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「マシン・エイジ」に機械と人間が見る夢とは?|青野尚子の今週末見るべきアート

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January 13, 2024 | Art, Design | casabrutus.com

機械の美を愛でる。今から100年前に生まれたトレンド「マシン・エイジ」をテーマにした展覧会が箱根の〈ポーラ美術館〉で開かれています。機械と人間の出合いのさまざまな様相を表現するデザインやアートが並びます。

空山基《Untitled_Sexy Robot type II floating》(中央)《Untitled_Sexy Robot_Space traveler》(左右。いずれも2022年)。Courtesy of NANZUKA (c)Hajime Sorayama

今から約100年前。1920年代、急激に工業化が進んだパリでは機械の美を讃える「マシン・エイジ」と呼ばれる時代を迎える。1850年代以降、蒸気機関車で旅に出る人が増え、第一次世界大戦後には馬車にかわって自動車が普及し、飛行機産業も発展した。それまでにないスピードで人や荷物を運ぶのりものや蓄音機といった機械に人々は夢中になる。

展示風景「第1章 機械と人間:近代性のユートピア」より。左の壁の一番右がコンスタンティン・ブランクーシ《空間の鳥》(1926年・1982年鋳造、滋賀県立美術館蔵)。その左2点は実際の航空機のプロペラや計器類。 photo_Ooki JINGU

その中のひとりが彫刻家のコンスタンティン・ブランクーシだ。マルセル・デュシャン、フェルナン・レジェと一緒に航空機の展示会に出かけた彼は、プロペラの流線型の虜になってしまった。1920年代に制作された「空間の鳥」シリーズは空気を切って飛ぶ飛行機の翼やプロペラを思わせる。この作品を個展の際、アメリカに送ったところ、無税の芸術作品ではなく機械部品とみなされて課税されたという“事件”もあった。後に裁判でブランクーシは勝訴し、無事に税金を取り戻している。会場には実際の機械部品も並んで、その美を競う。

フェルナン・レジェ《鏡を持つ女性》(1920年、ポーラ美術館蔵)。手鏡やそれを持つ手は機械の部品の組み合わせのようだ。

第一次世界大戦に従軍したフェルナン・レジェは太陽光を反射してきらめく大砲の砲身に美を見出した。彼は「マシン・エイジの芸術家」を自認し、《鏡を持つ女性》を始めとする工業製品のパーツを組み合わせたような絵画を描いている。鏡に見入る女性はティツィアーノやベラスケスら多くの画家が描いた古典的なモチーフだ。20世紀の女性も同じ仕草をしているけれど、その姿はかつての女性とは異なる「マシン・エイジのミューズ」だ。

展示風景「第1章 機械と人間:近代性のユートピア」より。カンディンスキー、ロベール・ドローネー、レジェらの作品が蓄音機とともに並ぶ。 photo_Ooki JINGU
ロベール・ドローネー(リズム 螺旋》(1935年、東京国立近代美術館蔵)。テンポよく並んだ円環が軽やかなリズムを奏でる。

ブランクーシ同様に飛行機に魅せられたロベール・ドローネーの絵には回転するプロペラを思わせる円盤が頻出する。彼は1937年のパリ万博で航空館と鉄道館の壁画を担当した。展示室ではドローネーの作品と蓄音機が取り合わされている。レコードと相似形をなすドローネーの円盤に着目したものだ。写真や映画と同様に、レコードという複製技術が芸術とみなされるようになった時代背景に言及している。

展示風景「第2章 装う機械:アール・デコと博覧会の夢」より、ルネ・ラリックらがデザインした香水瓶が並ぶコーナー。 photo_Ooki JINGU

「マシン・エイジ」はアール・デコの時代でもある。その前の「アール・ヌーヴォー」が虫や植物から引用した有機的な曲線に彩られていたのに対し、通称「アール・デコ博」とも言われた1925年の『パリ現代産業装飾芸術国際博覧会』では幾何学的な建築や装飾が来場者を魅了した。

ルネ・ラリック《香水瓶「ジュ・ルヴィアン(再来)」》(1929年・ウォルト社、ポーラ美術館蔵)、マルク・ラリック《香水瓶「ジュ・ルヴィアン(再来)」》(1952年以降・ウォルト社、ポーラ美術館蔵)

ルネ・ラリックの香水瓶は型抜きガラスで量産されたもの。このやり方なら大きな建物や客船にたくさん取り付けられるシャンデリアなどにも対応できる。同じころ、バウハウスのデザイナーやル・コルビュジエも量産家具のデザインを進めていた。それらは「アール・デコ」とは違うテイストだが、こちらも機械化に対する応答の一つといえる。

杉浦非水《ポスター「東洋唯一の地下鉄道」》(1927年、愛媛県美術館。展示期間〜3月1日)。当時は和装と洋装が半々程度だったが、ポスターでは洋装の人々が手前に大きく描かれて時代の変化を象徴する。

杉浦非水は日本のグラフィックデザイン、とくに広告デザインの先駆的存在だ。1910年代から活躍し、とくに三越百貨店のポスターで注目を集めた。「三越の非水、非水の三越」ともいわれたほどだ。彼は1923年にヨーロッパに遊学し、帰国後はアール・デコのエッセンスをとり入れたデザインを手がける。《ポスター「東洋唯一の地下鉄道」》では主役であるはずの地下鉄が、やや極端なパースで遠くに描かれる。最新鋭の地下鉄が新しい時代を連れてくる、そんな期待感に満ちている。

展示風景「第4章 モダン都市東京:アール・デコと機械美の受容と展開」より。杉浦非水が手がけた新宿三越のポスターなどが並ぶ。 photo_Ooki JINGU

1927年、フリッツ・ラング監督の映画「メトロポリス」が封切られたことなどをきっかけに日本ではロボット・ブームが巻き起こる。写真だけで紹介された西洋のロボットはどんなふうに動くのか、人々の関心を集めた。古賀春江の《現実線を切る主智的表情》はマシンガンを構える女性と馬に乗るロボットという、ちょっとチグハグな情景を描いたもの。映画という複製芸術が絵画に影響を及ぼした一例でもある。

展示風景「第4章 モダン都市東京:アール・デコと機械美の受容と展開」より。左が古賀春江《現実線を切る主智的表情》(1931年、株式会社西日本新聞社蔵、福岡市美術館蔵)。 photo_Ooki JINGU

展覧会の最後には"21世紀のマシン・エイジ"にふさわしい現代のアーティストが登場する。ラファエル・ローゼンダールの作品はインターネット上でユーザーが画面をクリックするとそれに応じて色面が分割されていくというもの。ムニール・ファトゥミの映像作品はたくさんの歯車が回転するように見えるが、よく見るとそれらはアラビア文字のカリグラフィーでできている。偶像が厳しく禁じられているため文字で美しく装飾されているイスラム教の書物や建物を思わせる。"セクシー・ロボット"で知られる空山基の近作は彼が描くロボットを立体化したもの。宇宙空間を漂うロボットなのか、コールド・スリープから目覚めたところなのか、SF的な光景が広がる。

展示風景「エピローグ 21世紀のモダンタイムス」より。ラファエル・ローゼンダールの平面作品「Into Time」シリーズはレンチキュラーが使われていて、見る人の位置によって違って見える。 photo_Ooki JINGU
展示風景「第3章 役に立たない機械:ダダとシュルレアリスム」より。中央はラウル・デュフィ《パリ》(1937年、ポーラ美術館蔵)。デュフィは1937年のパリ万博、電気館に《電気の精》という巨大な壁画を描いた。電気の歴史から着想したこの絵は現在、パリの市立近代美術館に恒久設置されている。 photo_Ooki JINGU

産業革命以降、機械は私たちの暮らしや経済を大きく変えてきた。そして今、かつての産業革命に匹敵するといわれるデジタル化が産業革命以上に世界を変えている。これまで起こったことを振り返りながら、これから何が起きるのかを想像してみたい。

『モダン・タイムス・イン・パリ 1925-機械時代のアートとデザイン』

〈ポーラ美術館〉展示室1、2 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285。〜2024年5月19日。9時〜17時(入館は午後4時30分まで)。年中無休。

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