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青野尚子の「今週末見るべきアート」|田根剛が見せる、フランス近現代美術の70年。

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June 26, 2016 | Art, Architecture, Design | casabrutus.com | photo_Junpei Kato text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano

フランスの近現代美術史が一目でわかる。そんな展覧会が東京・上野で開かれています。会場構成は建築家の田根剛。美術史の流れだけでなく、一人ひとりのアーティスト像がくっきりと浮かび上がる仕掛けです。

右はジャン・プルーヴェ、左はロベール・マレ=ステファンの椅子。絵画や彫刻だけでなく、建築やデザイン、映画、歌まで展示されている。
とにかくスケールの大きいフランスの美術館。ポンピドゥー・センターも所蔵作品数11万点を誇るメガ美術館だ。『ポンピドゥー・センター傑作展』はその中から1年に1作品、1作家ずつチョイスして年代順に並べたもの。20世紀最大のアート・ムーブメントの一つ、フォービズムが始まった1906年からポンピドゥー・センターが開館した1977年まで、70点の作品が並ぶ。マティス、ピカソ、カンディンスキーらアーティストはもちろん、ル・コルビュジェやジャン・プルーヴェまで多彩な顔ぶれだ。
ル・コルビュジエの絵画。彼はスイス生まれだが、この展覧会ではフランス人またはフランスで活躍した人が対象になっている。
会場構成を担当した田根は、作品ごとにアーティストのポートレイトと、書物などから引用した彼らの言葉をつけた。

「知らない作家もいたので、どんな会場構成にするかリサーチしていたときに作家のパーソナルな面も面白いな、と思ったのがきっかけです。20世紀は激動の時代です。その時代の中でアーティストが何を考えてその作品を生み出したのかを知ってもらいたい。作品に出合うだけでなく、作家との出会いや対話を楽しんでもらいたいと考えました」
ジャン・デュビュッフェ《騒がしい光景》(1973年)。彼が電話中にボールペンで書いた落書きをもとにした「ウルループ」のシリーズの一つ。
会場では1年ごとに作品と作家のポートレイト、言葉とが一緒に見られるようになっている。この作家ってこんな顔をしていたんだ、こんなことを言っていたのか、と思うと親近感がわいてくる。一例を挙げるとこんな具合だ。

「美術作品は、植物にみのる果実、母親の子宮にいる子どものように、人間のうちにみのる果実である。」(ジャン・アルプ)

美術史というと◯◯主義とか◯◯イズムなどのムーブメントがよく登場するけれど、そもそもアーティストとはそんな枠からはみ出しがちなもの。個人としての作家にフォーカスすることで、美術史を違う切り口から見る試みだ。
1939年、アレクサンダー・カルダーのコーナー。「宙に浮かぶ天体に魅了されて、最初のモビールを制作した。」
田根はたとえば、マリー・ローランサンの言葉に意外な思いをしたという。

「もし私が他の画家と距離を感じているとしたら、画家たちが男性で、それが私にとって解き明かすことができない問題だからです。しかし、たとえ男性たちの才能に脅威を感じても、私は女性的なものすべてに申し分のない心地よさを感じるのです」というフレーズだ。

「自分が女性作家であることにこんな葛藤を抱いていたのか、と思いました。作品だけ見ていたのではわからないことが、こうして言葉が添えられていると作品自体の意味ももう少し違って見えてくる」
展覧会は赤い壁が立つロビー階からスタートする。
作品にアーティストのポートレイトとテキストをつける他に田根は、ロビー階、1階、2階と3つのフロアに分かれた会場をそれぞれ赤、青、白のトリコロールで塗りわけた。最初の展示室、ロビー階の会場入り口を入るとシックな赤い壁が出迎える。斜めの展示壁はポンピドゥー・センターのファサードにある斜めのエスカレーターから引用したものだ。
1階は「本のページを開いたような」空間構成。
1階に上がると、青く塗られたジグザグの壁が。このフロアは1935年のピカソの作品から始まる。

「この頃から、個人としての画家の存在感が強くなっていきます。そこで1年ごとに作品とポートレイト、言葉とを本の見開きのようなコーナーに配置して、見る人がアーティスト一人一人の世界に入り込めるようにしました」

青い壁は年ごとに色が少しずつ違う。こんなところにも作家は一人ずつ違うもの、という考え方が現れている。

ここでは1か所、何も展示されていない壁がある。その代わり、流れてくるのはシャンソンだ。1945年、第二次世界大戦のためにたくさんのアートやアーティストが消えてしまった。そのことが象徴的に表現されている。
中央の円形のテーブルにアーティストのポートレイトと言葉が、周囲に作品がある。
2階のテーマカラーは白。展示室には中央にポートレイトと言葉を書いた円形のテーブルがあり、周囲の丸い壁に作品がかかっている。

「グローバリゼーションを象徴する円をモチーフにしました。中央に立って周りを見渡すと、ポンピドゥー・センターの上層階からパリの街を見渡すように、この時代のアートの様子が俯瞰できます」

ここでは言葉と作品とに少し距離がある。作品が作家から離れて一人歩きする、そんな様相を象徴しているのだ。
ピカソ《ミューズ》(1935年)。モデルは当時の愛人、マリー・テレーズと言われている。ピカソは当時、妻オルガとマリー・テレーズの間で苦悩の日々を送っていた。
田根は作品の選定には関わっていないが、「多くのコレクションの中でもいい作品が選ばれていると思います」と田根は言う。

「とくにピカソの《ミューズ》はすごいですね。画面をよく見ると、かなりの量の油絵の具を使って、すごい力でぐいぐいと塗りたくっている。作品というのは本人の手からしか生まれ得ないものですが、この絵には力技というか、強いエネルギーが感じられます。ピカソの中で何かあったんだろう、と思っていたらあとで、この絵は彼の人生の節目に描かれたものだと聞きました。ピカソはこのあと絵が描けなくなって、2年ほど詩作に専念しています。この絵には彼の精神をぶつけているとしか思えない」
展覧会を締めくくるポンピドゥー・センターの模型。庭の人々が楽しそうです。
展覧会は1977年に開館したポンピドゥー・センターの模型と工事中の映像、建築家のリチャード・ロジャース、レンゾ・ピアノらが登場して幕を閉じる。ロジャースはかつて「僕が作りたいのは”凍れる音楽”ではなく、ジャズかポエムのような建築だ。即興やパフォーマンス、変容といった要素を内包する建築を目指している」と語ったことがある(展覧会では別の言葉が引用されている)。ポンピドゥー・センターの展示室には最先端のアートが並び、その前の広場ではさまざまなパフォーマンスなどが行われてきた。ミュージシャンが観客の反応で曲の構成を変えていくジャズのように、ポンピドゥー・センターでもアーティストが観客や時代の流れに呼応して常に新しいものを生み出してきた。その70年を振り返る、東京でそんな贅沢な体験ができる展覧会だ。
ショップのポストカード売り場も田根のアイデアによるもの。ポンピドゥー・センターのファサードを引用したトリコロールの斜めの壁に注目。

ポンピドゥー・センター傑作展 ―ピカソ、マティス、デュシャンからクリストまで―

〈東京都美術館〉
東京都台東区上野公園8-36
TEL 03 5777 8600。〜9月22日。月曜休。9時30分〜17時30分(金曜〜20時、8月5〜6日、12〜13日、9月9〜10日は21時まで)。1,600円。公式サイト

青野尚子

あおのなおこ ライター。アート、建築関係を中心に活動。共著に「新・美術空間散歩」(日東書院本社)。西山芳一写真集「Under Construction」(マガジンハウス)などの編集を担当。

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