February 14, 2024 | Art | casabrutus.com
近年、国際的に注目を集めるフランス出身のアーティスト、ローラン・グラッソ。現在、六本木の〈ペロタン東京〉では彼の個展『ORCHID ISLAND』が開催中です。展示作品は台湾の実在する島がモチーフ。その制作背景や作品で意図したことについて本人に話を聞きました。
会場に入ると巨大なLEDスクリーンに映されたモノクロームの美しい映像に目を奪われる。カメラが捉えているのは手付かずの自然が広がる楽園的な島の風景だ。ただ不思議なのは、その空にSF映画『2001年宇宙の旅』に登場するような謎の黒い直方体の物体が浮かんでいることだろう。何が起きているのか、つい映像を注視してしまう。
フランスの美術家ローラン・グラッソは、世界各地の歴史、文化や文明史、伝説などをリサーチしながら、不思議な自然現象、あるいは超常現象をモチーフに作品を制作してきた。例えば、皆既月食や隕石、彗星、2つの太陽が照る空、突然変異した植物、都市のストリートを駆け巡る雲など。そして、リアルな映像や古くから残されているように描かれた絵画、またオブジェなどを組み合わせ、その出来事が歴史上、本当にあったかもしれない世界を綿密に作り上げる。
「私は、超常現象やパラノーマルという言葉は好きではありません。どこかフェイクっぽい感じがするので。私が作品で表現しているのは、むしろ “現代の科学ではいまだ証明されていないこと”、“未知なること” と言ったほうがしっくりきます」とはグラッソの言葉だ。
展覧会のタイトルにもなっているこの映像作品《ORCHID ISLAND》は、実在する台湾の離島・蘭嶼(ランユィ)がモチーフになっている。蘭が自生し、それが日本に伝わって品種改良されたという日本と台湾の文化的な交わりを象徴する島であり、原住民のタオ族が今も暮らす島、そして、放射性廃棄物貯蔵施設が置かれている島でもある。
「私は、これまでも島を題材にした作品をいくつか制作しています。島というものは独自のカルチャーや伝説があり、私にはとても興味深いものです。台湾のこの島も同じように、日本、そして世界でも脅威のある中国との繋がり、また原住民性、ファンタジーのような神話性が感じられてとても面白い場所でした。ただ今回の作品で特に表現したいと考えたのは “自然” です。西洋美術において、自然のちから、自然のかたちが絵画のなかでどう表現されてきたかということに強く意識を置きました」
グラッソいわく、風景画やそれを描く画家のまなざしには、ある種のフィルターがかけられている。例えば、風景画に見られる壮大な山は神のシンボルかもしれない。また、特に西洋から見たアジアの風景には植民地主義やエキゾチズムが投影されていることもある。少し難しく言えば、自然や風景というものは、その文化や時代などによって見え方、受け止められ方も変わってくる、ある種概念のようなものだという。
映像作品と同じスペースに飾られた黒い絵画作品は、そうしたローランの自然や風景への考えを念頭に置いて見ると一層興味深く鑑賞できるかもしれない。一見、これは映像に登場するモチーフのような真っ黒の絵だが、近づいてよく見るとその下地にうっすらと風景画があるのがわかる。実際この作品は19世紀のアメリカの風景画家フレデリック・エドウィン・チャーチの絵画を模したペインティングの上に、黒いアクリルボックスを被せた作品だ。
なぜ、エドウィンの絵を選んだのか。「エドウィンは、その時代のポピュラーな画家でしたが、少し誇張した表現をしていて、あまり好きな作家ではありませんでした。ですが、今回引用した作品を見たとき、とても絵画的であり、映像的であり、何かそこに吸い込まれてしまうような魅力を感じたのです。彼の作品には西洋的な視点で描かれたものが多くありますが、彼にとっての自然とは、もっとピュアなものだったのではないかと思えたのです」
本展のもう一つの展示室では、黒い大理石を素材にした雲のオブジェや、映像作品に見られる黒い物体が空に浮かんだ風景画も展示されている。絵画はやはり昔描かれたもののような作風で、映像で表現されている現象が過去に本当に起こっていたのかもしれないこと、あるいは未来起こるだろう出来事の前兆にも見えてくるからおもしろい。
「私自身が作品づくりにおいて大切にしているのは、現実とそうではないもの、また自然的なものと人工的なもの、ある文化と異なる文化のものを掛け合わせることで生まれる衝突です。それが鑑賞者の思考をどう揺さぶることができるのかに関心があります。同じモチーフをいろいろなメディアで作り上げることで、それが一層際立ちますし、見た人も直感的に感じられるのではないでしょうか」
加えて、タイムトラベルという概念も彼が関心を寄せてきたテーマだと言う。
「過去や現在、未来が入り混じる感覚。またそういった時間の概念は、特にアジアの国々の文化の中にも垣間見られるものだとも思います。ただ、まずは自身の直感で作品を見ていただけたら」
今回、日本に滞在中、伝統的な和紙づくりを体験し、また浮世絵スタジオにも足を運んだというグラッソ。
「歌舞伎や相撲を見に行ったり、アーティストの森万里子さんと茶道の体験をしたりもしました。普段は観光的なことはしませんが、いろいろな国で展示する際、私は現地のギャラリーの方に、その土地の伝統技法を紹介してほしいとよくお願いをします。その国で伝承されている技やそこに蓄積されている知を学びたい。フランスでも伝統的な技術の担い手が少なくなってきていることに危機感を覚えていますし、そういったテクニックが失われつつあることは悲しいことです。今回、日本でもいくつかの伝統的な技法に触れましたが、そこで学んだテクニックを活用したりあるいは職人とコラボレーションしたりして、日本にゆかりのある作品も作りたいとも考えています」