July 13, 2016 | Vehicle, Architecture, Design | Driven By Design | text: Hiroki Iijima photo: Tatsuya Mine
内装をデニム張りにしたフェラーリ・カリフォルニアTに乗って、札幌は中島公園前、閑静な通りに面した安藤忠雄建築へ。地元出身、渡辺淳一の文学館で作家の知られざる生涯に触れる。
館の内外ともにメンテナンスが行き届き、1998年開館というのが信じられないほど。安藤建築ならではの、打ち放しコンクリートの質感と魅力をじっくり味わえるはずだ。館内は大きなガラス壁によってたっぷり光が入り、壁面いっぱいに設置された書棚によって小ぶりな図書館のような印象を受ける。女性ファンの多い作家だっただけに、ここを訪れる人たちが渡辺淳一と一対一で向き合えるような親密さを巧みにつくっている。 数多くの人気作の生原稿の展示に加え、映画化、ドラマ化された作品の女優たちとのにこやかなスナップ写真が所狭しと飾られているのを見ると、華やかなことが好きだった作家の人となりが伝わってくる。80年の生涯で141作品を書き上げ、総計8600万部もの販売部数を記録した渡辺は、スタイルが良く社交好き、ゴルフもなかなかの腕前だったという。12気筒FRのクラシックフェラーリなどいかにもお似合いだったはずだが、クルマは専ら国産を愛用、高級セダンから実用車まで自ら運転するのを好んだそうだ。 今回は洞爺でフェラーリ・ジャパンのイベントがあったので、そこでカリフォルニアTを借り、あちこち巡りながら札幌に行った。以前イタリアの本社工場を訪ねたときが、ちょうど先代カリフォルニア登場のタイミングだったが、個人的にはフロントエンジンV8+オープンモデルは初体験。フェラーリオーナーの多くが「音がいいから」との理由で決断するというが、本当にこの鋭く、太い排気音は罪つくりな誘惑装置だ。森に囲まれた道でアクセルを踏み込んだ途端、その咆哮がこだまし、やがて吸い込まれていく感覚は贅沢極まりない。オートマでハンドルも軽めだから、これを運転できない人はいないはずだが、その実簡単には正体を現さないところがいい。探っていくと、どちらかというと辛口のクルマだということがわかってくる。その神髄に触れるまでには時間がかかるだろうし、それを楽しむのがクルマ道楽というものだ。テクノロジーが進みすぎた現代にも、クルマにこうして神話性を吹き込むことができるところがさすが、というしかない。