July 18, 2024 | Architecture, Culture | casabrutus.com
写真家・藤塚光政、建築史家・藤森照信、構造学者・腰原幹雄の三者による『日本木造遺産 千年の時を超える知恵』が発売。雑誌「家庭画報」連載企画から書籍化された本作から、藤塚光政がインタビューで語った5つの木造建築をご紹介します。
1.【奈良】〈春日大社 御本殿〉768年設立/2016年造替
20年に一度の大規模修繕を終えた春日大社御本殿。御神体である御蓋山(みかさやま)の麓にある、全国1000社の春日神社の総本山であり、「古都奈良の文化財」の一つとして世界遺産にも登録されている日本の聖地だ。『日本木造遺産』では一般に入場できない春日大社の御本殿の、貴重な写真が藤塚光政の撮影と藤森照信による解説により隅々まで記録されている。
「一番好きな神社は春日大社。これほどの“めでたさ”を感じさせるってのがね。伊勢神宮は式年遷宮といって社殿を違う場所に作って御神体を移すけど、ここは“移さない”。20年に一度、御神体である御蓋山の上の同じ位置に作り替える“式年造替”をするわけです。だからこそ周囲の環境を含めて、1260年前と同じ景色を前にしている感覚がありますよね。タイムスリップというか、“ここに同じ景色があり続けている”という感動のある、得難い体験です」(藤塚)
本書にある撮影記では、2016年9月に春日大社の宝物殿改修を担当した建築家の弥田俊男との縁で第60回目の式年造替直後の春日大社を撮影した時の感動を克明に語っている。
2.【岡山】〈閑谷学校 講堂〉1670年設立
日本最古の公立学校と言われる岡山県の特別史跡、旧閑谷学校。圧巻の佇まいの講堂と、未来に残そうという意思を感じさせる機能的かつ美しい建築は藤塚光政と藤森照信の両者を唸らせた。
「どこの藩でも藩校というものはあったわけですが、藩士の優秀な子だけではなく、一般の藩民のためにこのパブリックスクールが作られた。それは、並のことではないですよ。しかも近隣の藩からも生徒を受け入れていたと聞いて、驚きました。ここは本当にね、例えば二日酔いだとしてもすぐに治っちゃうような空間です(笑)」(藤塚)
本書の撮影記では、閑谷学校を設立した池田光政と名前が同じであることから、普段の撮影よりも心なしか丁寧な対応を受けた気がする、という微笑ましいエピソードも。また腰原は、江戸時代以来、姿を変えずに残っている理由について、堅牢な本瓦が用いられ、かつ水はけに配慮が行き届いた屋根によるものが大きいと考察している。
3.【埼玉】〈小野家住宅〉 推定18世紀初頭設立
本書には寺社仏閣などの大規模なもの以外の木造建築が登場する。そのうちの一つが、国の重要文化財である所沢市にある開拓農民が手作りした家、小野家住宅だ。関東の建築を探そうとなり、埼玉県の古住宅を探し回り、この建築に辿り着いたという。
「ここはまず、垂直の柱がない。あえて曲がった柱を用いながら、それでいて構造的に成立していて、独特の空間が生まれています。だけど、“曲がった柱を使おう”と思いついたところで、すぐに適した柱が揃うものではない。きっと、前からとっておいてたんだろうね。大工か建主かですよね。どっちかが変わった人だったか、両方変わった人だったのか。屋根は、藤森さんの好きな草屋根でね(笑)」(藤塚)
藤塚の言う通り、本書でも藤森はこの屋根の頂上にある草屋根について「今は絶滅危惧種なのに、よくぞ東京の近郊にこれだけ立派なのが生き残っていてくれた」と感動を綴っている。
4.【香川】〈栗林公園 掬月亭〉推定17世紀後半設立
香川県高松市の栗林公園に佇む〈掬月亭〉。座敷と庭を連続させた空間構築は20世紀初頭のモダニズムを感じさせる。畳の辺の長さを基準に柱の間隔などが定められ、精緻に計算された建築と言える。
「栗林公園と掬月亭は日本庭園の中ではダントツだと思っています。背後の山、手前の池、そして〈掬月亭〉の佇まいすべてでもって、“これぞ”と感じさせる。」と藤塚。掬月亭の趣深さを振り返りながらも、写真に対するこだわりを語る。
「庭と建物の一体感を出すためには、コントラストが強く出てしまうとよくないと思って、朝の5時ごろに撮りに行きました。同じ理由で梅雨時を選んだことも覚えています」(藤塚)
風景のみならず建築を撮ることに意識を向けたとき、季節と時間といった条件はさらに複雑になる。
「銀杏なんかが色づきはじめる秋には、絶対に行かないですよ。情緒は良いけれど、建築と向かい合う時には邪魔なんだよね。だから冬枯れの時とかも良いね。紅葉と日本建築という画が決まりすぎててもつまらないから。観光客だらけだし」(藤塚)
5.【京都】〈東山慈照寺 東求堂〉1485年設立
言わずと知れた京都の名所、銀閣寺こと東山慈照寺。将軍・足利義政が持仏堂兼別荘として建てた東求堂にある北向きの書院は「同仁斎」と呼ばれ、草庵茶室の原型とも言われていた。本書では撮影のため、足利将軍が座った時と同じように、その当時のしつらえを再現してもらったという。
「それで分かったんだけどね、文房具は普通、空間においてちっぽけなものだけど、建築と合わさった時にすごい力を持っているのが分かった。足利将軍は繊細な人だったんだと思うんです。ここに硯(すずり)があるでしょう。その硯の前に、 屏風みたいなのがあるんですよ。なんだろうと思って聞いてみたら、障子を開けた時に風に運ばれて塵が硯に入るのを嫌がったみたいでね。とても細かく整えられた空間なんです」(藤塚)
「硯屏(けんびょう)」と呼ばれる塵除けだが、その空間から見える義政公の人間性を考察し、文房具一つとっても疎かにできないと当時の撮影を振り返った。
「20代の頃、舟橋蒔絵の硯箱を撮影したことがありました。それはもちろん、ひとつの物として素晴らしいとは感じた。けれどこうして、建築という広い空間に見事に調和する文房具というものを初めて見て、なるほどねと感心しました。暮らしの一部という意味では、建築と、その中で使う小さな道具とは同等なのだと思うぐらい」(藤塚)
・『日本木造遺産 千年の時を超える知恵』
本書は前作『日本木造遺産 千年の建築を旅する』に続く、雑誌「家庭画報」での連載の書籍化第2弾。建築探偵・藤森照信の文章と藤塚光政による写真と撮影記、そして構造学の観点から木造建築を捉えた腰原幹雄によるコラム。3人のスペシャリストの視点からの文章で、計32の建築を読んで楽しむことができる一冊だ。
連載を続けるにあたって3者の交流が増えたことで、取り上げる木造建築の幅が広くなったと藤塚は振り返る。世界を見渡しても稀有な文化である日本の木造建築。前作と今作で合わせて55の建築を巡っているが、次はどの“木造遺産”へ向かうのか見逃せない。