January 23, 2021 | Architecture | casabrutus.com
これは建築なのか? 新作を発表するたびに、そんな議論を巻き起こしてきた建築家・石上純也。2018年に完成したボタニカルガーデン〈水庭〉は、櫻井翔さんにとっても印象深い建築のひとつ。その魅力に改めて迫る。
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移植した318本の樹木と人工的につくった160の池で、幻想的なボタニカルガーデン〈アート・ビオトープ那須 水庭〉を生み出した建築家の石上純也。地上にまで光が射す明るい森。点在する水辺。自然界ではありえない人工の風景だと理解しつつも、飛び石に沿って敷地を歩いていくと、まるで森を散策しているような感覚になる。
約2年前の特集『建築を巡る旅』で〈水庭〉を訪れた櫻井翔さん。この風景を目にして最初に発したのは、「なんだろう、ここは……」という素直な言葉だった。ゆっくりと歩きはじめると木漏れ日やそよ風の心地よさの虜に。
鳥のさえずりに耳を澄まし、時折しゃがみこんでは、池の中を覗き込んで生き物を探す。「あ!」とカエルを見つけたり、飛び回るとんぼの群れに少年のような笑顔を見せたり。人工と自然が混ざり合う不思議な庭で、清々しい空気をめいいっぱい楽しんだ。
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〈水庭〉を歩いた後に感じるのは「これは一体、建築なのか?」という疑問だ。その答えは、〈水庭〉が生まれるまでの過程を知ることで自ずと見つかる。
〈水庭〉がある敷地はもともと牧草地。牧草地は、法律上は「農地」なので、建物が建てられない。そこで、その隣の雑木林を伐採し、そこにホテルを建てるというプロジェクトが進んでいた。石上はその伐採される樹木に注目。そのまま牧草地に移し、新たなランドスケープをつくるアイデアを思いついた。
石上は、この土地の歴史も丹念にリサーチ。牧草地になる以前は水田があったこと、さらに昔は苔むす森林だったことを調べ、この土地に刻まれている歴史のレイヤーを、新たに生み出すランドスケープに内包させることにした。
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人工的な池をつくったのは、かつてあった水田からのインスピレーションだ。池の周囲にはかつての森をイメージさせる苔などの植物を配した。さらに驚くのは、樹木の移植計画が極めて緻密であること。318本の樹木は、すべて測量して立体図を起こし、一本一本を模型化したうえで配置を決定。池の形や大きさも、成り行きで決まったものは何ひとつない。
そもそも、移植したコナラやイヌシデは落葉樹で、水辺では根が腐るので育たない木々だ。そのため、池に防水シートを張り、大雨などで水量が増えた時のために、地下に排水用パイプも巡らせている。また、移植後の樹木には支柱を添えるのが一般的だが、そうしなくても自立するよう、地中に鉄骨の基礎を打った。
こうした過程が見えてくると、ここが “建築”だと理解できる。
●建築とはひとつの環境を生み出すこと。
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従来の“建築”のあり方に捉われず、新たな表現を模索し続ける石上純也。新しいということは、前例がないということ。〈水庭〉の移植プロジェクトでも、試行錯誤を繰り返しながら計画を進めてきた。
そんな前代未聞のボタニカルガーデンについて学んだ櫻井さんは、2年前の取材でも「そこまでして石上さんが目指しているものは?」と質問している。
その問いに対し、「自然環境にどうしたら人が介在できるか。そうして生まれた新しい自然は、果たして僕らの生活環境を変えるものになるのか。そういったことに関心がある」と石上。そのための、ひとつの実験として生まれたのが〈水庭〉だという。
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自然と人との新しい関係。それを考え続けた先にあるのが、石上が目指す“自由な建築”だ。この“自由な建築”という言葉は、石上が2018年にパリのカルティエ財団で開いた個展でタイトルに掲げたもの。「多様化する価値観やその場所固有の魅力を取り入れて、今までにない建築を作りたい」と話す。
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完成から3年が経とうとしている〈水庭〉には、しっかりと自然のサイクルが根付いている。春になると自ずとあちこちに野の花が咲き、夏には緑が一層濃くなり、秋になればドングリなどの実が落ちて、やがてそこから芽が出る。人の手が生み出したランドスケープが、自然の力によって、さらに新しい姿になろうとしている。
石上が〈水庭〉で目指していたビジョンを本当の意味で体感できるのは、年月を経た今なのかもしれない。那須高原の澄んだ空気の中で、これからの“建築”を考える体験ができるはずだ。