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山下めぐみのロンドン通信|槇文彦をロンドンで直撃。90歳の巨匠が次世代に伝えたいメッセージとは?

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October 16, 2018 | Architecture, Travel | casabrutus.com | text_ Megumi Yamashita

GoogleやFacebookビルの建設も決まっている、ロンドンの大再開発地区キングスクロス。その真ん中にオープンしたのが、アガ・カーンを教主とするイスラム教イスマイリ派の教育文化施設〈アガ・カーン・センター〉だ。この建築を手掛けた槇文彦とプロジェクトを担当した亀本ゲイリーに、現地にて話を聞く機会を得た。

アガ・カーン・センター内の「ガーデン・オブ・ライト」を背景に、槇文彦(左)とプロジェクトを担当した亀本ゲイリー(右)。

9月の中頃、ロンドンでは毎年「オープンハウス」というイベントがある。通常は非公開の政府の建物やオフィス、建築家のスタジオから一般住居まで、2日間で800余りの物件が一般公開になるという人気の恒例行事だ。

折しも、この日はこの行事の只中で、6月にオープンしたばかりの〈アガ・カーン・センター〉の前にも長い行列ができている。館内ロビーで、この建物を設計した槇文彦とこの物件を担当した亀本ゲイリーが迎えてくれた。90歳というご高齢、日本からの長旅の直後にもかかわらず、時間を割いてくださった。

「アガ・カーン建築賞の審査員を勤めたのが、最初の出会いでした」。福祉や文化の支援者で、現代建築への理解も深いアガ・カーンとの出会いを、槇はそう振り返る。その縁で設計を依頼されたカナダの〈イズマイリ・イママット記念館〉(2008)、〈アガ・カーン・ミュージアム〉(2014)に次ぎ、今作は3作目となり、カーンと槇の深い信頼関係が感じられる。

アガ・カーン・センターの図書室にて。長旅の疲れも見せず語ってくれた槇文彦。

「ヒズ・ハイネス(英女王から授与されたアガ・カーンの敬称)は、外観はモダニズムであなたの好きなようにおやりなさい、でも内観にはイスラムのアンビエンスが感じられるようにと。なので、とてもやりやすかったです」

10階建ての建物は白い石のファサードで覆われ、確かに槇建築に共通するモダニズム感。 中に入ると中央が大きく吹き抜かれ、天窓から光が差し込む開放的な空間だ。ガラスに転写されたイスラムのモチーフを透過して入る光が、表情豊かな陰影を映す出し。

美術大学、集合住宅、オフィスなどに囲まれた旧鉄道関係施設の再開発区にある。
中央が9フロア吹き抜かれたアトリウム。ロンドン在住のパキスタン出身アーティスト、ラシード・アライーンの作品が彩る。

「壁で囲みながら、中には生命を宿すオアシスとなる中庭などがある、というのはイスラム建築の原型です。カナダの物件も同様、イスラム性はモチーフなどより、空間構成で表現しています」と亀本は説明する。 館内には〈アガ・カーン財団〉、〈アガ・カーン大学〉、〈イスマイリ研究所〉の3つの組織が入居する。

部外者には、やや謎めいて映るイスラム教の一派だが、人種・宗教・政治信条などの平和的共存を容認する多元主義がその特徴の一つ。だからこそ他文化との交流の拠点になるよう、ロンドンの真ん中の商業施設に隣接した場所が選ばれたようだ。テロの標的にもなりうるなか、建築面でも「できる限りオープンであることを目指した」という。

その一環で、館内には大小6つのイスラム式ガーデンが散りばめられている。それは瞑想の場であり、交流の場。都会の真ん中の静寂なオアシスだ。一般の人も 、館内ツアーに参加すれば、見て回ることができる。案内を務めるのは学生や教授陣で、まさに建築を通しての文化交流になる。建物の向かいには、一般に解放されるガーデンも来年完成になる。

天井にイスラム装飾が施され、中央に小さな噴水がある「ガーデン・オブ・トランクイリティ」。

これまでも「建物より広場が大切である」と発言してきた槇。彼の代表作で1969年から30年間掛けて段階的に作られてきたある代官山のヒルサイドテラス、近作の東京電機大学千住キャンパスなど、人が集まる「ヒューマンな環境を作ってあげたい」という思い。それが今回、モダニズムとイスラムの融合、という形で表現されている 。

この日はオープンハウスということで、館内にはたくさんの見学者であふれていた。「素晴らしい建物をありがとう」「一緒に写真を撮っていいいいですか?」など、槇の存在に気づいた人たちから、次々声が掛かったことも印象的。実はロンドンでは、これが初めての日本人建築家による恒久的な建物になる。

今回、槇の訪英の目的の一つは〈ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ〉での講演会。この翌日に行われた講演会にも、メタボリズムの提唱者の一人で、伝説の建築家と言える槇の肉声を聞きたい、と多くの建築関係者が集まった。これまでの代表作などを振り返った後、槇が講演の最後に語り掛けたのは、「無償の愛」についてだった。

「マドリッドのオペラハウスの前の広場で、中で上演されているドミンゴが歌う様子をたくさんの人がスクリーンで観ていました。タダでドミンゴが聴けるってすごいなと。そこから、文化とは無償の愛なのでは、という思いが浮かんだのです」。

高級マンションからの眺めは素晴らしいが有償。それに対して、誰しもが自由に利用できる広場は無償ということだが、いずれも「愛」があるから、愛されるものができるということか。

モダニズムを継承しながら、建築、都市計画の両面から建築界を長らく先導、日米で教鞭も取ってきた槇。イスラム教からユダヤ教まで、まさに多元主義的に各タイプの建築も手がけてきた。

「私たちは無償の愛を元に、行動を考えていくべきではないでしょうか」。

深い人生経験から発せられるその言葉に、会場は感動に包まれた。

〈ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ〉での講演会で、Unconditional Love = 無償の愛について語る槇文彦。

槇 文彦

1928年東京生まれ。東大工学部建築学科を卒業後、クランブルック美術学院、ハーバード大学大学院を終了。65年 槇総合計画事務所を設立。プリツカー賞(1993年)高松宮殿下記念世界文化賞(1999) 、AIAゴールドメダル(2011)など受賞多数。

〈Aga Khan Centre〉

10 Handyside Street, London N1C 4DN。1階のギャラリーでは1イスラム庭園に関する展覧会を開催中。10時〜17時(土日休)入場無料。館内ツアーは月曜と木曜の3時より。要オンライン予約。

山下めぐみ

ロンドンに暮らしてはや25年。『カーサ ブルータス』などに建築&デザイン関係の記事を寄稿する。これまでインタビューした建築家らに一筆願ったサイン帳が自慢。死ぬまでに見たい建築(通称シヌケン)など、ケンチクを巡るタビを企画提案するArchitabi主宰。

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