉本の代表作の一つ、海景シリーズの大判が7点つらなる。

しかしその前に、この展示室に入ってすぐ、刀剣が展示されている。これらは杉本が収集したものだ。神道や仏教の美術に深い造詣をもつ杉本だが、考古遺物にも多大な関心を寄せる彼らしいコレクションになっている。弥生時代の《中広銅矛》、《古墳時代発掘直刀》、飛鳥時代の《頭椎大刀》(群馬県碓氷郡出土)の3作。特に《古墳時代発掘直刀》は品川にあった〈原美術館〉の倉庫に長く保管されていたもので、同美術館の閉館の整理にあたり、杉本のもとにやってきた。

さて海景だが、最初に置かれるのは《日本海、隠岐》である。

杉本が収集した古代の刀と海景《日本海、隠岐》(1987年)個人蔵

隠岐といえば、承久3年(1221年)承久の変ののち、北条氏に破れた後鳥羽院が配流された地である。そのときに詠んだ歌がこれだ。

われこそは新島守(にいじまもり)よ 隠岐の海の荒き波風(なみかぜ)心して吹け

杉本はこの歌を思い浮かべながら隠岐の海に8×10の大判カメラを向けた。そのとき、大きく吹いてきた風が起こした波が画面右側に現れている。「荒き波風心して吹け」。

後鳥羽院は文武両道に秀でた天才肌の人物で、自身で刀を打ったとも伝えられている。

海景《日本海、隠岐》(1987年)個人蔵

海景は続く。《スペリオール湖、カスケード川》、《リグリア海、サヴィオレ》、《ボーデン湖、ウットヴィル》、《エーゲ海、ピリオン》、《黒海、オズルース》、《ティレニア海、コンカ》。各地の海。光り方、水平線、それぞれ独特の様相を呈している。撮影にあたっては地形を読み、天体の動きも把握し、さらに風を計算に入れる。

右《日本海、隠岐》(1987年)、左《スペリオール湖、カスケード川》(1995年)ともに小田原文化財団

何度も見た、しかも記憶の中にもある海景を今回の展示でじっくり見てみる。いつもと違った表情で海景が迫ってきたように感じられるのである。それはなぜか。これらの海景を見る前に、刀の刃文を一つひとつ見ていたために、見る力が研ぎ澄まされ、その目で海景を見ることによるものだろう。

ちなみに筆者の感想を述べさせてもらうと、7点の海景の中でもいつもはとりわけ強く主張しないと思っていた《リグリア海、サヴィオレ》が特に印象に残った。沖に降る雨で煙ったことで水平線が曖昧になっているこの海が、である。刃文とシンクロしやすいグラデーションが見えたからかもしれない。

《三鈷剣》大野義光(刀身)、瀧本光國(蓮台)三鈷柄:鎌倉時代 刀身:2013年、蓮台:2013年 小田原文化財団

この展示室の最後の展示品は、杉本のコレクションであり、創作を混じえた《三鈷剣》が直立し、展示されている。どういうことかというと、密教法具を思わせる鎌倉時代の三鈷柄に刀身を補い、さらに仏師に蓮台を依頼したものだからだ。刀身の設計にあたっては日光の二荒山に伝わる重要文化財の三鈷剣を参照したという。

「第3章 たまはがねの響」は城と美術館と庭園が一体になり、ここでしか見られない景観を演出するプロジェクト。明珍火箸(みょうちんひばし:兵庫県指定伝統工芸品)の音色を素材に制作された音楽作品を、作曲家、菅野由弘の制作・監修の下、光と音のインスタレーションに仕立て上げられている。

明珍火箸「たまはがね風鈴」の音色を素材として、菅野由弘が作曲した「星雲交響2021」をパラメトリック・スピーカーが立体的音響空間にしつらえ、光のインスタレーションがその音に交錯する。

さらに杉本と姫路に関するニュースだが、「オールひめじ・アーツ&ライフ・プロジェクト」の令和4年度の招聘作家として、杉本博司が選ばれている。これは、〈姫路市立美術館〉、〈国宝姫路城〉、〈書寫山圓教寺〉を拠点とし、姫路の新たな魅力を発信することを目的としている。来年度、イベントや展覧会が予定されているが、これについては後日詳報したい。

「日本の心象 刀剣、風韻、そして海景」

〈姫路市立美術館〉兵庫県姫路市本町68-25。〜2021年9月5日。10時〜17時(9月4日までの金・土曜は20時まで)。月曜休館。一般1200円。

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