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コペンハーゲン在住の松浦摩耶が捉えた日常の記憶。写真展『fugle』が〈GALLERY CLASKA〉で開催中。

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January 31, 2025 | Culture, Art, Design | casabrutus.com

デンマーク・コペンハーゲンを拠点に活動する写真家、松浦摩耶の写真展「fugle」が東京・外苑前の〈GALLERY CLASKA〉で開催中。コペンハーゲンや日本、そしてヨーロッパ各地を舞台に、日常の中に潜む美しい瞬間を丁寧に掬い上げてきた松浦。その視線が捉える景色や、柔らかな光、時の流れを写し出した作品たちは、観る者に心地よい余白をもたらしてくれる。

タイトルの「fugle」とは、デンマーク語で「鳥」をあらわす。彩度を落とした静謐な空間に、光と空気、湿度が溶け合うように調和した作品たちが柔らかに佇む。
一面の雪の下から自生した枝に纏う、霜と光、影。松浦の手元に広がる、何気ない光景の美しい瞬間を捉えた作品。額装に用いたフレームは自身が理想とするリムの厚みや色合いから、オリジナルで製作したもの。
タイトルロゴのグラフィックデザインは親交のあるコペンハーゲンのデザインスタジオ、ALL THE WAY TO PARIS などで活躍するマフムッド・ハーンに依頼。壁面のタイトル文字列は、鳥の群れが軽やかに飛ぶさまを表現している。
展示作品を映像として投影したスペースも。

幼少期からインスタントカメラで家族や友人との日常を記録し、その写真を振り返ることを純粋に楽しんでいたという松浦。海外のティーンの暮らしや文化に興味を持ち、広い視野でさまざまなものを吸収してきた彼女にとって、成長過程の傍らにある表現手段は常に「写真」だった。コンパクトデジタルカメラや一眼レフ、そしてiPhoneなど、時代とともに変化するツールを偏見なく柔軟に使いこなし、思い出になっていく「今」を切り取ってきたという。

やがて彼女にしか持ちえない感性で捉えた写真は、SNSや先見の明を持つ国内外の人々によって瞬く間に見出されていく。大学卒業後に日本で編集者としてのキャリアを数年積んだ後、2019年にコペンハーゲンへ移住。同時に、写真家としても本格的な道を歩み始めた。

写真集『fugle』より。 photo_Maya Matsuura
写真集『fugle』より。 photo_Maya Matsuura

松浦本人に作品づくりの背景にある視点や考え方について、話を聞いてみた。

「2019年にコペンハーゲンに移住後、すぐにコロナ禍に入ってしまったこともあるのですが、日本と比べると時間の余裕もかなりあったので、とにかく自分と向き合う時間が増えましたね。ぼーっとベンチに座って水辺の鳥をただ眺めたり、考え事をしたり。

写真はいつもその場の空気や時間ごと撮りたいという欲求があって、たった今、誰かがそこを通り過ぎていったその余韻、鳥が水辺に佇んでいる様子などシャッターを切る時の光の流れの前後も含めて、そこには自分も介在しながら、この瞬間というものが1枚の写真になると思っています。そんな一体となっている情景や空気感をそのまま伝えたいなといつも思っています」

写真集『fugle』より。 photo_Maya Matsuura
写真集『fugle』より。 photo_Maya Matsuura

仕事ではプロユースのデジタルカメラを用いた撮影もこなすが、あくまでも瞬間瞬間を逃さずに捉えたいという時に、松浦の眼を介したツールとして、iPhoneは今でも欠かせないものだという。

「大学時代は本格的な一眼レフのカメラを使って作品撮りをしたり、フィルムを1枚1枚現像することもやっていたのですが、きちんとした作品にしなければという意識が働いてしまって。それぞれの良さはありつつも、キャリアを通してみると自分にはデジタルが心地良いしあっているなと感じますね。今回の作品の中には日々の中で常に持ち歩いているiPhoneで撮影したものも含まれています。パッと見ても、なかなかわからないかも知れません。自分の中ではどんな高性能のカメラを使うかというよりも、温度や湿度、匂いなど、空気を心地よく捉えられることが一番大切だなと思っています。その点でiPhoneは、空気を緊張させたり壊したりすることなく、ささやかに撮影できるところが良いなと思っています」

写真集『fugle』より。 photo_Maya Matsuura
写真集『fugle』より。 photo_Maya Matsuura

初の写真集「fugle」も刊行した松浦。その製作の背景についても、話を聞いた。

「移住してからの5年間の日常の作品を写真集にしようと向き合った時、コペンハーゲンの友人でグラフィックデザイナーのマフムッド・ハーンにアートディレクションを依頼しました。彼に伝えたことは、川の流れの中にぽつんと一人、私がいて、辺りを見ている。でもその水の流れは、私という存在を過ぎると、また1本の線に戻っていき、止まることなく流れ続ける。そんな流れゆく日常を表現したいというものだったのですが、私の感覚がすぐに伝わって、彼が提案してくれるグラフィックデザインや写真の構成が最初からとてもしっくりきて。彼がデザインに落とし込むその考え方を聞くと、なるほど! と腑に落ちましたし、理解度の高さに感激する日々でした。お茶をしながら相談したり、詳細を詰めていく過程はまるでセラピーのように心落ち着く良い時間で、今振り返っても本当に幸せな協働作業だったと思います」

水辺の風景を思わせる瑞々しい装丁の写真集。タイトルを「fugle」=鳥としたのち、愛鳥家が持参するという「バードブック」サイズにしようと決めたという。
作品集の背景をそっと語るテキストは、松浦とデザイナーのマフムッドが共に言葉を紡いだ。

タイトルの「fugle」はこれまでに撮影した膨大な写真の中で鳥を多く撮影していたことから着想したという理由もあるが、水辺のベンチに佇み、じっと静かに何かを観察している時間そのものを思い返した時に一番しっくりきたタイトルだったから、と松浦は教えてくれた。

ふわりと自由に空を回遊し、ある時はふと羽を休めてじっと佇むーーその鳥のさまが、どこか松浦自身にも重なる。普段見過ごしてしまいがちな、目の前を流れ過ぎていく一瞬を、そのまま留めたような作品たち。そのレンズを通じて切り取られた瞬間は、光と影の揺らぎや生物の仕草、そのすべてがどこか懐かしく、新鮮に胸に迫る。

写真集の印刷はデンマークのユトランド半島にある「narayana press」で行った。国内でも有数の専門的な印刷施設であり、主に写真やアートブック印刷で評価の高い組織体だ。 photo_Maya Matsuura
FSC 認証紙や環境に優しいインクを使用し、廃棄物をリサイクルするなどの取り組みが日常で行われている。 photo_Maya Matsuura
スタッフは施設内で共同生活を送り、農業や養蜂で自給自足を実現。農地は無農薬・無化学肥料で環境に配慮して運営されている。松浦も数日滞在し、現地での暮らしを体感しながら印刷に立ち会ったという。 photo_Maya Matsuura
まつうら・まや 1993年、千葉県生まれ。2019年よりデンマーク・コペンハーゲンに拠点を移し、日本や欧州を行き交いながら写真や映像制作を手掛ける。デンマークのテキスタイルアーティスト、カリン・カーランダーのドキュメンタリーや、ISSEY MIYAKE〈HaaT〉のインドでの手仕事を追ったエディトリアルなど、ものづくりの背景に迫った作品から何気ない日常の風景までを、瑞々しい感性で捉え続けるアーティストだ。

写真集『fugle』

デザイン:Mahmud Sahan、印刷:narayana press(デンマーク)、製本:ペーパーバック、160ページ、185×120×15mm(2024年発行)。11,000円。

松浦摩耶 写真展 「fugle」

〈GALLERY CLASKA〉東京都港区南青山2-24-15 青山タワービル9階。〜2025年2月9日(月・火曜休)。 12時〜17時。


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