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名建築に香る舘鼻則孝のアート。|青野尚子の今週末見るべきアート

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September 13, 2018 | Art, Architecture | casabrutus.com | text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano

木子七郎・内藤多仲・今井兼次。3人の名建築家が関わった知る人ぞ知る築91年の洋館で舘鼻則孝の展覧会が開かれています。香りをテーマに建築と舘鼻作品がコラボレーションする、週末3日間だけの展示です。

「源氏香の図 蒔絵香炉」。石川県輪島市の伝統工芸士の手によって仕上げられた。2階に展示されている。

〈Kudan House〉は新潟県長岡市出身の豪農であり、実業家の山口家5代目の山口萬吉の邸宅だった住宅。最近まで居住していたこともあり、長年非公開だったが、この9月から会員制シェアオフィスとして活用されることになった。その本格的な運用に先立って9月14〜16日の3日間、舘鼻則孝の個展『NORITAKA TATEHANA RETHINKー舘鼻則孝と香りの日本文化ー』で一般公開される。

源氏香をモチーフにした作品。ドナルド・ジャッドなどミニマリズムのアートを思わせる。

この個展は2017年夏に表参道ヒルズで開かれた『舘鼻則孝 リ・シンク展』に続くもの。芸大で花魁の研究に携わり、友禅染めを学んだ舘鼻は「ヒールレスシューズ」など、花魁のファッションを現代に置き換えた作品を制作している。今回は1705年創業の香の老舗「松永堂」とのコラボレーションで、「香り」にまつわる彼の作品と「松永堂」が所蔵する資料が並ぶ。

2階和室の床の間に展示されたヒールレスシューズの新作《Lady Pointe》。バレエシューズがインスピレーション源になっている。

たとえば地下1階にインスタレーションされたミニマル・アートのような幾何学的オブジェは「源氏香」という紋様に基づくものだ。「源氏香」とは5本の線を引いておき、5種類の香りを聞いて(嗅いで)、5本の線のうち同じ香りだと思ったものの頭を横線でつないでできるパターン。全部で52種類あり、源氏物語の全54帖のうち2巻から53巻までの巻名がつけられている。2階に置かれた《源氏香の図 蒔絵香炉》はその源氏香の紋様をあしらった香炉。背後に煙や香りをイメージしたオブジェが置かれている。

東京藝術大学の卒業制作で誕生したヒールレスシューズ。壁の装飾も舘鼻によるもの。革で雲のイメージを表現している。舘鼻にとって雲は天と地、神と民などの境界を表すものなのだそう。

この個展では舘鼻のアイコンとも言える、さまざまなヒールレスシューズが並ぶ。2階の和室の床の間にあるのは最新作のバレエシューズだ。1階ベランダのアーチや室内にしつらえられた噴水の背景には舘鼻が革でグラフィックワークを施した。91年前に建てられた洋館と舘鼻のアートが密接に絡み合う。

地下1階に展示されたヒールレスシューズ。

建物の中では3ヶ所で松栄堂が調香した香りが漂う。この空間にあわせて舘鼻と松栄堂とで選んだものだ。2階の和室では聞香(もんこう)体験もできる。香木を熱してその香りを楽しむ優雅な遊びだ。香木は同じ種類の木でも1本ずつ香りは異なるのだそう。また同じ香木でも湿度や、その香りを聞く人の体調によって香りが変わる。2階の他の部屋では香木や調香のための道具、ガレが日本の香炉にヒントを得て作ったガラス器など、松栄堂の貴重なコレクションが展示されている。

エミール・ガレが日本の香炉からインスピレーションを得てデザインしたガラス器。
地下1階の金庫室に展示された《カメリア・フィールズ》。椿は花びらが散らずに首から落ちるため、侍の死に際にふさわしいとされた花。
階段下のスペース。元噴水の背後には革を使った舘鼻の作品が。台座の上の金色のどくろは舘鼻自身の頭蓋骨をスキャンし、富山の鋳物職人に作ってもらったもの。

〈Kudan House〉の建築も見逃せない。設計者の木子七郎は1884年東京生まれ、〈愛媛県庁舎〉、〈旧久松伯爵別邸〉(現・萬翠荘、愛媛県)などの設計を手がけている。内藤多仲は〈東京タワー〉や〈通天閣〉を設計、別名「塔博士」と呼ばれた耐震構造設計の先駆者。今井兼次は〈日本二十六聖人殉教記念館〉などの作品がある表現主義建築の名手だ。〈Kudan House〉は木子が主なデザインを、内藤が構造を、今井が助手という役割分担で作られたと思われる。

1階ベランダ。右側に半円形の窓が、床にはスクラッチタイルが貼られている。

〈Kudan House〉が建てられたのは関東大震災のすぐ後。そのため、施主の山口萬吉は「地震に強い建物を」と依頼した。内藤は鉄筋コンクリートの壁で建物を支える壁式構造を採用する。この家の前年に完成した自邸が日本で初めての例となった、当時最先端の構造だ。

大きなかんざしのオブジェ(左)。半円形の窓や、その下の飾り窓の意匠も面白い。

スパニッシュ・スタイルと呼ばれる建物の意匠は木子によるものと見られる。四角形を基本に白っぽい壁で仕上げた、どちらかというとすっきりしたデザインだ。が、中に入るとアーチ型のドアや窓、アール・デコ風の装飾を施した階段の手すり、モザイクタイルや寄せ木細工の床など、愛らしいディテールがあちこちに顔を出す。部屋は全体に小ぶりな作り。ヒューマンスケールが心地いい邸宅だ。

小さめの窓や短い軒がスパニッシュ・スタイルの特徴。

この建物は前述した通り、長い間、非公開だったもの。建築史研究者もなかなか入ることができなかったという貴重な住宅建築だ。その空間に、日本の過去と現在の美意識をつなぐ舘鼻のアートと香りが絡み合う。会期はわずか3日、万難を排して出かけるべき展覧会だ。

アーチの向こうにアール・デコ風の階段が。
この家にはもう一つ階段がある。こちらには木の手すりがつけられている。
舘鼻則孝 たてはなのりたか 1985年、東京生まれ。シュタイナー教育に基づく人形作家の母の影響で幼少期から制作に親しむ。ヒールレスシューズをレディー・ガガが着用したことで名を知られるように。展覧会のほか、人形浄瑠璃文楽の舞台『TATEHANA BUNRAKU : The Love Suicides on the Bridge』の監督も。

NORITAKA TATEHANA RETHINK―舘鼻則孝と香りの日本文化―

〈Kudan House(旧山口萬吉邸)〉 東京都千代田区九段北1-15-9。9月14〜16日。11時〜19時。

青野尚子

あおのなおこ ライター。アート、建築関係を中心に活動。共著に「新・美術空間散歩」(日東書院本社)。西山芳一写真集「Under Construction」(マガジンハウス)などの編集を担当。

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