April 4, 2024 | Art, Architecture, Design, Travel | casabrutus.com
2001年にはじまった「横浜トリエンナーレ」は、都市型の芸術祭の先駆けだ。第8回目のトリエンナーレが「野草:いま、ここで生きてる」をテーマに開かれています。弱そうに見えてたくましい、野草のような国際展です。
●丹下健三設計の〈横浜美術館〉リニューアルオープン
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世界のさまざまな問題に目を向けるよう促すのもアートの重要な役割だ。『第8回横浜トリエンナーレ』もその色合いが濃い。アーティスティック・ディレクターは北京を拠点とするリウ・ディンとキャロル・インホワ・ルー。テーマの「野草:いま、ここで生きてる」は魯迅の詩集『野草』からとられている。参加作家は93組、そのうち31組が日本では初めて紹介される作家たちだ。
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メイン会場の〈横浜美術館〉は3年に及ぶ改修休館を経て、このトリエンナーレに合わせて再オープンした。改修でもっとも大きく変わったように感じるのは天井のルーバーだ。故障して閉じたままだったのを設計者、丹下健三の意図に従い、開閉できるようにした。今回の横浜トリエンナーレではルーバーを開けているので入口からグランドギャラリーに入ると日差しが差し込んでとても明るい。美術館とは思えないほど開放的だ。
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そのグランドギャラリーには小屋がいくつか作られている。そのうちのひとつ、《ものに宿る魂の収穫》は北欧の遊牧民、サーミ族の末裔であるヨアル・ナンゴの作品だ。その土地の素材や技術を組み合わせて仮設の構築物を作る彼は、神奈川県内で集めた竹や木を使ってこの作品をつくった。制作にはノルウェーの大工が協力している。日本では馴染みの深いアニミズムを想起させるタイトルも興味深い。
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セレン・オーゴードはもともと料理人だった作家だ。コロナ禍や戦争といった状況から彼は、自分ひとりでもサバイバルするための手段として“発酵”に注目した。小屋の中のモニターでは発酵に関する映像が上映されている。発酵には微生物の力が欠かせない。人間以外のものとどう協働していくかがサバイバルの鍵になりそうだ。
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オープングループは2012年にウクライナで結成されたアーティスト・グループ。2022年に制作された《繰り返してください》では人々が「ウーーーーー」といった音を発している。登場しているのはロシアのウクライナ侵攻に伴い、難民キャンプへと逃れてきた人々だ。ヘリコプターなど兵器の音を聞き取り、避難マニュアルに応じてどう行動すればいいのか、その音を繰り返すことで学習している。「繰り返してください」とは外国語を学ぶときの決まり文句だけれど、ここでは他国の人々とコミュニケーションをとるためではなく、他国からの攻撃から生き延びるためにその学習方法が採用されている。
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ピッパ・ガーナーの彫像はさまざまなジェンダーや年齢、人種の人々のパーツが組み合わされたもの。作者は消費社会で広告に登場する理想化された人々のイメージに違和感を覚え、1960年代から先鋭的な作品を制作してきた。社会には多様な人々がいて、一人の人間の中にも複数のアイデンティティが存在することを訴える。
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ゴミ袋に入れられた人が捨てられている。このショッキングな作品はアメリカの作家、ジョシュ・クラインの「失業」シリーズのもの。AIなどの技術革新や社会の変化で20年後にはなくなってしまうかもしれない職業がモチーフだ。「失業」シリーズでは弁護士、会計士、銀行員、秘書などが“捨てられて”いる。憧れの職業であっても明日はどうなるかわからない、そんな時代を反映している。
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2段ベッドが並び、荷物が満載の部屋を再現したインスタレーションは你哥影視社の作品。2018年に待遇改善を訴え、寮でストライキを行ったベトナム人女性たちに着想を得たものだ。このストの様子はFacebookでライブ配信されていたのだが、ストライキの場面だけでなく、彼女たちの日常の様子も映っていた。鑑賞者はベッドに座って好きなように時間を過ごすことができる。
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会場で2日間限定でパフォーマンスを行っていたのはミルテ・ファン・デル・マーク《恍惚とした存在》という作品。女性の動きはバウハウスのマイスターだったヨハネス・イッテンが授業に取り入れた体操に基づいている。その体操はゾロアスター教に基づくものだった。それはリズミカルな動きで歌い、内なるエネルギーを導く儀式だ。
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ルンギスワ・グンタの作品は有刺鉄線によるインスタレーション。黄色や緑の有刺鉄線が絡み合い、空間を占拠する。作者は南アフリカの出身。この作品の背景には同国における植民地主義による不平等や不均衡がある。有刺鉄線には布が織り込まれている。攻撃的にも柔らかくも見える作品だ。
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ストリートでのアートを一つの表現形態としているSIDE COREの作品はいずれも屋外空間に展示されている。そのうちの一つ、横浜美術館の外壁に描かれたペインティングには「BROKEN WINDOWS PEOPLE」と書かれていた(3月15日時点、現在はない)。1980年代、犯罪が多発していたニューヨークでジュリアーニ市長は、割れた窓や壁の落書きを放置せず修繕することで治安を向上させる「BROKEN WINDOWS THEORY」(割れ窓理論)によって犯罪を減らすことに成功したが、ここではその理論に対する批判が投げかけられている。このように、会期中、この作品では路上を題材とした絵や詩が次々と登場する。
●横浜市認定歴史的建造物〈旧第一銀行横浜支店〉
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SIDE COREのもう一つの作品が設置されている〈旧第一銀行横浜支店〉はY字路に建つ関東大震災の復興建築。清水建設の小笹徳蔵と第一銀行の西村好時の設計で1929年に完成、2003年に曳家(ひきや)により移動して〈横浜アイランドタワー〉の低層部に組み込まれた。そのバルコニーに設置された大きなスクリーンには交通整理をする誘導員の姿が映し出される。ともすれば見過ごしてしまいがちな光景だけれど、私たちとは違う形で都市と関わる身体の存在を浮かび上がらせる。
●1926年生まれの帝蚕倉庫の一棟を復元した〈BankART KAIKO〉
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〈旧第一銀行横浜支店〉近くの〈BankART KAIKO〉は1926年に建てられた帝蚕倉庫の1棟を復元したもの。その建物の脇に、生糸が実際に保管された場所を復元した地下空間がある。今はガラスに覆われたその床の下に人がいて、ガラスに絵や文字を描いているように見える。これはガラスの下に設置されたモニターに映し出されたSIDE COREの作品だ。つい通り過ぎてしまう足元からメッセージが発せられている。街の見え方が変わってくるアートだ。
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「第8回 横浜トリエンナーレ」では〈横浜美術館〉、〈旧第一銀行横浜支店〉、〈BankART KAIKO〉での展示・イベントのほか、「アートもりもり!」と題された展示やプログラムが開催されている。そのうちの一つがみなとみらい線〈馬車道駅〉コンコースで行われている石内都の写真展「絹の夢―silk threaded memories」だ。このほかにも〈象の鼻テラス〉〈横浜マリンタワー〉など横浜駅から山手地区に至る広いエリアでさまざまなプログラムを楽しめる。幕末の開港以来、国際都市として発展してきた横浜。世界で何が起きているかをアートの視点から知ることができる芸術祭だ。