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コルビュジエが嫉妬した? 建築と映画が語る、アイリーン・グレイとの愛憎劇。

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October 5, 2017 | Culture, Architecture, Design | casabrutus.com | text_Naoko Aono editor_Keiko Kusano

アイリーン・グレイの設計なのに、長年「ル・コルビュジエ設計」とされてきた家が南仏にあります。なぜこんなことが? 映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』にはモダニズム建築の巨匠が抱いた、才能ある女性への賞賛と嫉妬が描かれています。

アイリーン・グレイ役のオーラ・ブラディが座る椅子はグレイの代表作〈ビバンダム〉。タイヤメーカー、ミシュランのキャラクターから命名された。

建築好きなら南仏カップ・マルタンにあるル・コルビュジエの休暇小屋〈キャバノン〉のことは知っているだろう。そのすぐ近くにある〈E. 1027〉もル・コルビュジエの設計とされてきた。でも、この家の本当の設計者はアイリーン・グレイという女性デザイナーだ。『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』は、彼女の最高傑作と目されるこの別荘を舞台に繰り広げられる。クリエイター同士の愛憎渦巻く人間ドラマを追った映画だ。

今見てもモダンな〈E.1027〉。1929年に完成した。

アイリーン・グレイは、1878年アイルランド出身。上流家庭に生まれたが、保守的な社会になじめず、20歳で絵を学ぶためロンドンに向かう。1906年からフランスを拠点にプロダクト・デザイナーとして活躍、パリに店も構えていた。初期の作品はアール・デコ様式とも言えるが、次第にミニマルかつシンプルな作風に移行する。それはル・コルビュジエが目指したモダニズム建築の理想そのものだった。

アイリーン・グレイが自分のために1934年に建てた家〈テンペ・ア・パイア〉のテラス。
黒漆のテーブルに向かうグレイと恋人のジャン・バドヴィッチ。グレイはフランスで日本の工芸家、菅原精造から漆工芸を学んだ。

1926年、グレイは恋人の建築ジャーナリスト、ジャン・バドヴィッチのために〈E. 1027〉を設計する。40歳にして独学で建築を学んだ彼女が、建物はもちろん、インテリアや家具も手がけた空間だ。それはル・コルビュジエが提唱した「近代建築の五原則」を先取りするものだった。ピロティや自由な平面、連続する水平窓といった要素が実現されていたのだ。ところが、1938年、ル・コルビュジエは彼女の許可なく、勝手に壁画を描いてしまう。グレイは激怒、二人の亀裂は決定的なものになった。

〈E.1027〉に描いた壁画の前のル・コルビュジエ。彼には悪気はなく、グレイの作品をより美しく彩りたかっただけなのかもしれない。

この映画の監督、メアリー・マクガキアンもグレイと同じ、アイルランド出身の女性だ。彼女は2009年のクリスティーズのオークションをきっかけに、アイリーン・グレイに興味を持つようになったという。その前年に他界したイヴ・サンローランとピエール・ベルジェのコレクションのオークションで、椅子としては当時史上最高額で落札されたのが、アイリーン・グレイのデザインした、通称「竜の肘掛け椅子」だったのだ。

手前の長椅子〈ピローグ〉は帽子デザイナー、シュザンヌ・タルボットのアパルトマンのためにデザインしたもの。奥のソファもタルボット邸に置かれていた。

「私の祖国では1920年代、イングランド系の女性たちの中にとても自立した人々がいました。その一人がアイリーン・グレイです。また私自身、モダニズムやミニマリズムに興味があり、彼女の映画を撮りたい、と思いました」とマクガキアンは言う。

グレイの家具が置かれた〈E.1027〉の室内。

映画は実際の〈E. 1027〉でもロケが行われている。撮影にあたって内部は修復され、家具も一部、復元された。

「〈E. 1027〉に初めて足を踏み入れたとき、穏やかで喜びに満ちた空間だと感じました。この別荘からはたくさんのインスピレーションを得ています」(メアリー・マクガキアン)

アイリーン・グレイのデザインしたラグも人気だった。 Manufacturer ClassiCon, authorised by The World Licence Holder Aram Designs Ltd.,London.
ル・コルビュジエの壁画とグレイの家具が並ぶショット。

グレイが活躍した20世紀初頭は女性の社会進出が進んだものの、まだまだ女性蔑視の風潮も強く残っていた時代だ。マクガキアン監督は今もその傾向はあるという。

〈E.1027〉が見える海岸を散歩するグレイとバドヴィッチ。

第二次世界大戦後、〈E. 1027〉は荒れ果ててしまう。この家をル・コルビュジエは常に気に掛けていた。1956年にジャン・バドヴィッチが没し、その後競売にかけられるとル・コルビュジエは知人の女性にこの家を購入させる。映画の冒頭では新しい所有者となった女性がグレイの家具を捨ててしまうのを「価値がわからないのか」と怒るル・コルビュジエの姿が描かれる。それに先だって1951年には〈E. 1027〉が見える場所に休暇小屋〈キャバノン〉を建て、足繁く通っていた。そこには目の前の海で泳ぐだけでなく、〈E. 1027〉への執着ともいえる思いが垣間見える。ル・コルビュジエが〈E. 1027〉に描いた壁画はエロチックなものだった。グレイが激怒したのはそのためでもあるだろう。

人の家で我が物顔でくつろぐル・コルビュジエ。

グレイ作品のコレクションでは世界一と目されるアイルランド国立博物館のジェニファー・ゴフさんはこの映画や、グレイのドキュメンタリー映画『Gray Matters(原題)』にも協力している研究者だ。『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』について彼女は言う。

「もしアイリーン・グレイが今、この映画を見たら〈E. 1027〉がきれいに修復されて紹介されているのを喜ぶと思います。しかし、自分の私生活が詳細に描かれているのを良しとはしないでしょう。彼女は亡くなる時、他人に渡した資料などはすべて燃やしてしまうよう依頼していました。そのことがグレイの研究を難しいものにしています。処分するのをためらった人がいるおかげで、私たちの研究も進んでいるのですが」(ジェニファー・ゴフ)

〈E. 1027〉は現在、フランス政府機関の所有となり、〈キャバノン〉などともに一般公開されている。アイリーン・グレイとル・コルビュジエ、二人の作品を比べるだけでなく、間にあった複雑な感情や彼らの個性を想像しながら映画や建築を鑑賞するのも一興だ。

休暇小屋〈キャバノン〉内部のル・コルビュジエ。1965年、彼はこの小屋と〈E.1027〉がある海で心臓発作を起こし、死去する。
10月14日公開『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』

『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』

監督・脚本:メアリー・マクガキアン、出演:オーラ・ブラディ、ヴァンサン・ペレーズ、ドミニク・ピノン、アラニス・モリセット。108分。10月14日よりBunkamuraル・シネマ他にて全国順次公開。 (c)2014 EG Film Productions / Saga Film (c)Julian Lennon 2014. All rights reserved.

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