February 3, 2020 | Architecture, Art, Design, Fashion | casabrutus.com
〈東京都現代美術館〉で開催中の『ミナ ペルホネン/皆川明 つづく』展。その関連イベントとして昨年12月、Casa BRUTUSの無料読者会員サービス「カーサ iD」の会員を対象に、皆川明と建築家・中村好文による、スペシャルセッションが行われました。2人のコラボレーションによって生まれた小屋=《shell house》誕生の過程をはじめ、クリエイターとしての2人の共通点、そして皆川が「中村の事務所の所員になりたかった」という発言も飛び出したトークの一部をお届けします。
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・“変なかたち”の小屋の夢。
皆川 明(以下、皆川) 「簡素で心地よい宿を運営すること」が将来の夢だと、2015年に文章として書きました。今回の展覧会で、それを一度、かたちとして具現化したい。そう思ったのが、この《shell house》が生まれたきっかけです。中村さんとは京都に〈京の温所〉という宿を作らせていただいたり、〈ミナ ペルホネン〉の保養所のリノベーションをお願いしたり、毎年一緒に旅をしていたり。そうやって親しくさせてもらっているということは、きっと、かたちにできるということではないか。そんな風に思って、中村さんにお話したんです。
中村好文(以下、中村) 皆川さんから「小屋」って言われたのでぼくはなんとなく家型のものをイメージしていたんです。でも、最初の打ち合わせの際に、皆川さんがやにわにA4の紙にぐるぐるって渦巻きを描いたんですね。まさにこの小屋のもととなる渦巻き模様です。そのスピードと勢いっていうのか、力強さに感動したんです。これは絶対、かたちにしなきゃいけないと思った。ただ、変なかたちだから(笑)。やりますとは言ったものの、帰ってからスタッフと話していて、「本当にできるのかな?」とは思いました。けど、せっかく声をかけてもらったんだから腕の見せどころじゃないか、とも思いました。
皆川 「変な…」というのは、この建物には“柱”がないんですよね。
中村 そう。柱はなく合板だけで成立させているんです。合板というのは通常、縦横の木目でできているんですが、一方向だけの木目でできている合板がある。それは曲面用なので、おそらくこの小屋に使えるだろうなと。厚さは12mm。ここでは2枚を貼り合わせたので、壁の厚さはわずか24mmなんです。この厚さでもなんとか成立させるために作り方を考えるんですが、ぼくひとりで考えたわけではなく、大阪の工務店の大工さんたちと一緒に開発しました。でも、これ以上詳しくは話せません。企業秘密なのでね(笑)。
皆川 でも、会場には組み上げていくまでの映像がありますので、ぜひ秘密を見てみてください(笑)。今日は特別に小屋の2階にも上がっていただきますが、「螺旋状のこういう構造でもなんとかなるのか」という感覚は、実際に上がって体感してみないと、わかりづらいところがあるかも知れません。実は、ぼくにとってこの構造は、「外側が内側になっていく」という、もうひとつの意味があるんですね。つまり、外壁を螺旋にしたがって辿っていくと、ある部分からそれが内壁になっているんです。これは展示室「土」(〈ミナ ペルホネン〉の過去の服を、それを着ていた持ち主のエピソードとともに並べている部屋)で表現したかった、「自分の身体の外側にある服が、いつしか記憶になる=持ち主の内面になる」ということと、同期しています。シェルハウスは、この展覧会を体現する大事な造形物でもあるんです。
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・“必要十分”の豊かさ。
中村 ぼくはこの小屋で、最小限のヒューマンスケールを考えてみたかったんです。階段を登っていくと、最後の部分はかなりの狭さですが、それでも案外大丈夫なんですよ。物理的な広さ狭さだけではなく、心理、行動、身体性…全部が絡み合った上で、「いいな」と感じられるようなスケール感の小屋を目指す。それが今回自分に課したテーマでした。
皆川 「大は小を兼ねる」と言って、ひとは大きい方が豊かに思えたり、十分な感じがしたりするけれど、一度それを小さくしてみたときに、“必要十分”と感じられることがあります。その感覚の心地よさを、改めて感じました。巣のような場所に“篭る”ことの独特の安心感って、誰もが…とは言えないかも知れませんが、ぼくはすごく感じます。この小屋のスケールには、「十分なんだな、これで」と思うことの心地よさがあるんですよ。一度そうした良さに気がつくと、きっと暮らしのいろんな場面における尺度が、“必要十分”の方にだんだんリセットされていくのではないかとも思います。
中村 豊かさというものをどう考えていくか、ということと同じですよね。広いことが豊かだという考え方もあるけれど、意外とそうではなくても豊かさはあるということですね。
皆川 この小屋の場合、リビングがあり、キッチンがあり、シャワールームがあり、ベッドルームがあり、そこにいたる動線があり…。全部の要素が、お互いに“譲り合って”成り立っている寸法だという気がするんです。どこか一部の要素が勝っているのでは、ない。ひとによっては窮屈だと感じる部分や、不十分だと思う要素があると思うんですが、俯瞰して見た時に、おおむねそれぞれの要素、空間がきちんと譲り合っている。
中村 螺旋階段の幅が上にいくほどグーッと絞られていくので、それを通り抜けて2階にあがった時の開放感は、特別なものがありますね。普通にあがってしまったら、この胸のすく開放感は味わえないんじゃないですか。そうした、空間体験によって生じる感覚については、計算ではないけど、想像をしながら狙っていたことでした。巻貝のかたちに則っているからこそ、きっと生物の感覚に訴える何かがあるんですよ。ヤドカリが閉じこもっているようなね。
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・職人たちとの暗黙の了解。
皆川 見どころはたくさんあるんですが、「中村さん、本当にそこまでやるんですか?」というディティールが、各所にあります。しっかりとしたキッチンがあり、流しの下の収納の扉も、壁にあわせてR(曲面)になっている。二階のベッドルームには洋服をかけるフックまであったり、この屋根も、工務店さんが本当に綺麗に角のエッジを丸くしてくれている。展示物という目的を超えて、本当の宿のように作りこんでくれていることに感動するんですが、きっと職人がそうするということは、普段の中村さんとの長い付き合いが育んだ、暗黙の了解があるんですよね。「中村さんは、ここは丸くして欲しいんだろうな」という。
中村 2人で大阪の作業場に行った時に皆川さんから出たアイデアもたくさん盛り込まれています。フィボナッチを向かい合わせた形の楕円の窓もそうだし、2階のベッドルームも最初は板でふさがっていたんですが、皆川さんのアイデアで格子状にして2階の様子が見えるようにしたんですよ。上のベッドの横にある家具は、アアルトのですよね?
皆川 化粧台ですね。あれは、アルヴァ・アアルトの奥さんのアイノ・アアルトの作った古いものを置いています。他の家具も自宅からそのまま持ってきたものが多いですね。リビングのテーブルは《shell house》のために作ってもらったものですが、やはりフィボナッチ係数の組み合わせでできています。あとは、壁に飾っている陶版や木製の作品、銅板を使ったランプシェードは、この小屋に合わせてぼくが作ったものです。
中村 壁のレリーフはだまし絵というか、エッシャーのようですね。
皆川 壁に沿ってカーブした板に、立体的な絵を描いてみました。二次元の世界だけで成立する立体的な絵を、湾曲したキャンバスに描いてみるという試みです。これが、意外と面白かったんです。アトリエで作っている間は、スタッフたちから「なんで今ごろそれをやっているんですか…?」という空気も感じたんですが(笑)。こういうのも自分の表現として、今後やってみたいなと思いました。
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・いつか所員になりたいと…。
中村 こういう小屋を作るチャンスって日常的な仕事ではないんですよね。皆川さんからこうやってお題が出てきて、はじめて頭が働き出すんです。普段の仕事ではあんまり考えないようなことを、“じゃあどうするか”と、実現化を念頭において組み立てていく。そうすると、自分の中のどこかに潜んでいたアイデアが発掘されるというか、汲み出しているような感覚がありました。だからこの展覧会は、ぼく自身にとってすごく大きな経験だったと思っています。
皆川 ありがとうございます。“自分ではまったく答えが見えないんだけど、中村さんなら解決するんだろうな”という予感がありました。中村さんの普段の住宅の仕事を見ていると、一軒一軒のキッチンひとつをとってみても、いつも空間の作りかたに見事な工夫があるんです。「今回はいったいどうやって解決されるんだろう?」という強い関心がありました。〈ミナ ペルホネン〉は、テキスタイル、ファッションからはじまりましたが、他のさまざまな分野のプロの方とつながりながら、だんだんと広がり、その過程でいろんな学びを得たり、新たなものが生まれていきました。出会いから新たな思考が生まれ、それが形になってゆく。そのことの可能性を、強く感じてきたと思います。
中村 たとえば今回の「巻き貝のように、外側が内側になっていく」というようなアイデアが出てきて、今度はそれを実現させるために、建築家が作り手とあれこれやり取りをしていく…。そんな風に、物事を進めていくんです。そういう頭の働き方って皆川さんの仕事にすごく似ているような気がするんですよね。皆川さんはいま「自分では答えが見えない」という風に言ったけど、皆川さんがもし建築家だったら、できるんですよ。絶対にできると思う。だから、やらないでくださいね(笑)。発想があって、それを具現化させるためのテクニックを引き出していくという、皆川さんのように頭が働くタイプのひとなら、絶対に建築家に向いている。だから、皆川さんが建築家でなくて、本当に良かったと思います(笑)。だって、相当手強いライバルになるわけじゃないですか。
皆川 いつか中村さんの〈レミングハウス〉の所員になりたいと思っていたんですけどね(笑)。中村さんとの出会いは9年ほど前ですが、年に1回ぐらいは一緒に海外に行っていて、あとはこの何年か続けて年末を中村さんのセカンドハウスで過ごさせてもらっていたり、とても親しくさせてもらっているんです。その中で思うのは、おそらく建築家としての中村さんの考え方と、ぼくのファッションやテキスタイルにおける考え方には、共通点があるんです。アイデアの次元というよりもそれ以前の、“どうやって・どういう暮らしがしたいか”という視点が似ている気がします。「こういう暮らしのために、こんなものを作りたいよね」ということ。建築とファッションなので、お互いに作るものはもちろんちがうのですが、どんな暮らしに向かうかという点は、とても近い。今回の小屋も、“過ごす場”としての空間なわけですから。そういった共通意識があるということは、とても重要だったと思いますね。
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・建築家の力を最も引き出す方法。
中村 皆川さんだったらどう考えるだろう、皆川さんだったらこうかな、ということは、一緒の仕事の時にはいつも考えます。
皆川 中村さんが住宅をつくる時、もちろん結果的には中村さんならではのスタイルになるんですが、常に「どんな風に暮らしていくんだろう?」ということを深く考えている、施主の暮らしを汲んだ上にあるスタイルだなって思うんですね。〈ミナ ペルホネン〉の保養所を作ってくださったとき、「社員のひとが泊まる場所にしたいんです」という、最小限の言葉だけでお願いしました。ぼくも中村さんが空間をどうやって作ってくれるんだろうということを楽しみにしたかったし、同時に、建築家の力を借りる一番の方法は、“任せる”っていうことだとも考えていました。
中村 そこのところ、もうちょっと大きい声でお願いします(笑)。もしこれが記事になる場合は、この部分をゴシック体でお願いします。
皆川 級数も、ちょっとあげる?(笑)。でも、実際にお任せしないと活きてこないんですよね。自分たちがどんな風に使いたいかを伝える義務はあるし、もちろん必要なんですけれど、それを踏まえてどうかたちにするかということは、建築家のひとに委ねる。そうすることで、出来あがるものが最大限になるとぼくは思っています。
中村 建築家の仕事ってね、煎じ詰めればね、“判断”することと“決定”することなんですよ。判断と決定に対して、設計料をもらっているんですね。だから、クライアントの側がどんどん決めてしまうと、判断することも減ってしまうし、決定することができないから、もったいないと思うんですよね。設計料を払うなら、建築家に判断と決定を任せないともったいない。経験もあるし、知識も技術も、あるいはセンスもあるでしょうから。委ねることではじめて、そのすべてを獲得できるわけです。
皆川 ただ、どなたに頼むかというところは…。
中村 そうなんです。建築家選びを失敗しちゃうと、悲惨ですからね(笑)
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