October 21, 2020 | Architecture, Culture, Design, Travel | casabrutus.com
世田谷区の桜新町は、昭和の時代を代表する漫画『サザエさん』の作者・長谷川町子が暮らし、物語の舞台にもなった町。「サザエさん通り」と名付けられた商店街を抜けて、昭和の時代から愛される〈長谷川町子美術館〉の向かい側にオープンしたばかりの〈長谷川町子記念館〉を訪れ、チャーミングな女性漫画家の世界に浸った。
●漫画家・長谷川町子の世界に触れる記念館。

家族の形や幸せの尺度は人それぞれ。3世代が和風の平屋に同居する、漫画『サザエさん』の世界や、日本初の女性漫画家として活躍した長谷川町子の生き方を、今年の7月に開館した〈長谷川町子記念館〉で回顧しながらしみじみ思う。昭和を代表する家族のイメージが色濃いサザエさん一家だが、実は古風なだけではない。妻の実家に暮らしながら子育てをし、流行に敏感に時代を謳歌するサザエさんの姿は、のびのびとして頼もしく、個性に富んでチャーミング。他と比べず、自分なりの生き方でいいのだと勇気付けられた。

長谷川町子が姉と蒐集した美術品や工芸品を展示するため、桜新町の住宅街に〈長谷川美術館〉(のちに〈長谷川町子美術館〉に改名)を建てたのは1985年。収蔵品は、日本画・洋画・工芸品・彫塑、合わせて788点を数え、買いもの帰りの地元の人が気軽に美術品を鑑賞できる場所として愛されてきた。同時に、町子の漫画作品や資料の展示を求める要望も多く、町子生誕100年を機に、美術館の向かい側に町子の世界を存分に楽しめる空間として〈長谷川町子記念館〉が誕生した。

折り紙をイメージしたという鋭角の立面が印象的な〈長谷川町子美術館〉の外壁の素材は、町子自身が探したレンガ。対して長谷川町子記念館の外壁には、レンガと響き合うスクラッチタイルが選ばれた。他にも、町子が好んだ桜の木や、イサム・ノグチが愛した庵治石(あじいし)などの建築素材が使用されている。設計・施工を手がけたのは、世田谷区を拠点に木造住宅を手がける「伊佐ホームズ」。代表の伊佐裕さんが生まれ育った福岡県早良区にある生家は、町子が戦時中に疎開した家と近く、なんと伊佐家は『サザエさん』さんに登場する「伊佐坂先生」の名前もモデルとも言われる。

長谷川町子記念館1階には、オリジナルのミュージアムグッズを購入できる「購買部」と、長谷川町子が好んだ味もメニューに並ぶ「喫茶部」がある(※当面はチケット購入者のみ利用可能)。美術館と記念館の共通チケットでは、町子の代表作をデジタルとアナログの双方で見られる1階常設展示室、町子の生涯を貴重な資料を通して紹介する2階常設展示室、年に数回さまざまなテーマで町子の世界に触れられる2階企画展示室を鑑賞できる。来館後は多彩な才能を持ち、戦後を生き抜き漫画を通して昭和の時代を描いた、おしゃれでお茶目な長谷川町子の作品や生き方が頭から離れず、家でも作品を読み返している。

〈長谷川町子記念館〉
東京都世田谷区桜新町1-30-6 TEL 03 3701 8766。10時〜17時30分(16時30分最終受付)。入館料900円(長谷川町子美術館と共通)。月曜休(祝日の場合は翌日休)、展示替期間、年末年始休。●『サザエさん』の舞台、桜新町をぶらぶら歩く。

〈長谷川町子記念館〉と〈長谷川町子美術館〉でゆっくり時間を過ごしたあとは、『サザエさん』の舞台となった桜新町の、「サザエさん通り」をぶらぶらと。いろいろな店のディスプレイや、道ばたのポストや看板、視界のあちらこちらにサザエさんのキャラクターが見つかり、散歩の時間がひたすら楽しい。
●散歩の始めに、京都発のコーヒー店へ。

今回、桜新町での建築をめぐる半日散歩は、〈長谷川町子記念館〉へ向かう前の午前中からスタート。桜新町駅北側の住宅街にこの8月にオープンした、1952年創業の京都の老舗ロースター〈小川珈琲〉初の旗艦店、〈OGAWA COFFEE LABORATORY〉で朝食を味わうために。お目当ては、池尻大橋〈TOLO PAN TOKYO〉の山食パンを使ったモーニングメニューの炭焼きトーストと、常時21種類以上揃う中から確かな腕のバリスタとともに自分好みの味を選べるコーヒー。それから、クリエイティブディレクター・南貴之さんと、建築デザイナー・関祐介さんが手がけた、伝統的な日本の職人の手仕事を随所に取り入れながらも、内装やメニューに革新性を備えた空間そのもの。

自然光が差し込む開放的な店の中心には、「蔵」と呼ばれる円形のコーヒー豆の貯蔵庫が。それを取り囲むようにコの字型にカウンターが配され、客席からはカウンター内部で手際よくコーヒーを淹れるバリスタたちの淀みない所作を、舞台を鑑賞するように眺めることができる。カウンターの壁面に溶け合う和紙や、床材やテーブルの重石に使われている京都の廃線市電の敷石など、建築素材もユニーク。スペシャルティコーヒー用のカップ&ソーサー、トレー、デキャンタなど、クラフト作家の作品も多く使用され、どれも手にしたとき優しく心地いい。「自分が住む町にもあったらいいな」と考えながら、すでにすっかり町になじむコーヒー店で、理想的な朝のひとときを過ごした。

〈OGAWA COFFEE LABORATORY〉
東京都世田谷区新町3-23-8エスカリエ桜新町1F TEL 03 6413 5252。7時〜22時。無休。●色とりどりのおはぎをおみやげに。

散歩の最後は、新たな桜新町みやげとして話題のおはぎ専門店〈タケノとおはぎ〉へ、あらかじめ予約しておいた「日替わり7種のセット」を受け取りに。ギャラリーのような簡素で品よくこぢんまりとした店の前には、14時の開店前から行列ができ、人気のほどが伺える。
店主の小川寛貴さんが、祖母「タケノおばあちゃん」の味を受け継いではじめたおはぎ作り。デリカテッセン「エプロンズ・フード・マーケット」のシェフでもある小川さんらしく、ナッツや果物、野菜までも取り入れた素材の組み合わせと彩りの妙は、伝統的なおはぎの概念をくつがえし、膝を打つものばかり。7種類のおはぎが入ったわっぱを大事に持ち帰り、家でゆっくり桜新町の余韻を味わった。