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大江健三郎の名言「小説には、隙間に生じるものがいる。」【本と名言365】

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August 28, 2024 | Culture | casabrutus.com

これまでになかった手法で新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。「詩的な言語を使って、現実と神話の入り交じる世界を創造し、窮地にある現代人の姿を、見るものを当惑させるような絵図に描いた」とのやや難解な文章は、1994年のノーベル文学賞授賞理由。このときの受賞者は大江健三郎。その小説観もまた、考えさせられるものでした。

大江健三郎/作家

小説には、隙間に生じるものがいる。

「朝の新聞を読む時、先生の顔を思い浮かべて、時事的な答えのアレコレを短くまとめておいたものだ。あいまいなことをいうと、目が鋭くなる。」と書いたのは、大江健三郎。「先生」は作家・大岡昇平(1988年没)のことだ。どちらも成城で暮らし、駅前通りで偶然会い話をすることも多く、「毎日自転車で買いものに出かける私は緊張した」とも振り返っている。

だから、正月の緊張は並々ならぬものがあったろうと想像するのは難しくない。46年から発表をスタートし未完となった大作『死霊』の著者・埴谷雄高(97年没)を主賓とし、大岡邸に作家や批評家が集うというのだから。そこでは大江も若手作家なのだ。だからこそ、学びもある。ある年の正月には、会話の流れで次のように気が付く。「小説には、隙間に生じるものがいる。」。「大江君は、本を読むか仕事をするかの生活でね、その間に隙間がないんだよ」という大岡の言葉を受けてのことだ。きっちりしすぎず遊びを持たせ、その隙間から得られるなにかが欠かせないということだろう。実際、素直な若手作家は、成城近くを流れる野川の岸を毎朝1時間歩くようになったという。

このエピソードを収録するエッセイ集『親密な手紙』が書かれたのは、2010〜13年のこと。その後半は最後となった長編『晩年様式集』(イン・レイト・スタイル)を執筆していた時期と重なっている。だから、この長編に通ずる『晩年のスタイル』(原題『On Late Style』)の著者で批評家のエドワード・サイードとの交流のほか、大学時代の師でフランス文学者の渡辺一夫や、高校時代から付き合いのある伊丹十三についても、本書で触れられている。その交流の広さと“親密さ”は、世界的作家ならではだ。

2010〜13年に岩波書店のPR誌「図書」で連載されたエッセイ46編を収録。本や手紙を通した交流を軸に、これまでの日々を綴る。正月のエピソードは「生活の隙間」から。これによると、大江の手元にある大岡からの手紙は20通あり、宛先には「町内」「大江健三郎」とだけ書かれているという。『親密な手紙』大江健三郎著、岩波新書 968円/2023年。

おおえ・けんざぶろう

1935年愛媛県生まれ。東京大学在学中の58年、短編小説「飼育」で芥川賞受賞。『万延元年のフットボール』(67年、谷崎潤一郎賞)、『洪水はわが魂に及び』(73年、野間文芸賞)、『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』(83年、読売文学賞)など受賞多数。94年にノーベル文学賞受賞。井上ひさし、加藤周一、鶴見俊輔らとともに「九条の会」の呼びかけ人となるほか、「脱原発法制定全国ネットワーク」の代表世話人を務めるなど、護憲・反核・脱原発を訴える言論活動を続けた。23年死去。

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