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【インタビュー】建築家・藤森照信が、アートピースになりうる椅子を発表!

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February 2, 2025 | Design, Architecture | casabrutus.com

建築家、藤森照信の椅子〈ふじもり椅子〉が買えるかも? 藤森と木との出会いから生まれた唯一無二の、アートピースのような椅子です。

《脱NW椅子》に座る藤森照信。座る人と一体化する椅子だ。

建築史家として頭角を表し、1991年に〈神長官守矢史料館〉で建築家としてデビューした藤森照信。その後も屋根に草の生えた住宅や樹上に浮かぶ茶室など、独特すぎる建築を生み出してきた。その彼が、一般販売を行う家具としては初めての椅子を発表。一つひとつ手作業で作られる、すべてがユニークピースとなる椅子だ。これらの椅子はプレコグ・ギャラリー代表の安藤夏樹の企画から生まれた。藤森のスケッチや指示に基づいて、椅子作家・木工作家の川本英樹が制作する。

今回発表された椅子は5タイプ。《きもの椅子》は〈茶室森山庵〉のために作った椅子。四角い座面の小ぶりなスツールだ。

《きもの椅子》。木材の表面に削り痕を残す座面の「なぐり」などディテールはそれぞれ異なる。
《きもの椅子》に腰掛ける藤森。「和服でも腰掛けやすいでしょ」
木を愛でるようにつけられた手の痕が温かい。

「立礼式のお茶席のとき、和服で動きやすいように回転するスツールを作りました。材は柏です。柏は柏餅に使われる以外、ほとんど使われることのない木で、この椅子に使ったのは神社の御神木が倒れてしまったのをもらってきました。樹皮と白太(しらた=木材の白い部分)がくっついている貴重なものです。大抵は樹皮が取れちゃうので」(藤森)

《バタフライ椅子》は中心から2枚の背板が広がっている椅子。背の中心に並ぶ2列の小さな四角は板を留めた釘穴を隠しているのだが、色が白いのでかえって目立つ。

《バタフライ椅子》を背から見たところ。言われてみればなるほど虫っぽい。
前から見た《バタフライ椅子》。使用した木は栗。
「海外での仕事で協働した建築家の高柳真之介がデザインし、川本が制作した椅子の背板がふたつに分かれた形式に想を得ている」(藤森)

「普通はビスやタボ(木材を留めるために使われる釘状の木)の穴は隠しますが、別に隠す必要はないと思っているので、見せるようにしました。私は椅子は前から見るものだと思っていたのですが、プレコグ・ギャラリーの安藤さんが『椅子って後ろから見るものだと思う』って言ったんです。確かに、誰かが座ってしまうと前からは椅子が見えない。この椅子は『後ろ姿』が虫みたいだな、と思って《バタフライ椅子》と名づけました。カマキリみたいという人もいますが、虫の中で蝶が一番いいと思ったので」

今回のお披露目椅子のながでも藤森が特にお気に入りが《きょうだい椅子》だ。

二人仲よくくっついた《きょうだい椅子》。一つずつばらばらに使うこともできる。
後ろ姿も可愛らしい。

「2脚の椅子をくっつけてもいいし、離してもいい。これは兄と妹なんです。右の、妹のほうは靴を履いているでしょ」

《脱NW椅子》というちょっと変わった名前の椅子もある。Nはジョージ・ナカシマ、Wはハンス・J・ウェグナーの頭文字だ。

柏と栗で作られた《脱NW椅子》。
中央は藤森の《脱NW椅子》。右のウェグナーの椅子と左にナカシマの椅子に挟まれて藤森の椅子を展示。
「広葉樹が秘める“自然力”を過剰なまでに発露させた」(藤森)

「どちらの先輩(ジョージ・ナカシマ、ハンス・J・ウェグナー)も木の椅子の作り手の極致だと思うのですが、作っているものはまったく違う。ウェグナーは主に広葉樹を使った、きれいに整った椅子を作る。ナカシマは自然の木の割れや肌を部分的に活かしていて、私の椅子に近いと思います。この二人のイニシャルに『脱』とつけましたが、決して否定をしているわけではなく、素晴らしい先輩方へのリスペクトとして、この名にしました」

四本の脚は四股を踏むように踏ん張っている。座面は回転式で、肘掛けがテーブルより低くなるようにデザインされている。椅子を引かなくてもスムーズにテーブルにつける工夫だ。

今回発表された5種の中で最も希少なのが《箱イス》だろう。黒い模様が個性的なこの椅子には「黒柿」という材が使われている。

黒柿を使った《箱イス》。〈神勝寺 禅と庭のミュージアム〉の〈松堂〉のために初めて川本英樹と組んで制作した椅子を元に、今回大きく発展させた。
《箱イス》に補強のため組み合わせた山桜には白い筋をつけた。

「黒柿というのはすごく特殊な木材で、柿の木にバクテリアが入って色が黒くなったものなんです。何百本、何千本に1本ぐらいしかないのですが、製材所にたまたま腐りかけて転がっていたのを拾ってきました(笑)。乾燥する前の黒柿は発泡スチロールかと思うぐらい弱いので、山桜で裏打ちして構造的に強い箱椅子にしています。そのままだと山桜がキレイすぎて合板のように見えてしまうので、白い筋をつけました」

藤森はこれまで、自身の建築にはそれに合わせて家具を制作してきた。すでに世に出回っている家具は「精度が高すぎる」のだという。

「もちろん精度は必要なんだけど、精度を突き詰めすぎるのはあまり好きじゃない。もっと自然の荒々しさが感じられるようなものでないと」

藤森の建築は縄文を標榜している。そこに20世紀のテクノロジーをつめこんだクールな家具というのは確かに似合わなそうだ。藤森が最初に、建築に合わせた家具を考えたのは自邸〈タンポポハウス〉だった。その時はラタンの家具をデザインして制作してもらったのだが、100パーセント満足のいくものではなかった。これは自作するしかない、と考えた彼は赤瀬川原平邸〈ニラハウス〉では自らチェーンソーを振り回して椅子を作る。

「これが案外気に入ったので、以来、椅子は自分で作ろう、と。そうこうするうちに〈神勝寺 禅と庭のミュージアム〉の〈松堂〉で椅子が必要になって、私のゼミにいた川本さんが家具工場に就職していたので、社長の許可をもらって彼に作ってもらったんです」

川本はその後独立、藤森の家具は川本が作ることになった。制作は藤森が描いたスケッチをもとに進められるが、途中でどんどん変わっていき、出来上がったものがスケッチとは似ても似つかぬものになることもあるという。そんな藤森の家具でもっとも重要なのは材となる木だ。木材は生き物なので、それぞれ個性がある。

「基本、どのようなひどい材でも使ってみせる、という気持ちでやってます。どんな木でも見どころがある。他の人なら捨ててしまうような材の方がやる気が出ますね」

《脱NW椅子》をチェックする藤森。
1月に菊竹清訓設計の旧館林庁舎を転用した〈館林市民センター・中部公民館〉内の〈スペースTBRI〉で開催中の『建築家の椅子展』にて〈ふじもり椅子〉はお披露目された。2月中旬まで展示されている。一部の作品はアートフェア東京(3月7日〜9日/東京国際フォーラム)に出品予定。

前述の黒柿はその最たるものだ。《きもの椅子》でも白太と赤身(木材の中心に近い赤い部分)のバランスがいい材が必要になる。材と藤森との出合いですべてが決まる椅子なのだ。

そんなわけで藤森の椅子はいつでもすぐに手に入る、というわけではない。購入希望者はプレコグ・ギャラリー(info@precog-studio.com)あてに希望を出して、藤森の心に訴えかける材が現れるまで待つことになる。いい縁があれば他にはない椅子が手に入る、その幸運を待つ楽しみもある家具なのだ。

藤森照信

建築史家、建築家。1946年長野県生まれ。東京大学名誉教授、東京都江戸東京博物館館長。主な建築作品に〈ラムネ温泉館〉〈ねむの木こども美術館 どんぐり〉〈多治見市モザイクタイルミュージアム〉〈ラ コリーナ近江八幡 草屋根〉など。〈空飛ぶ泥舟〉〈低過庵〉などの茶室でも知られる。

川本英樹

椅子作家、木工芸家。1989年東京都世田谷区生まれ。工学院大学工学部建築学科・藤森照信研究室に在籍。大学卒業後、入社した家具メーカー在籍中に藤森に声をかけられ、〈新勝寺寺務所 松堂〉のための椅子を制作。独立後に川本家具製作研究室を立ち上げ、以降、藤森建築で家具や茶室の制作に携わる。

安藤夏樹

編集者。1975年愛知県岡崎市生まれ。日経BPで編集者としてのキャリアをスタート。2016年に独立し、プレコグ・スタヂオを設立。北海道の木彫り熊の歴史や作家についてまとめた『熊彫図鑑』や陶芸家・黒田泰蔵のライフスタイルを紹介する『Colorful』など、書籍を出版。2024年、美術・工芸・デザインの垣根を超えた芸術を紹介するプレコグ・ギャラリーをオープン。

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