August 6, 2020 | Art, Architecture, Travel | casabrutus.com
田根剛の設計で〈吉野町煉瓦倉庫〉から〈弘前れんが倉庫美術館〉へと生まれ変わった赤れんがの建物。オープニングの展覧会に参加した作家たちが見た弘前の歴史と景色とは?
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0729casa49_1104.jpg)
〈弘前れんが倉庫美術館〉は明治・大正期に建てられた赤れんがの建物を再生した美術館。100年以上の歴史のあるこの建物を田根剛がリノベーション。「シードル・ゴールド」と名づけられた、金色に輝く屋根が特徴だ。
7月にグランドオープンしたこの美術館の開館記念春夏プログラム「Thank You Memory ―醸造から創造へ—」は場所と建物の「記憶」に焦点をあてたもの。国内外8名の作家が参加している。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0729casa24_1104.jpg)
会場を入ってまず目に入るのは昔のシードルの広告や看板といった、過去の記憶を物語る品々によるインスタレーションだ。この美術館の建物は大正12年頃に実業家の福島藤助が酒造工場や倉庫として建てたと言われている。戦後、日本初の本格的な欧風シードルの工場となったが、昭和50年代から平成9年まで政府米の保管倉庫として使われた。その後、長い間使われることがなかったが、2000年代に入って奈良美智の個展が開かれ、アートの場としてのポテンシャルに注目が集まる。
今回のインスタレーションでは建物に使われていたれんがやタイル、工場での注意書きや札、瓶などのほか、奈良美智の個展の資料や田根のコンセプト模型が並ぶ。壁には改修工事の過程を記録した藤井光の映像作品が投影され、この場に関わってきた人々の記憶をたどることができる。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0729casa20_1104.jpg)
隣の展示室にはタイ出身の作家、ナウィン・ラワンチャイクンの作品が。彼は弘前で30人以上の市民にインタビュー、それをもとに絵画と映像作品を制作した。作品タイトル《いのっちへの手紙》の「いのっち」とは弘前市立博物館に収蔵されている猪形土製品の愛称。博物館のマスコットキャラクターにもなっている。会場にはこの建物を建てた福島藤助にあてた手紙も展示されている。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0729casa18_1104.jpg)
笹本晃はこの建物に残されていた建具や資材を取り込んで、アルミパイプの中を空気が循環するインスタレーションを制作した。送風機の風で回転するガラスのオブジェは生き物の気配を感じさせる。ドアなどの建具がひっそりと立っていて、かつては人が忙しく出入りしていた情景も思い起こさせる。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0729casa39_1104.jpg)
館内には随所に、畠山直哉が改修工事の過程を記録した写真がある。写真はそれぞれ、撮影された場所の近くに展示されているので、現状と比べてみるのも面白い。畠山はデザイナーの服部一成とのコラボレーションによるポスター作品《Thank You Memory》も制作した。会場には自由に持ち帰ることができるポスターもある。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0729casa35_1104.jpg)
この棟では2階の一部の床を解体し、吹き抜けにしている。一番高いところまで15メートルある、ダイナミックな空間になっている。その吹き抜けに面して小さな街がぎっしり詰まったトランクが並ぶ。尹秀珍(イン・シウジェン)の「ポータブル・シティ」、持ち運べる都市というシリーズだ。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0729casa34_1104-1.jpg)
トランクにはそれぞれ台北やメルボルン、ブリュッセルなど作家がかつて滞在した都市のジオラマが設えられている。それぞれの街で集められた古着が素材になっていて、街の人がトランクの中で暮らしているようにも見える。《ポータブル・シティ:弘前》は弘前市民から提供してもらった100着の古着を使ったもの。刺し子や藍染めなど、青森らしい布も混ざっている。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0729casa43_1104.jpg)
そこから吹き抜けに向かって飛んでいく矢のようにインスタレーションされているのは同じ尹の《ウェポン》、武器という作品だ。彼女の生地であり、今も拠点にしている北京のテレビ塔や狩猟時代の槍などからインスピレーションを得ている。こちらもカラフルな古着で作られているが、先端にはナイフが取り付けられている。昔は槍で人を傷つけたが、今ではテレビ塔から発射される電波に乗って流布する情報が人を傷つけることがある。そんな時代に抗う力も感じさせる作品だ。
弘前市出身の奈良美智の写真作品《SAKHALIN》は2014年に彼が行った、アイヌ語が残る地域への旅の際に撮られたもの。青森、北海道、サハリン(樺太)のうち、彼の祖父が炭鉱業や漁業を営んでいたサハリンでのものが展示されている。奈良自身のルーツを探る旅の記録を通じて、私たち自身がかつてそうだったかもしれない姿が見えてくる。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0729casa045_1104.jpg)
上海出身の潘逸舟(ハン・イシュ)は父の仕事の都合で9歳のときに来日、高校卒業まで弘前で育った。彼の作品はその頃の日常生活の記憶を呼び起こすようなインスタレーションだ。彼はこの作品を制作するため、弘前で知人に預けていた高校生の頃の絵などを引き取りに行ったそう。そのときのコミュニケーションもこの作品の構成要素になっている。畳に刺された楊枝は星の一部をかたどっており、中国国旗の星をイメージさせる。作家のアイデンティティを象徴する。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0729casa23_1104-1.jpg)
フランスのアーティスト、ジャン=ミシェル・オトニエルはりんごをモチーフにした新作を制作した。さまざまなりんごの色にインスピレーションを得た直径2メートルの大型作品だ。が、残念ながら新型コロナウィルスの影響で設置できておらず、現在は代替作品が展示されている。《The Knot of Eden》、エデンの結び目と名づけられたこの新作は状況が整い次第お披露目される予定だ。アダムとイヴが楽園を追放されるきっかけになったりんごが何を結ぶのか、そんなことを想像しながら楽しみに待ちたい。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0729casa09_1104.jpg)
この建物を建てた福島藤助は「仮に事業に失敗しても、これらの建物が市の将来のために遺産として役立てばよい」と言ったという。そのため頑丈な素材であるれんが造を採用、れんが工場まで新設した。その後、建物は他の人の手に渡り、用途も変わったが、確かに建築物は残っている。100年先を見通した彼の眼に感謝しながら、過去と未来を行き来するアートの旅を楽しもう。