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【本と名言365】辻村史朗|「この1個をつくるのに、…」

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November 11, 2023 | Culture | casabrutus.com

これまでになかった手法で、新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。世界で高く評価される現在も、奈良の山奥で作陶を続ける孤高の陶芸作家・辻村史朗。不世出のつくり手と称される彼の、創作の原点とは。

辻村史朗/陶芸家

この1個をつくるのに、振り返ったら1000個あった。そういうことなんです。

孤高、と形容することが凡庸に感じられてしまうほど、辻村史朗は孤高の陶芸家である。

高校時代から画家を志し、23歳の時に東京・目黒の「日本民藝館」で見た大井戸茶盌に感銘を受け、陶芸の道に進む。25歳の時に奈良県の人里離れた山中の土地を買い、自身で山を拓き、窯を造り、家を建て、以来50年間、同じ場所で作陶を続けている。

師匠に教えを乞うたことはない。全くの独学。当初は京都の南禅寺や京都市美術館の前、大原のあぜ道などに自作を並べ、妻の三枝子とともに露店で売っていたというのも有名なエピソードだ。

絵描きの道を模索していた若き頃、自己探求から禅に関心を持ち、奈良の禅寺で修行に励んだ時期もある。今や世界中の名だたる美術館に作品が収蔵され、ドナルド・キーンやエリック・クラプトンら錚々たる著名人がコレクションするような作家となっても、彼の生活のルーティンは変わることはない。

書籍『辻村史朗』には、辻村が27歳の時に“人生でただ一度だけ”書き下ろしたという寄稿文「器と心」が再録されている。「自身がなぜ作陶するのか」という、自身の制作への衝動を考察した文章には、気づきに満ちた金言が綺羅星のごとく散りばめられている。27歳という若さでこうした境地に達していたことにも驚くが、50年をかけてなお変わらぬ探求を続けている姿により驚かされる。
              
人間のうちなるものから発する何かと、ものを造ることから生じる何か、この二つの何かが自分の生きる上での根本になっているのです。(「器と心」より)

その「何か」を追い求めて、自分で納得のいくものができるまで、ただひたすらつくり続ける。つくることはつまり反芻し、反復する作業。なんだか禅の行にも通じるように思える。

そして、表題の言葉。

数をつくります。ようさん、つくります。1週間に2回窯を焚き、年に4000個は焼いています。たくさんつくりたいわけではないんですよ。この1個をつくるのに、振り返ったら1000個あった。そういうことなんです。

辻村は今も膨大な数の器を焼き、絵を描き、書を制作する。

それは自分の中の「何か」を形にするための純粋な工程であり、時間である。合理的な近道はない。つくり手がつくり手たる、真理そのものだ。

美術館「えき KYOTO」で2022年5月に開催した辻村史朗展に合わせて出版された初の書籍。作品の撮り下ろしと共に辻村の言葉の数々が綴られる。1974年、27歳当時に書いた“唯一の”手記「器と心」も掲載。『辻村史朗 Shiro Tsujimura』imura art+books3,850円/2022年。

つじむら・しろう

1947年奈良県生まれ。画家を志すうち、自己を追求する目的から禅寺で修行に励み、雲水となる。23歳の時に「日本民藝館」で出会った大井戸茶盌に感銘を受け、陶芸家の道へ。1972年、奈良市東部の山中・水間(みま)に築窯。窯も住居も、すべて自身で建築する。1990年代から欧米で個展活動をスタートし、NYの「メトロポリタン美術館」など世界の名だたる美術館に作品を収蔵。「ベネチア ビエンナーレ」で招待展示を行うなど、海外で高く評価される。築窯から半世紀を過ぎた現在も、自身で建てたアトリエで作陶生活を続けている。

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