August 21, 2024 | Architecture, Design | casabrutus.com
建て替えが決まった〈練馬区立美術館・貫井図書館〉の設計者となる建築家、平田晃久。その彼の個展が建て替え前の〈練馬区立美術館〉で開かれています。彼のこれまでと、これからを概観できる展覧会です。
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「からまりしろ」というコンセプトで建築設計を続けてきた平田晃久。2005年に独立してからの主要なプロジェクトを紹介する個展が開かれている。会場は彼自身の設計で建て替えが決まっている〈練馬区立美術館〉だ。平田の個展のあと、画家の故・野見山暁治の回顧展などを開催した後に、2025年秋から建て替えに向けて工事が始まる予定となっている。
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展覧会には「人間の波打ちぎわ」というタイトルがつけられており、3章に分かれた展示室はそれぞれ「からまりしろ−身体の波打ちぎわ」「響き−意識の波打ちぎわ」「響きの響き−時空の波打ちぎわ」と題されている。「波打ちぎわ」「からまりしろ」「響き」というキーワードは互いに複雑に呼応する関係だ。
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「人間は動物・生物の一種であり、昆虫や動物が自然環境に“からまる”ように、建築も人間がからまる余地になるのではないか」(平田)
それを平田は「からまりしろ」という言葉で表している。それは彼が独立してからずっと、そして今も考え続けていることだという。展示室1の「からまりしろー身体の波打ちぎわ」はそのことから来ている。「身体の波打ちぎわ」とは身体と建築、人間と自然環境との間にある、ゆれうごく境界線ということだ。「ひだ」や「ライン」「樹」など「からまりしろ」に関するプロジェクトが展示されている。
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たとえば集合住宅・ギャラリー・レストランカフェの複合施設〈まえばしガレリア〉は1本の樹のような建築だ。上部には空中に伸びた枝のように住居があり、下部は店舗と中庭がある広場になっている。いろいろな動物が巣をかけたり、ひと休みしにきたり、葉や実を食べにきたりするように人々が集い、“からまる”建築だ。
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さらに彼は近年、展示室2・3のタイトルにも入っている「響き」についても考えるようになった。
「〈太田市美術館・図書館〉では設計段階でワークショップを行い、たくさんの町の人々の意見を聞いて建築の姿に吸着させる、というプロセスをとっています。人々の声が集合して『響き』になる、その響きと対話しながら建築を作っていきました。言い換えると建築は身体のからまりしろというだけでなく、いろんな人の意識のからまりしろでもあると思います。そのときに、個々の人々のはっきりとした意識だけでなく、それが集まって何か別のもの、無意識に近いものが現れることがある。その意識と無意識の間の波打ちぎわに出ていって建築をつくるということもあり得るだろうと思うのです。それを展示室2の『響き−意識の波打ちぎわ』と名づけました」
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通常は建築家や設計事務所が形をつくる。〈太田市美術館・図書館〉のように他者の声を設計に反映させるということは、これまでの設計プロセスとは異なるやり方だ。
「建築家が作品をつくるという、安定した領域が完全に崩されてしまうわけではないけれど、建築家としての自我が半分崩れるかもしれない『波打ちぎわ』でつくることになると思います」
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平田は“みんなでつくる”ともいえる、〈太田市美術館・図書館〉で試行したこの方法論を、その後のプロジェクトでも応用している。〈ホントカ。小千谷市ひと・まち・文化共創拠点〉は新潟県小千谷市で9月に竣工する、図書館を中心とした複合施設。ここではワークショップでの人々の「響き」を数理的な方法で解析し、設計に反映させている。〈臺灣大學藝文大樓/百歳紀念館〉ではAIとの対話から「響き」を聞き取るという方法をとった。
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〈練馬区立美術館・貫井図書館〉でも〈太田市美術館・図書館〉と同じように、住民にヒアリングするワークショップを実施している。ワークショップでは白い模型にさまざまな活動をコラージュするといったことも行われた。そこで制作されたものが会場でも展示されている。
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「ワークショップに参加したのは将来ここで活動する人や、さらにその先に使うであろう人たちに伝える人たちです。〈太田市美術館・図書館〉ではどんな建物にするか、“建物をつくる”ことの意味を変えたと思います。〈練馬区立美術館・貫井図書館〉のワークショップでは実際に使い倒されるように“仕込み”をしました」
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〈太田市美術館・図書館〉のワークショップではみんなで形を作っていったけれど、〈練馬区立美術館・貫井図書館〉では使い方を考えてもらうことに重心を置いているということだ。
この〈練馬区立美術館・貫井図書館〉は「現代の富士塚」でもあると平田はいう。富士塚とは江戸時代、主に関東地方で小さな丘や人工の盛り土を“ミニ富士山”に見立ててお詣りしたり、そこから本物の富士山を拝んだりするものだ。〈練馬区立美術館・貫井図書館〉の大きな屋根は富士山の方向に向かって大きな階段状になっていて、天気がよければ富士山が見えるという。
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「〈練馬区立美術館・貫井図書館〉がある中村橋には富士塚がないので、新しく造ろうと思ったんです。富士塚というコピーから富士山というオリジナルを見るという関係って現代美術のようだな、とも思いました。江戸時代に作られた“アート”が郷土の歴史や人々の記憶を今につなげてくれるのでは」
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「響きの響き−時空の波打ちぎわ」と題された展示室3では、照明を落とした部屋の中に模型が並んでいる。壁際のガラスケースには縄文土器や浮世絵などが展示されている。
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「展示室2では“今”、建築を使う人の意識や無意識について考えてきたわけですが、展示室3では今ではないいつか、ここではないどこか、私ではない誰かが使うことを考えたい。それらは想像力を働かせることでしか体験できないものでもあるけれど、現在性の響きだけでなく、そんな時空を超えた“響き”を想像してみようと思いました」
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ガラスケースに展示されているものの中には滋賀県守山市に所在する「伊勢遺跡」の祭殿の棟持柱の柱根がある。今からおよそ1900年前、弥生時代後期の遺跡だ。大型の建物跡が13棟も発見されており、祭祀や政治の場だったと考えられている。展示されている棟持柱の柱根は、伊勢神宮のものと同じ形式の柱の柱根だという。
「滋賀にあるのになぜか伊勢神宮と同じ形式の祭殿があり、名前も伊勢遺跡です。日本という国の『波打ちぎわ』を思わせます」
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平田は「『私』という存在の殻を超えた、近代的な人間像の波打ちぎわまで行っているように感じた」という。展覧会タイトルの「人間の波打ちぎわ」とはそのことを現している。近年、建築家の職能が広がってきているけれど、平田の試みはその中でも先進的だ。彼が見せる「波打ちぎわ」でともに戯れたい、そんな気持ちにさせてくれる。
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