July 26, 2019 | Architecture | casabrutus.com
昨年、パリで開かれ、大きな話題となった石上純也の個展『Freeing Architecture』が上海に巡回してきました。新たな作品も加えてスケールアップした展覧会の様子をレポートします!
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami01_666.jpg)
2018年、パリの〈カルティエ現代美術財団〉で開かれた石上純也個展『Freeing Architecture』(自由な建築)が〈上海当代芸術博物館〉で開催されている。パリではあまりの入場者数の多さに会期を延長するほどだった。上海での個展はその巡回だが、今ロンドンで展示されている〈サーペインタイン・ギャラリー・パヴィリオン〉など新作が追加され、会場構成もパリとは大きく異なるものになっている。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami0201_666.jpg)
「ジャン・ヌーヴェルが設計したパリの〈カルティエ現代美術財団〉は庭の中に置かれたガラスの箱のような建物です。それにあわせて展覧会も庭の中を散策するような構成にしました。上海の会場はホワイトキューブなので、一部屋にひとつのプロジェクトを展示して、それぞれ異なる世界観や雰囲気を感じられるようにしています。部屋から部屋に移動するごとに、違う世界にジャンプする感じになると思います」
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami0301_666.jpg)
タイトルの「Freeing Architecture」「自由な建築」には次のような思いが込められている。
「50〜100年前の近代建築はマスプロダクション(大量生産)を前提としたひとつのプロトタイプ、ひとつの未来像を示そうとしていました。でも、さまざまな形で世界のあらゆる人とつながることができる現代では、異なる価値観や歴史、文化に対してできるだけ多くの解答を示すような、多様性のある建築を考えなくてはならない。そのためには既存の建築の考え方を一度はずして、自由なアプローチから考えるべきだと思うんです」
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami04_666.jpg)
会場に並ぶプロジェクトはそれぞれが “自由なアプローチ(方法論)” を体現する。たとえば19世紀のヴィラを増築するプロジェクト〈Vijversburgビジターセンター〉では、その周りにある散策路をそのまま建物の形にした。
「ここは歴史的地区で、既存の樹木を切ったりすることができない。そこで、元の散策路の形をトレースするような建物にしました。建物をできるだけ透明にするために壁はガラスにしています。ガラスの向こうの景色が透過して見えたり、反射して見えて、建物の中にいても外にいるような気持ちになれます。建築のプロジェクトでは同じ敷地ということはあり得ません。ということはいつも違う解答を探さなくてはならないのです」
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami06_666.jpg)
中国の山東省で工事が始まったカルチャーセンターは、人工湖の上が敷地という、これまた大胆なものだ。湖の直径はおよそ1キロ。建物もこれを横断しているので、長さが1キロほどになる。
「橋の上に浜辺をつくるかのようにして、建物を作ります。その “浜辺” を散策しながら展示物を眺められる。環境に合わせて、建築のスケールを超えた自然のスケールで建物を作りました」
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami08_666.jpg)
同じく中国で工事が始まった〈谷の教会〉は30メートルほどの高さの丘に挟まれた谷が敷地だ。
「谷のスケール感を超えたものにしたいと思いました。建物の入り口は幅1.3メートル、高さ45メートルと谷より狭くて高いものになります。訪れる人は谷の延長のような内部空間を進むことになります」
この教会には屋根はなく、太陽光も雨もそのまま中に入ってくる。入り口は狭いけれど、奥の礼拝堂に進むにつれて幅が広くなっていくので、入り口から奥を見ると光に導かれるような感じになる。壁がわずかに傾いているので、雨は壁を伝って落ちていく。谷の合間に、谷とは違う空間体験ができる場が広がっている。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami1001_666.jpg)
栃木県に昨年、完成したボタニカルガーデンアートビオトープ〈水庭〉は敷地に大小さまざまな160の人工池をつくり、その池の間に隣接するホテルの敷地にあった400本の木を移植するというもの。この「庭」は元は牧草地だが50年ほど前は水田であり、さらにその前は森だった。
「景色の歴史が積層したような庭です。普通、庭を造るときは木も石も外の環境から持ってくることが多いのですが、ここでは基本的に、ここにある環境を組み替えてつくりました」
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami11_666.jpg)
どの木をどこに移植するかは、木の高さや枝の広がりを実測して決めた。会場にはその “設計図” も展示されている。池は近くの川から水を引いて作った。地下に導水管があり、池から池に水が流れるようになっている。池と木が混ざり合う〈水庭〉は周辺の環境とも連続しつつ、自然のままではあり得ない景観を作り出す。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami13_666.jpg)
東京郊外の小住宅〈House with Plants (h project)〉では「内部環境のあり方を考えた」という。屋根が少し傾いた立方体をした家の中には、土がむき出しになった半屋外的なエリアがある。この土のエリアのうち一部は叩いて固め、残りは柔らかい土のままにしておく。叩いて固めた場所はダイニングやキッチンなど生活のためのエリアになり、柔らかいところには植物を植える。土を叩いて固める「三和土」(たたき)は日本に昔からある技術だ。
「古くからある建築の技術は、もともとのランドスケープを建築に置き換えていると考えることができます。この家の中はランドスケープの延長であり、かつ内部空間でもある、曖昧な空間なんです」
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami14_666.jpg)
コペンハーゲンに計画している、平和について考えるための施設〈House of Peace〉は海の上が敷地だ。クライアントはこの場所を埋め立て、その上に建物を建てるつもりだった。でも、そうすると元の環境を変えることになるし、コストもかかる。そこで石上は海中に杭をうち、その上に雲のような屋根をかけることにした。利用者はボートで屋根の下に入り、水面を漂いながら空間を体験できる。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami16_666.jpg)
このプロジェクトに限らず、雲は石上にとって特別な意味を持つ。シドニーに計画しているモニュメント〈Cloud Arch〉も雲がモチーフだ。
「みんな雲のイメージは共有できると思うけど、それぞれ異なった形の雲を思い浮かべているかもしれない、と思うんです。このモニュメントは空に雲を描くように作った。見る角度によって異なる景色が見えるモニュメントです」
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami17_666.jpg)
このモニュメントが建てられるのは街の中心部、歴史ある通りだ。これまで渋滞が激しかったこのエリアに車が乗り入れできないようにして、市民が散策を楽しめる広場にしたいと考えた。
「待ち合わせなどで見上げた人がこちらから見た形、あちらからの形、それぞれに違う形を記憶することになると思う。形は異なっていても、みんなの中で記憶を共有できる」
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami19_666.jpg)
〈サーペインタイン・ギャラリー・パヴィリオン〉は夏の間だけ、ロンドンに設置される仮設のパヴィリオン。毎年違う建築家が指名されるのだが、今年は石上純也が手がけることになった。このパヴィリオンは会期終了後に販売され、新しいオーナーの元に引き取られる。敷地が決まっていないという特殊な条件のパヴィリオンだ。
「この場所でも他の場所でも成り立つ建築を作ろう。そう考えて世界中どこにでもある、石を積み重ねる工法を選びました。イギリスの石と技術を使っていますが、世界のどこでも合います。ローカルであり、同時にグローバルな価値を持つ建築です」
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami21_666.jpg)
石上の建築はその軽さ、透明さ、並外れたスケールに目を奪われがちだが、彼は決して極端な形態を追い求めているわけではない。土地や人の記憶、空間を体験するときの人の身体や精神の動きといったものと建築がいかに関わるのかをさまざまな角度から考え、その結果出てきたのが、彼の唯一無二の建築なのだ。
![](http://casabrutus.com/wp-content/uploads/2020/07/0723ishigami26_666.jpg)