May 20, 2016 | Architecture | casabrutus.com | text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano
〈直島ホール〉で話題の建築家、三分一博志。瀬戸内を拠点に活動する彼の個展が東京で開かれています。“動く素材”を使って建築をつくる、彼の方法論に迫ります。
建築といえば鉄やコンクリートなど“動かない素材”でつくるもの。でも三分一博志は“動く素材”と一緒に建築をつくるのだという。“動く素材”とは風や水、太陽のことだ。そのことが体感できるのが、会場の中庭につくられた“水庭”だ。水が張られた庭に吹流しが立ち、透明な箱が置かれている。 「都心ではわずかな風だと感じることができないかもしれませんが、吹流しを見ると風の方向や強さがわかります。透明な箱はガラスとアクリルの二種類。それぞれ違う波長の光を通すので、内部の温度が変わり、水滴のつき方などが変わります」箱は、私たちが住んでいる地球の表現でもあると言う。
「私たちは地球という小さなケースの中で、動く素材を共有して生きている。そのことを実感して欲しくて、このインスタレーションをつくりました」 今回、個展のタイトルになっている“動く素材”である「風、水、太陽」の中でも、三分一は特に水に強い関心を寄せている。
「水ほど興味を惹かれる素材はありません。水は太陽という自然の力だけで、地球上で固体・液体・気体の三態をとるという珍しい性質を持っています。水は太陽の熱で温められて水蒸気になり、地上から空に昇っていく。つまり、太陽は1000mも水を持ち上げるポンプなんです。私たちはこんな“動く素材”の関係性の中で暮らしています。また、“動く素材”があるから環境のバランスが保たれる。建築はこのことを大切にすべきだと考えています」 三分一がこう考えるようになった背景には、日本古来の知恵でつくられた建築がある。広島出身の彼は宮島を身近に見て育った。
「満ち引きする潮の中に建つ建築が1000年たっても大切にされている。“動く素材”にあわせた建築を見て育ったことが、私の建築に影響したと思います」 彼が設計する建築では“動く素材”を取り込むために、三分一はたっぷりと時間をかけてリサーチする。〈直島ホール〉では風向きと建物との関係を調べるため、回転する1/6スケールのモックアップ〈風と水のコックピット〉をつくり、向きを変えながら実験を繰り返した。また、屋根に井戸水を流して温度を下げる仕組みも取り入れている。
「水が気化することで空気より軽くなり、同時に熱を奪って温度を下げてくれます。こういった“動く素材”の循環を理解して、そのバランスの中で建築がどうあるべきかを考えなくては」 六甲山に作った展望台〈六甲枝垂れ〉では周囲の樹氷のつき方をリサーチしている。
「水が気体から、液体の段階を飛ばして固体になる現象である樹氷には以前から興味を持っていました。また樹氷ができるかどうか、どんな形になるかには温度や湿度はもちろんのこと、樹種、枝の太さ、風向きや風の強さなどが複雑に絡み合っています。気温がマイナスでもできないことがあるし、さまざまな要素の関係性が大切です」
そこで敷地に原寸のモックアップを設置、枝のような構造体に着氷するかどうかを実験した。そこでうまくいく、との確信を得て建設に至っている。展望台を訪れる人は、六甲の街を見下ろしながら水の循環や変容を間近に感じることができるのだ。 かつての銅の製錬所跡を美術館にした〈犬島精錬所美術館〉では太陽熱によって空気を動かし、引き込んだ外気温を下げるために地熱を利用した。地熱は年間を通じて安定していて、夏は涼しく、冬暖かい。展覧会の会場では温度計を持って中に入っていく映像が上映されていて、酷暑の夏でも中に入るとすぐに気温が下がっていくのがわかる。 〈直島ホール〉で集落の風の向きと住宅の間取りを調べた三分一は、それぞれの住宅が自分の家に風を通すだけでなく、そのことによって風下の家にも風が通るように工夫されているのに感銘を受けた。
「自分のためだけでなく、風下の家にも風を通すようにする、その在りようが美しい。〈直島ホール〉はその風の価値を目に見える形にして、“動く素材”を適度な早さで動かすことを心がけました。こうしてその場所に根ざした“動く素材”を浮き彫りにして、次の世代に伝えていくことが私の仕事だと思っています」