December 6, 2023 | Design | casabrutus.com
クヴァドラから新作カーテン《Trapped in heaven》が登場。デザインを手掛けたのは、ベトナム出身の世界的なアーティスト、ヤン・ヴォーだ。ベルリンのとあるアパートメントが会場となった発表会に現れたヤンに話を聞いた。
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訪れたベルリンのアパートメント。高い天井の広い部屋は弧を描くカーテンで緩やかに仕切られている。細かく織られた半透明のカーテンから漏れる光が、柔らかい心地よさを醸し出す……。ここはデンマークのテキスタイルメーカー、クヴァドラの新作ドレープカーテン《Trapped in heaven》の発表会場。カーテンは二重織りになっており、一重の背景にジャガード織りで文字が描かれている。同社と恊働して制作したのは、ベトナム出身の世界的アーティスト、ヤン・ヴォーだ。
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「言葉はとても不思議なものだと思います。意味は常に変動し、言葉自体も変容する。言葉を再発明し、今私たちが生きているこの時に使う目的を再発見する必要があります。だからこそ、言葉にはオープンな可能性がなければならないと私は考えています」(ヤン)
移ろいやすい言葉を、光に透け風に揺れるカーテンに織り込みつなぎ止めたら……。そんなアイデアがクヴァドラとの会話の中で生まれたという。そして彼が選んだ言葉は、19世紀にベトナムに派遣された宣教師テオファン・ベルナールが投獄され、異端の罪で処刑されるのを待つ中で父親に書いた手紙の中にあった。
Tout cela t'empêche de partir,
tout cela est ton ennemi.
あなたを妨げるものは
すべてあなたの敵である
ホワイトカラーのパーマネントコレクションに加え、3色の限定カラーで展開するカーテンはどれも淡い色合いで、半透明の表面は光の具合で常に変化し、言葉は美しい柄のようにも見える。だが実はそこに、殉教する聖人の犠牲的精神を表現する、美しくも厳しい物語が織り込まれていることに驚きを覚える。
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ヤン・ヴォーは自身の父親にこの手紙を手書きで写し取ってもらい、アート作品としても発表している。実は彼の父親は28歳の時、アメリカを目指して小さなボートに幼かったヤンを含め家族全員で乗り込み、大海原に乗り出したという経験を持つ。ヤンは彼の父親とこの殉教者を重ね合わせているのだろうか。
「私の父はアメリカがいい国だと信じて、危険を冒してでも行こうとしました。本当にいい国かどうかなんて本当は誰にもわからない。でも信じて、好奇心を持って前に進んで行った。そのことが大事だと思うのです」(ヤン)
19世紀の殉教者の言葉は、21世紀にアーティストの手によって翻訳されたと言えはしないだろうか。“好奇心を持って進め”と。好奇心を持ち続けることが、アーティストとしての矜持でもあるだろう。こんな言葉がカーテンとしていつも家の中にあったら、知らず知らずのうちに励まされそうだ。
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「そうでしょう? ヤン・ヴォーのファンが世界中にはたくさんいて、もちろん作品を買えればいいのだけれど、残念ながら作品はそう簡単に購入できる価格ではありません。このカーテンを制作したのは、そういう人に喜んでもらえたらという面もあります」
そう言うのは、クヴァドラ社CEOのアンダース・ブリエルだ。1998年から現職につくと売り上げを4倍に伸ばし、ブランドの確固たる地位を築いた人物。そして彼こそが、世界的デザイナーや建築家のみならず、数々のアーティストとコラボレーションし、テキスタイルの世界をクリエイティブに展開させて来た張本人だ。
そのアーティスト名を並べるだけで煌びやかだ。オラファー・エリアソン、ピピロッティ・リスト、トーマス・デマンド……。コラボの形はさまざまだが、今回のヤンとのコラボレーションはどうして生まれたのか?
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「8年ほど前ですが、周囲の人々からヤン・ヴォーと会ってみたらと薦められたのです。それがなかなかアポイントメントがとれなくて、やっととれたと思ったら、フライトがキャンセルになってしまって。でもどうしても会いたかったので、彼とコーヒーを飲むためだけに、デンマークから彼の住むベルリンまで車で7時間かけて行きました」(ブリエル)
ヤンによれば2人が初めて会ったのは実は10年前だとも。いずれにせよ、こうして始まった関係は、ゆっくりと長く深く育まれていった。それまでテキスタイルにあまり詳しくなかったヤンは、クヴァドラのことを知るために訪れたアーカイブで、ミッドセンチュリー期のデンマークデザインを代表するデザイナーであるナナ・ディッツェルの作品に出会い、彼女のデザインが元となったインテリアテキスタイル《Sisu》を現代的に再解釈して新たにデザイン。その一方で、クヴァドラはヤンのエキシビションを一緒にプロデュースした。
そうしているうちに両者の間で交わされた無数のやりとりの中で、今回のプロジェクトの種が蒔かれた。形になるのには実に4年の歳月がかかったという。
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クヴァドラは決して急がない。デザイナーを起用する際も、長い間シリーズ化して製品を作ることを想定しているため、スタイルに一貫性のある人を選んでいる。そして何よりアーティストやクリエーターと仕事をすることの意義をよく知っている。
「これまでたくさんのアーティストをサポートして来ましたが、彼らと共に何かを作る度に、何かを得て来ました」(ブリエル)
近年はファッションブランドでも何でもコラボレーション流行りで、名前やトレードマークをとって付けたような即席の製品も少なくない中で、その姿勢の違いは際立って見える。
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前職はコピーライターというブリエル。実は彼の父親はクヴァドラの創業メンバーでありアートディレクターだったというから、同社のクリエイティブなDNAは脈々と引き継がれているようだ。ヤンは言う。
「時間はかかりましたが、お互いその間興味が尽きずに続いていることが大切だと思います。こちらがなにか投げかけるとピンポンのように反応が返って来て、そのやりとりが面白かったですし、実験的なことが出来て自分の境界を少し超えたような気がします」(ヤン)
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彼らのつきあいは、すでに仕事上のそれをとっくに超えている。驚くべきことに、冒頭に登場したベルリンのアパートメントはヤン自身のもので(アーティストが製品発表に自宅を提供するだなんて聞いたことがない)、今ではブリエルはヤンの父親とも交流があるという。となると、両者の次のコレボレーションを期待したくなる。
「近いうちに。ある美術館でのエキシビションになるでしょう」(ヤン)
そう言ってヤンは笑った。